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17.ご主人様を救いたいと思う1.



「久しぶりにあなたの笑顔を見た気がします」


 メイドのディナと自称天才魔法使い燐は、二人きりで厨房で食器を洗っていた。

 キャロとブレンダも時々家事を手伝ってくれるものの、メイドとしてのプライドから極力断るようにしている。


 彼女たちからしてみれば、家族なのだから助け合いたいとのことだが、メイドとして尽くすことが生きがいであるため、遠慮してもらうことが多い。

 居候の燐に関しては、むしろ率先して家事を手伝えと声を大にして言いたいが、彼女にもやるべきことがあるのでその妨げになることは避けたい。


「ふんっ、だ。みんなしてあたしのことをからかいやがって」

「あなたが工房に引きこもっているからですよ。ああして顔を合わせるのだって少ないのですから、もっと頻繁に時間をつくりなさい」

「わかってるよ。だけど、さ」

「言わずとも承知しています。あなたにはあなたの目的とすべきことがある。ですが、家族と呼んでくれる人たちをあまり心配させてはいけませんよ」


 まるで姉が妹を案ずるように嗜めるディナに、魔法使いの少女は小さく頷く。


「それにしても、ライガーには本当に驚かされました。信じていなかったわけではないのですが、まさか本当に喋るとは」

「だよな! ま、雷獣そのものを見るのが初めてなんだけどさ、実際にあーやって会話できるのを見ると本当に獣かよって思うぜ。なんていうか……」

「外見はさておき、まるで年頃の男の子のようでしたか?」

「そう、それ! なんだ、お前も同じようなことを思ってたんだな」


 燐は内心安堵する。あの雷獣はあまりにも人間らしい。

 一度、会話の途中で目を瞑ってみたが、声だけ聞けばまるで目の前に自分とそう年の変わらない少年がいるような錯覚を受けた。


「今まで会話ができなかったことなどから、まだ子供のようですから、年頃が近く感じても仕方がないかもしれません。それにしても、ライガーはあまりにも人間らしい」

「文献には会話はできるってあっても、人間らしいとは一言もかいてないんだよな」


 そこで燐は言葉を止めてあることを思い出す。

 あまりにも空想めいたことだったので、ディナやキャロに言うことはなかったが、ひとつの仮説には――雷獣は人間が生まれ変わる生き物だ、とあった。


 さすがにそんなことを鵜呑みにするほど、燐の頭はお花畑ではない。

 しかし、大陸に住まうある部族には、不遇な死を迎えた人間が、哀れに思った神々に魂を拾われ神の使いとして新しい生を受けると信じられている。


 神の使いとされる獣は雷獣だけではない。さほど多くはないが、フェニックス、鳳凰、麒麟、蛟などもそうだ。それらを総じて『神獣』や『聖獣』と呼ぶこともある。

 共通点は人語を操り、人の姿にもなれる生き物たちだ。ゆえに、元が人間だったと思ってしまうのだろう。

 だからといって、燐はそんな仮説を信じることは流石になかった。


「あの毛玉が人間らしくても構いやしないさ。それよりも、だ」

「はい?」

「ここまで文献通りなら、雷獣の強さも同じかもしれない」

「燐……あなた、まさか」


 洗い流しをしていたディナが手を止め、咎めるような目を向けるが、気にすることはない。


「雷獣は神にさえ匹敵する力を持っている。いくら子供だったとしても、それはかわらないはずだ。あいつの成長がどれくれいなのかわからないけど、もう話すことまできるんだから可能性はある」

「やはりブラックドラゴンとライガーを戦わせる気ですか」

「もう雷を使い始めたんだろ? なら、そう時間はかからないはずだ。もう、文献通りの強さをあの雷獣が本当に持っているなら、ブラックドラゴンなんて目じゃないだろ」

「私は反対です。いくら雷獣であろうとも、まだ子供であるのなら戦わせるべきではありません」

「なにもあいつ一匹に戦えなんて言わねーよ。あたしだって戦うに決まってんだろ。そのために研究してるんだ」


 それに、と燐はメイドを睨む。


「あいつだってキャロをご主人様と認めてるんだぞ。拒むわけがない。キャロの事情を知れば、必ず協力してくれるはずだ!」

「……燐」


 ディナだってキャロを救えるのならなんだってしたい。それこそ、己の身を犠牲にしたって構わない。

 しかし、ライガーは駄目だ。未来を諦めている心優しい主人が、自分の運命をわかっていながら欲した子なのだ。


「その結果、ライガーになにかあればお嬢様が悲しみます」

「……死んだら悲しむことだってできないじゃねえか」


 メイドは言葉に詰まった。卑怯だ。そんなことを言われたら、もうなにも言えなくなる。


「あたしはキャロに生きていてほしい。そのためなら恨まれたって、あのデブ猫を犠牲にしたって構いやしない」

「あなたには開発中の呪文があるではありませんか。完成させれば、あのブラックドラゴンでさえただでは済まないはずでしょう?」


 燐が工房にこもって研究を続けているのは、ひとえにキャロを救うため。

 強固な鱗に守られる忌々しいドラゴンを殺すための殺傷能力に優れた魔法を開発しているのだ。


「――はっ。笑えるよな。なにが天才魔法使いだ。もう少しで魔法は完成する。でも、あたしの計算だと、火力不足でブラックドラゴンは殺せない」


 かける言葉が見つからないとはまさにこのことだ。

 日々、研究に没頭し、完成に近づきながらも、目的を果たせないとわかってしまった。

 天才少女ゆえに、先を読みすぎた。それでも、研究を中断しないのは、わずかな可能性を信じているからか。


「ちくしょうっ、どうやったらキャロを守れるんだよっ」


 悔し涙を流す燐を、ただ抱きしめることしかディナにはできなかった。





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