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12.グリーンフィールド伯爵家の事情2.



「……なにをそんなに驚いているのですか? ああ、私のことですか。これはお恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」


 自分が泥まみれになっている自覚がありながら、彼女の声音は平然としたものだった。


「ライガー、あなたに私の言葉が伝わるのかわかりませんし、そもそもこんな私の姿を見てどう思っているかさえ存じませんが、どうか見なかったことにしてください」

(うーん、なにか事情があるんだろうけど、尋ねることもできないし)

「にゃあ」


 返事の代わりに一度だけ鳴くと、ディナの足に頬を擦り付けた。


「おや、甘えているのですか? それとも燐の言う通り、あなたには私の言葉がわかるのでしょうか?」


 くすり、と笑みを浮かべたメイドだったが、それもすぐに消えることとなる。


「おいっ、ディナ!」


 部屋の中から燐が勢いよく飛び出してきた。


「燐ですか。あまり大きな声を出さないようにしてください。ライガーが驚きます」

「知るかっ、さっきから人の部屋の前で――って、おい、ちょっと待てよ。あんだよ、それ、お前まさか、また街の連中にやられたのか!?」

「ですから大きな声を出さないでください。お嬢様と奥様に気づかれてしまいます」


 声を荒らげた燐に対し、ディナは努めて冷静に静かにするよう注意する。

 だが、魔法使いの少女の憤りが収まることはなかった。


「気づかれてしまいますじゃないだろ。街の奴ら、前領主の家族によくもこんなことをしやがって。ずっと我慢してきたけど、アタシはもう限界だ。領主様に言うべきだ。罰してもらえ!」

「なりません。そんなことをしてしまえば、キャロ様の立場が悪くなってしまいます。それに、こんなことをするのも、お嬢様のことを悪く言うのも、一部の人間だけです。相手にするだけ時間の無駄ですよ」

「だからってよぉ……領民のために進んで犠牲になろうっていうのに、どうしてこんな風に、ドラゴンに呪われているなんて扱いを受けなきゃなんねーんだよ」


(ドラゴン?)


 会話に割り込むことができないライガーは、じっと事の成り行きを見守っていたのだが、初めて聞く単語に内心ひどく驚いた。


(やっぱり異世界だな、ドラゴンがいるんだ。じゃなくて、キャロちゃんが呪われているだって?)

「ですから、そんなことを思っているのも一部の人間だけです。多くの方は、お嬢様と奥様に同情していますし、私たちにもよくしてくださっています」

「それでも! 一部の人間の悪意がこうして表に出てるんだから、なにもしないわけにはいかないだろ!」

「もしも、燐が感情的になって何かをしたり、領主様が一部の人間を罰したりすれば、私たちの負けです。幸い、キャロ様と奥様になにかをするほど度胸はないようですので、放っておけばいいのです」

「でもさぁ」

「燐……お願いします」


 詳細こそ不明だが、キャロたちを快く思わない一部の住人が、ディナを泥だらけにしたのだろう。燐の様子から察するに、これが初めてではないはずだ。

 罰することもできるし、仕返しだって可能かもしれないが、相手にするだけ無駄だと思っているディナの強い声音に納得できないまでも燐が押し黙った。


「ふんっ、勝手にしやがれ。どうせアタシは街になんか行かねーし」


 そう言うだけ言って、燐は部屋の中へと戻って行ってしまった。


(ディナさんは街の人間に泥を投げられた。仮にも貴族の家に使えるメイドにそんなことするか、普通? それにドラゴンの呪いとか、キャロちゃんやこの一族に関して俺が知らないことはまだまだあるんだろうな)


 気にはなる。だが、知ってどうするのだ。

 キャロがなにかを抱えているのなら、力になってあげたい。ディナが泥だらけになったのなら、慰めの言葉をかけてあげたい。しかし、今の少年は人間ではなく、言葉を発することのできない雷獣だ。


 なにもできない自分が不甲斐なくて、泣きたくなった。

 そんなライガーをディナがそっと抱きかかえる。


「燐も燐なりに心配してくれているのですよ」

「にあ」

「ふふふ、どうやらあなたは本当に言葉がわかるようですね。私たちの会話に耳を傾けていたのがよくわかりました。もし、文献通りに話ができるようになれば、お嬢様もとてもよろこぶでしょう」


(それが本当なら俺も話してみたいよ)


「どうかお嬢様のことをよろしくお願いしますね」

「にぁ!」

「ふふ、ありがとうございます。そうだ、ついでですのでお風呂に付き合ってください」

「にぎゃ!?」


(ちょっ、それはまずい、かなりまずいですけど!)


 ジタバタと抵抗するライガーであったが、ディナの細い腕から驚くべき力が発揮され、逃げ出すことは叶わない。抵抗むなしく浴室に連行された雷獣は、泥だらけのメイドに身体中を丁寧に洗われてしまい、色々なものを失ったのだった。




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