10.お名前を決めますの!
「わたくしには難しいことはわかりませんけど、それよりもすることがありますの!」
「なんだよ、キャロ。せっかくこのデブ猫が雷獣だってわかったのに、それ以上重要なことがあるのか?」
「もちろんですの。お名前をつけますの!」
平たい胸を張り、鼻息荒く声高々にキャロは言う。そして、腕の中で呆然としている雷獣らしい毛玉を高々と掲げた。
「いつまでも猫ちゃんや毛玉ではかわいそうですの! 素敵なお名前をみんなで考えますの!」
(あのね、お嬢さま。俺には紫央って名前があるんですけど)
伝わらないのを承知で鳴いてみたが、やはりキャロに少年の言葉は伝わらない。
残念ではあるが、ふわふわした金髪を振り乱して楽しそうに名前を決めようとはしゃぐ少女の姿に、
(ま、いいか)
思わず笑みがこぼれてしまった。
「んじゃあ、あたしがイカした名前をつけてやる。雷獣だから、雷蔵でどうだ!」
「却下です」
「却下ですの! かわいくないですの!」
「あたしの故郷の名前だぞ、雷ってつくし、いいじゃねーかよー」
我先にと手を上げて、自信満々に命名した燐だったが、キャロとディナは考える間も無く却下した。
彼女自身はいい名前だと思っていたらしく、あからさまな反対に不機嫌となる。
「じゃあ、他にどんな名前があるっていうんだよ?」
「では、私が。そうですね、エーレンフリート・シュトックハウゼン三世ではいかがでしょうか?」
「なげえよ、つーか人名じゃねえか。そもそもどこから三世がきたんだよ! 一世と二世はどこにいきやがった!」
「忘れていましたの……ディナはネーミングセンスが微妙でした」
主人にまで残念な表情を向けられ、メイドは慌てた。
「お、お嬢様まで失礼な。いい名前ではないですか。ほら、この子も気にっています」
「にぎゃぁ」
(嫌っす。超嫌っす。雷蔵の方がまだマシっす)
「すっごく嫌そうだぞ」
「うん。嫌そうですの」
「……はぁ、もういいです。どうやら私の高すぎるセンスでは、いくら雷獣といえどペットにつけるには重荷のようですね。では、デブ猫をお拾いになったキャロお嬢様にお任せしましょう」
結局、紫央を見つけ、拾ったキャロが名前をつけることとなった。
名前は重要だ。地球人である少年には知らないことではあるが、この世界に置いて名前をつけることは一種の儀式めいたものとなる。名前はそのものの存在を固定する呪いでもある。ゆえに、大事なのだ。
「うむむ、困りました。責任重大ですの」
(いい名前を期待してるよ!)
心の中でエールを送る少年と、少女のひらめきを静かに待ち続けるメイドと魔法使い。
そして、
「決めましたの! この子の名前は――ライガーですの!」
(あの、それってライオンとトラの……)
ついそんなことを思ったが、残念なことに突っ込みを入れる言葉を持ち合わせていない。
「うん、まあ、いいんじゃないか。あたしの故郷の字を当てるなら、雷に牙だな」
「少々ありきたりな感じはありますが、勇ましさがありよいと思いますよ」
「ではライガーで決まりですの! 今日から、あなたの名前はライガーですの!」
嬉しそうの微笑むキャロを見てしまった少年は、彼女の笑顔を曇らせたくないと思った。
なにか事情を抱えているであろうキャロが、今こうして笑顔でいてくれるならそれでいい。だから、
「にゃ!」
「気に入ってくれましたの?」
「にゃにゃ!」
「嬉しいですの!」
この子が笑顔でいられるよう、今日からライガーとして生きることを決意する。
「今日からわたくしたちは家族ですの! よろしくですの、ライガー!」
もっさりとした毛並みに顔を埋めて喜ぶ少女に、こちらこそよろしくと雷獣は鳴く。
(あ、でも、これで俺のペットライフが始まるってこと? ……ま、いいか、ペットで)
天使のように微笑み続ける少女の甘い匂いを嗅ぎながら、ライガーと命名された少年は深く考えることを放棄して、かわいらしいお嬢様のペットになることを決めたのだった。