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19.ご主人様を救いたいと思う3.



「国に助けを求めることはできないのですか?」

「国の精鋭を集めていただければ、いくらあのドラゴンとはいえ倒せるでしょう。しかし、奴は狡猾です。かつて、騎士団を派遣していただいたことがあります。ですが、奴は危ういことは好まず、逃げ出し、時間を稼いだのです」


 なんて小狡い奴だ。


「その後も、何度か騎士団がドラゴンを倒そうとしてくださいましたが、二週間こちらに止まることが限界でした。やはりドラゴン退治だけあり、戦力を集めてくださいましたが、その代償として他が人手不足になってしまいます」

「まさか、その間、ドラゴンは?」

「ええ。姿を隠し、騎士団の撤退後に戻ってきては、憂さ晴らしとして暴れました」

「……最低な奴だな」

「ギルドに連絡し、依頼として冒険者や魔法使いを雇ったこともあります。ドラゴンを倒した者をキャロの夫とし、伯爵家当主にするとも条件をつけて、多くの戦力を集めました。しかし、すべて敗北に終わったのです。亡くなった方もいれば、生き残りながらも二度と戦いたくないと心を折られた方もいます」


 騎士団の精鋭で取り囲めば倒せるかもしれないが、向こうもわかっているので逃げてしまう。滞在時間が限られない冒険者や魔法使いを雇っても、今度は戦力が足りず敗北してしまう。

 これではドラゴンを倒せない。

 一騎当千の誰かがいればいいのだが、現状を見るに、今までそのような人間はいなかったのだろう。


「仮に、領地の被害などを無視して逃げ出しても、自分のせいでたくさんの犠牲が出てしまえばキャロは苦しみます。私は、母親として、ただ気丈に振る舞うこと以外なにもできません」


 瞳を潤ませて話すブレンダに、かける言葉が見つからない。

 慰めの言葉など、口が裂けても言えやしない。彼女たちの苦しみを、雷獣にはすべて理解することができないのだから。


「こんなことを言いたくはありませんが、グリンフィールド一族の血が絶えるわけではありません。直系の方ではありませんが、現在領主殿はとてもよい方です。私たちに気を使ってくださっていますし、キャロを悪く言う一部の心無い領民にも目を光らせてくださっています。とはいえ、それでもディナが街で苦労をしているようで、申し訳ないと思っているのですが」

「ディナさんのこと、知っていたんですね」

「はい。私もキャロも、存じていました。ですが、ディナが必死に隠そうとしてくれますので、私たちも気づかないふりをしています。ライガーさん、どうかディナには黙っていてください」

「わかりました。あの、ブレンダさん……」

「なんでしょうか?」


 ライガーは言葉に詰まった。言うべきか、どうか迷ったのだ。

 しかし、家族の辛い過去を打ち明けてくれたブレンダに対し、誠意を持ちたいと思った。


「俺は、自分が何者かわかりません」

「そうかもしれませんね。ライガーさんは、姿こそ雷獣ですが、こうして話をしているとキャロと変わらない男の子と向かい合っている感覚を覚えますもの」

「でも俺は雷獣らしいです。自覚はないですし、どうして、とも思いますが、俺は雷獣なんです。だから、力の使い方さえわかればなんのためらいなく、そうじゃない、喜んでドラゴンと戦うのに」

「いいえ、そんなことをする必要はありませんよ」

「――え?」


 言葉を遮ったブレンダは、腰を上げ、雷獣に腕を伸ばして抱きかかえる。

 ソファに戻り、自身の膝の上にライガーを置くと、


「あなたは優しい子ですね」


 まるで息子にでも接するかのように、暖かく優しい声音で囁く。


「キャロのことを本当に案じてくださっている。ですから、あなたに傷ついて欲しくありません。無理をして戦って欲しくありません。キャロだって同じでしょう。あの子にとって、あなたは最後の友達なのかもしれません。そんなあなたになにかあれば、その子は心底後悔してしまいます。自分のせいで、と」

「そんなことは……だって、キャロちゃんはなにも悪くない被害者なのに」

「ええ、あの子は被害者です。今までドラゴンによって被害にあった誰もが、被害者でしかありません」

「だからこそ、俺が!」

「おそらく、優しいあなたは戦いに向いていないでしょう。私がライガーさんに望むことはただひとつだけです。娘に残された時間がどれだけあるのかわかりませんが、どうか最後まで傍にいてあげてください」


 己に力がないことを、こうも悔しく思う日が来るとは思わなかった。

 もっと強さが自分にあれば。せっかく雷獣になっているのだから、苦しむ少女とその家族を救うくらいの力があってもいいじゃないか。

 しかし、今のライガーにドラゴンと戦うだけの力はないのだ。


「俺でよかったら、いつまでもキャロちゃんと一緒にいます」


 だから、雷獣になった少年は、口約束しかできなかったのだった。




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