9.実は猫じゃなかったようです3.
「猫ちゃんじゃなくて雷獣ちゃんでしたの?」
「……もしかしたら、と思っていました。先ほど、雷を放っていましたので」
「ところでさ、さっきまで正体見つけたーとか、雷獣だーとか喜んでたんだけど、よく考えるとまずいんじゃねえの?」
屋敷中に木霊するような大声で呼び出されたキャロとディナは、燐から少年の正体を聞き、それぞれ反応を見せていた。
――雷獣。
名前の日々からすれば、雷の獣だ。
ディナに絡んでいたおっさんを撃退したのも紫電だったことを考えると、燐の言葉通り自分が雷獣である可能性が高い。
元は人間だった紫央だが、気づけばデブ猫になっていた。しかし、本当は雷獣だった。
(なんていうか今更もう驚けない感じ?)
今まで何度も驚愕を繰り返しているため、肝が座りつつあった。
「まずいですね。絶滅したとされる雷獣がこのお屋敷にいるとわかれば……」
「雷神信仰者が群れを成してやってくるぞ」
(ん? 今、絶滅って言った?)
心なしか不吉な言葉を聞いた気がする。そんな雷獣の疑問に気づくことなく、メイドと自称天才魔法使いは会話を続ける。
「王家を始め、戦神でもある雷神を信仰する方はこの国に多いため、雷獣の存在を知られれば目の色を変えるでしょう」
「最悪、とっ捕まえに来るな」
「猫ちゃんを捕まえに来るですの? うー、それは嫌ですの!」
(あの、さすがに誰ともわからない人に捕まりたくないんですけど)
せっかく優しい少女に拾われたのだ。できることならこのままがいい。会話ができない不便はあるものの、まだ恩返しだってしていないのだ。
「雷獣といえば雷神の眷属です。いくらなんでも信仰の対象でもある雷獣を手荒な真似はしないはずでは?」
「はっ、ディナは甘いな。雷獣が絶滅したって言われてどのくらい経ってると思ってるんだ? 保護、研究、身勝手な都合で騒ぐ奴らだって出てくるにきまってるし、貴族だって欲しがるにきまってるじゃねえか」
「猫ちゃんはわたくしが守りますの!」
キャロは少年を拾うと、その腕に力を込めて抱きしめる。それだけ手放したくないのだろう。
雷獣もまた少女から離れたくはない。
「困りましたね。今はいいとしても、いずれは知られてしまうかもしれません。ですが、雷獣には自らの意思がちゃんとあり、人間の言葉も理解できると聞いています。雷獣自身が拒んでくれれば一番なのですが」
「そのことなんだけどさぁ、雷獣は人間の言葉を理解し、話すこともできるって言われているけどそれが検証されたことはねーんだよ。それに、こいつはまだガキだ。仮に人語を操れるとしても、文献通りなら会話が可能になるのはもっと成長してからだ」
(本当に言葉を話すことができるのかな? 試しになにか言ってみよう)
「に゛ぁああああああああああ」
紫央は「こんにちは。元気ですか?」と言ったつもりだった。しかし、口からこぼれたのは、少々濁った低い鳴き声だった。
「……もしかすると、これは私たちに文句を言っているのではないでしょうか?」
「ああ、すっげー、不機嫌な鳴き声しやがったな」
「二人が不安なことばかりいうからですの! ごめんなさい、猫ちゃん! わたくしが猫ちゃんのことをしっかり守ってあげますので、どうか心配しないでほしいですの!」
「に゛ぎぁああああああああ」
やはり言葉ではなく、鳴き声にしかならない。ちなみに今は「文句なんて言ってないよ!」と言いたかっただけだ。
「ううっ、怒ってますの。もうっ、ディナと燐ちゃんのせいですの!」
「にぁ」
まったく自分の意思が伝わらないことに、少年は深々と嘆息する。
(それにしても、雷獣てなんなんだろ? 雷を支えて、いずれは言葉も交わせるようになる。さらに神様の眷属とかさぁ……もう許容量いっぱいいっぱいなんですけど)
今、少年がいるこの世界が、ファンタジーあふれる世界だったとしても、なぜ自分がそのような価値の高い絶滅危惧種になってしまったのかわからず、何度目かわからないため息をついたのだった。