表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/35

1.デブ猫(?)に転生しました1.



 なぜかデブ猫の姿になってしまった吾妻紫央の絶叫が森に木霊する。

 己の身になにが起きたのか理解できぬまま、ただただ混乱しうる少年は、震える体をなんとか動かして、川の水を一口飲んだ。


(お、おおお、落ち着け、れ、冷静に、冷静になるんだ)


 もちろん落ち着けるわけなどない。

 そもそも、ここがどこなのかということから不明なのだ。こんな状況下で平然としていられる神経は、生憎持ち合わせていなかった。

 しかし、現実は厳しく、少年に混乱する時間すら満足に与えてくれない。


「グルルルルッ、」


(え? 今のなに?)


 背を向けている森のほうから、唸るような音が聞こえて背筋が伸びる。

 嫌な予感しかせず、冷や汗が流れてくる。


(――神様。これ以上、俺に困難を与えないでください)


 祈りながらゆっくり振り返った少年は、木々の隙間から爛々と輝く瞳と目を合わせてしまった。


(あ、終わった。これ終わった。マジ終わった)


 この世に神などいない。そう思うには十分過ぎた。

 木の陰から姿を見せたのは、二メートルはゆうにある体躯を持つ狼に似た獣だ。鋭い牙がはっきりと見え並ぶ口からは、よだれが流れ、間違いなく太った猫と化した自分を獲物として見据えていることが見て取れた。


 悠然と近づいてくる獣と距離が縮む度に、逃げろ、と本能が警告音を発している。だが、鋭い爪で地面を鳴らし、牙の奥から威嚇するような唸り声をあげる獣の姿に身がすくんで動かない。


(ここ、日本じゃないよね。こんな獣いなかったし、まるで、これじゃあモンスターじゃないか!)


 馬鹿らしいことを考えている自覚はあったが、恐怖から逃げようと思考が別なことを考えてしまい止まらない。

 紫央が知る限り日本にこんな大きな獣はいないし、いたとしたら大事件だ。

 ならばなぜ自分の前にいるのだと疑問に思うが、答えはでないし、答えてくれる人もいない。


(と、とにかく逃げないと、動け、動けよ足っ、ビビるな、逃げろ!)


 自らに必死で声をかけ続けたおかげか、硬直していた足が一歩動いた。刹那、獲物を逃がすものかと獣が飛びかかってきた。


(ひぃいいいいいいいいいいっ!)


 悲鳴をあげて転がるように逃げ出すことに成功すると、一目散に走り出す。

 獣が吠える声が聞こえるが、足を止めることも振り返ることもしない。人間の姿ならまだしも、デブ猫では戦うことさえできない。

無我夢中になって、一刻も早くこの危険な状況から逃げ出そうと、変わり果ててしまった体を駆使するのだった。



 ※



 どれだけ走っただろうか。気づけば、木々の数が少なくなり、川のせせらぎも聞こえてこなくなった。


(死ぬ、生きてるけど、死んじゃう)


 意識が飛んでしまいそうなほどの疲労感と息切れが、少年の体を容赦なく襲う。

 幸いと言うべきなのか、獣から逃げ出すことには成功したようだ。まだ完全に脅威がさったわけではないので安心することはでないが、今すぐどうこうなることはないだろうと思っておく。


 人間の姿であればしばらくの時間走り続けることは可能だったが、この体ではそうもいかない。短い足でちまちま走ることはとても面倒で遅い。ついにはプライドを捨てて、四肢を使うことで本来の猫のあり方として走った。


 はっきりとした距離は不明だが、体力を持っていかれてしまったのは間違いない。デブ猫ではあるが、人間だったときの体に比べればだいぶ小さくなっている。同じように体力もなくなってしまったようだった。


(はぁ、はぁ、とにかく人里へいかないと)


 猫の姿で誰かに話しかけた結果どうなるかまで、少年に考える余裕はない。今はただ、誰かに会って、自分のこの現状を説明して欲しかった。もしくは、自分が抱く不安や混乱を知って欲しかった。

 ただ、少年の視界には人里など見当たらないし、どこにあるかもわからない。


 疲労が蓄積していくのをはっきりと感じながら、それでもただ前に前にと進む。歩む方向が正しいのか、誤っているのかさえ判断できないが、足を止めることだけはしたくなかった。


(誰か、助けて……お願い)


 よくよく思えば目をさましてから泣き言だらけだ。

 そんな自分をどこか他人事のように思いながら、ついに少年は前のめりになって倒れてしまう。


(……立たなくちゃ、こんなところで寝たら、食われちゃう)


 いつあの獣が再び襲いかかってくるかわからないにも関わらず、とうに限界を迎えていた少年は歩みを止めてしまうこととなった。

 ゆっくり瞼が下がっていく。体が別人のものになったかのように、言うことを聞いてくれない。


(死にたくないなぁ)


 抵抗することを無駄だと察した少年は、諦めたようにそんなことを思う。

 できれば次に目を覚ましたとき、自室のベッドでありますようにと願わずにはいられない。

 静かに瞼が閉じられる刹那、少年は天使を見た気がした。




頑張ってしばらくは毎日更新目指します!

気に入っていただけましたら、ブックマーク登録、ご評価をどうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ