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28.覚醒1.



 五分も経たぬうちに、ライガーは地面に転がっていた。

 まるで戦いにならなかったのだ。


「……きゃ、ろ」


 どれだけ雷撃を放っても、ブラックドラゴンに明確なダメージを与えたのは、奇跡かまぐれかたった一度だけ。

 それでもキャロを返せと噛みつき、爪を立てもしたが、意味などまるでなさない。

 ライガーだけに戦わせてなるものかと燐も再び立ち上がりはしたものの、結果が変わることはなかった。


「いま、助ける、から」


 ボロ雑巾のようにされながらも、雷獣は立ち上がろうとする。


「もう飽いた。少しは遊べるかと思ったが、人間と小動物ではやはり相手にならんな。我の鱗を貫いた一撃も、どうたらまぐれだったようだ。じつにつまらん」

「……きゃろ、今……たすけ」

「飽いたと言っているだろうが!」


 黒竜の声を無視して、キャロに向かって前足を伸ばそうとする雷獣が、容赦なく蹴り飛ばされ宙を舞う。

 受け身を取ることもできずに、石畳の上に背中をぶつけると、意識が一瞬飛んだ。


「もうやめてください!」


 ついに我慢できなくなり、囚われの少女が涙とともに声を荒らげた。

 彼女の言葉は、ドラゴンに向けたものか、それとも未だ立ち上がろうとする雷獣と親友に向けたものだったのか。

 少女は黒龍に涙に濡らした瞳に力を込めて睨みつける。


「これ以上、わたくしの家族を傷つけるというのなら、自害しますの!」

「……ふん。いいだろう。興がそれてしまった。我が目的はキャロラインだけ。ほかなどどうでもいい」


 少女の瞳に本気を見たのか、ドラゴンはあっさりと願いを聞き届けた。

 もう用はないとばかりに、倒れる燐とライガーに一瞥することさえせず、翼を広げ羽ばたかせる。


「……キャロ、ダメだ、行くな」

「キャロ!」

「お嬢さま!」


 倒れながら燐が、ついに我慢できなくなったミランダとディナが最愛の少女の名を呼び手を伸ばした。

 だが、届くことはない。

 キャロは大切な家族を目に焼き付けようと見つめ、


「……さようならですの」


 儚げな笑顔を浮かべ、別れの言葉を告げた。

 そして、黒竜と共に、去っていったのだった。



 ※



 ライガーの視界の中には、遠ざかって行く少女と黒竜がいた。

 視線を近くに向けると、お互いを支え合いミランダとディナが泣いている。

 地面に倒れている燐は、何度も何度も、拳を地面に叩きつけていた。


 ――許さない。


 雷獣は嘆かなかった。悲しむことさえしない。だって、少女を守れなかった自分にそんな資格はないのだから。

 かつてキャロに告げた。自分は少女に会うためにこの世界に来たのだ、と。救うために、出会ったのだ、と。だが、結果はこうだ。


 なにが助けるだ、なにが救うだ。

 雷獣に姿形を変えようと、なにもできなかったではないか。

 はらわたが煮え繰り返るほどの怒りを、少年ははじめて経験した。こうも、なにかに憤りを覚えることなど、一度もなかった。


 理不尽に命を弄ぶ黒竜へ、抵抗らしい抵抗を見せなかったキャロ。助けられないと諦めてしまっていたミランダとディナ。戦いにもならなかった敗北者である燐と、自分。

 ライガーはその全てに怒りを覚えていた。

 このうずまく感情を、行き場のない衝動を、制御する自信がない。


「ライガー?」

「……お前」


 少女たちがなにかに気づき、声をあげたが、そんなことはどうでもよかった。


「……ぁぁ」  

 

 感情が力に変わっていのがわかった。

 あれだけ欲していた力が、今になって現れたことに、苛立ちを覚える。


「……うぁあ」


 紫電が雷獣を包む。

 体内の魔力が、空気中の魔力が、雷獣の感情に同調するように音を立てて雷となった。

 力の使い方を理解した。


 まるで、長い時間をかけて雷獣として必要なことをインストールされた気分になる。

 人間から、別の生き物に生まれ変わった実感が湧いた。

 あとは簡単だ。感情のままに、吼えろ。


「――うぁああああああああああああああっっ!」


 紫電が、青雷に変わる。

 世界を切り裂くような雷鳴が、慟哭のように放たれていく。

 小さな体の中で、なにかが砕け、生まれる音がした。

 それは、そう。まるで殻を破るような、羽化の瞬間だった。




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