ここは現代日本、でした。②
「中入ヒロさんはいらっしゃいますか」
そう言って私の家を訪ねてきた警察は随分とものものしい様子だ。
私は一瞬、かなり背筋が冷えた。
ばれてしまったのかと思ったのだ。
あの金髪少女に傷害行為をはたらいたことではない。それに関しては既に事情聴取で説明済みだし、そもそも婦警さんの目の前でやってしまったことなのだから今更になって警察がどうこう、というのはおかしい。
あの夜、――――――――死者338人、重軽傷者3058人、行方不明者204人を出し、その数は今もなお増加しているという大恐慌の夜に起こった事件は、重篤なものを除き大半が黙殺されることとなった。
人類が突如目覚めた謎の力、超脳力という通称がその頃には定着していたそれは、人を一時的に、非情なまでに凶暴にした。その力に気付いた人間はそれを試したがり、その被害にあった人間もまた自身の力に気付き…という数珠繋ぎ方式で暴力がパンデミックを起こし、とくに人の多い繁華街や駅前はそれはもう酷い様相を呈していた。
多くの人が何らかの害を被り、そしてその分加害した。
全てを裁くには被害者も加害者も多すぎた。
そもそも刑法は人間が超能力を有している前提で書かれてはいないから、捕まえたところできちんと裁判が出来るのかすら怪しい。
インターネットも相当混乱したらしい。
少なくとも2ちゃん、いや5ちゃんは落ちてた。
だがこの超脳力という通称は2ty、…5ちゃんが発祥だ。
突然の非日常に、とんでもない数のスレが立てられたことは言うまでもないが、その中で一際優秀な民が揃っていたスレがあった。そこは事変が起こってから2日でこの能力が頭に思い浮かべた物事を現象として実態化させるものだと特定し、それに名前を付けた。
人類が突如目覚めた超能力、脳が働くことで現実になる…で、超脳力。
ネットスラングは上手いのか寒いのか、ノーコメントで。
実際には持つ能力にかなりの個人差があり、制限がかかりまくるからそう美味い話なわけでもないのだが、素人にそこまで求めるのは流石に無茶だ。超脳力についてもう少し詳細に分かるのは、欧米を中心とした各国の混乱が収まり、研究チームが組まれてからになる。
当たり前だが、世界中で起こったこの異常事態に誰しもが混乱した。だが先進国はどこも一週間程度でひとまずの落ち着きを得ていたようだ。そして少しばかり余裕ができると、この突如発生した一大超常現象について各国がこぞって研究に乗り出した。
とくにこの研究に躍起になっていたのはアメリカだ。もともと世界一の大国なのだから当然といえば当然だけれど、アメリカの場合は起こったテロ行為とその被害者の数が尋常でなかった。あの夜、というかアメリカでは早朝で、だから混乱が起こったのは実は日本より少し後だったらしいけど、ともかくあの日の死者は8000人を越えたそうだ。これが現在進行形で増えている、らしい。欧米各国で未だにここまで事態が落ち着いていないのはアメリカだけで、そのテロリズムに対抗せんという正義感のもとマッハで研究が進められているとのこと。
日本は超脳力の研究について概ねアメリカに追従する姿勢で、某大学では共同研究チームが発足した、というのが1週間前のトップニュースだった。
この超脳力について、法的な扱いはいまだに決まっていない。科学的な正体が確定しないからだ。
一介の学生が知れることなんてせいぜいこのくらいだったが、やってきた警察は今後の為、もっと詳しい事情を説明してくれた。
警察が私を訪ねてきた理由、それは端的に言えば私を引き入れたいという事であり、結局私が危惧したことは何の関係も無かった。
私が恐れたのは、少女を傷付けたあのとき、私が、なんとも思わず、何にも感じなかったことが人に知れたのではないかと勘ぐったからだ。