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24.ブラックドラゴン1.



「キャロ!」

「キャロ様っ!」


 大切な家族が部屋に飛び込んでくる。

 わたくしのことを心から案じてくださるのがはっきりとわかって、心が温かくなりますの。

 もう胸がいっぱいで、涙が溢れて止められません。


「今までありがとうですの、ディナ。お母様にはご挨拶しませんの。きっと決意が鈍ってしまいますから」

「お嬢様!」

「ライガー、どこか遠い世界から、わたくしにのためにきてくれた、優しい男の子。あなたが無事に元の世界に戻れることを祈っておりますの」

「そんなこといいからっ、逃げよう!」

「でも、もし、時間があるのなら、お母さまたちを支えてあげてほしいですの」

「そんな約束できるわけないだろ! なに諦めてんだよ!」


 小さな体で懸命な少年にわたくしは勇気をもらいましたの。

 きっとわたくしは領主の娘としては失格かもしれません。だって、今、願っていることは、家族のことだけですもの。

 わたくしは精一杯笑ってみせる。怖くなんてない、だから安心してと伝えたかった。

 そんなわたくしを、真っ黒な鉤爪を捕らえましたの。



 ※




「キャロぉおおおおおおおおっ!」

「――お嬢様っ」


 眼前でキャロが奪われた。窓を突き破った漆黒の鉤爪が、小柄な少女を握りしめ、笑う。


「さあ、迎えにきたぞ、キャロライン」


 その真っ黒な化け物は流暢に人語を発した。

 闇色の巨躯はまさにドラゴンそのもの。禍々しさと恐怖を与える、大きな顎門にはヤイバのような歯が並び、醜悪な声が発せられた。


「待ちに待った楽しい楽しい食事の時間だ。貴様はどのような味がするのだろうな、キャロライン」

「やめろぉおおおおおおおお!」


 屋敷の中から小動物が吠えているが、ドラゴンは無視する。

 十四年も待った念願の瞬間だ。雑音など気にしない。今は、どれだけキャロが怯えた顔をしているのか、期待し、食欲以上に嗜虐心が刺激される。

 喜ばせてくれと、生贄の顔を見た。


「……?」


 すると、おかしなことに少女から怯えを感じなかった。

 おかしい。怯えどころか、恐怖さえ少女は抱いていない。

 凪いだ海のように穏やかな感情をキャロから感じる。


「……不愉快だ」


 自覚なく、黒竜の口から感情がこぼれた。求めていたのは恐怖であり、怯えである。

 ブラックドラゴンは人間の負の感情を力とするために食らう。無論、肉も好きだが、怯え、恐れ、嫉妬、絶望、憎しみ、すべての負の感情が竜である身を強くするために必要な糧である。


 ゆえに、人間を襲う。ゆえに、生贄を求める。負の連鎖を作り出す。

 その生き方を同族に窘められたこともあったが、すべて逆らってきた。ときには同胞さえ食い殺したため、憎しみを抱かれ、追放された。それがまた黒竜に力をくれた。


 今、こうして好き勝手できるのは、竜として力を得てからだ。自分と同じ力を持つ同胞は人間の世界においそれと来ることができない。なまじ来ることができても、戦えば戦場となったこの国はたやすく滅びよう。だから手出しができない。


 矮小な人間も同じだ。人間の中にはドラゴンスレイヤーも誕生することが稀にあるが、人間そのものは変わらない。弱く、矮小で、傲慢で、哀れな存在、それが人間なのだ。

 だからこそ、餌にしても構わない。抵抗などさせない。その行動が正しいとばかりに黒龍は今も生きている。


「許さん」


 ゆえに、我慢がならない。怯えろ。恐ろ。絶望しろ。

 なぜ、そうも穏やかな目をできるのだ。

 不快感を隠せないドラゴンが、キャロを苦しめようと握りしめる鉤爪に力を入れようとした刹那、


「死ねぇええええええっ、このクソドラゴンっ!」


 誰かが放った火炎が、漆黒の鱗を焦がした。




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