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ここは現代日本、でした。


「対象、捕縛!」


 上官のひと声を合図に動く。私だけじゃない、周囲の同じ軍服を着た男女が一斉に動く。

男女といっても男が大半を占めているのだけれど。


 私は小走りした先にいる自分よりほんの少し体格がいい男を背後から組み伏せ、捕縛体勢に入る。

振り返った男に睨みつけられるが、そんなのこちらには屁でもない。

その目には身体の自由を奪われることへの抵抗、女に力負けしている現状への悔しさ、そして僅かばかりの、早く楽になりたいという諦念が滲んでいた。


 ふと、自分の周囲の空気がわずかに振動したのを感じる。

見回せばそこにはこぶし大の金塊が10ばかり、空中に浮いている。

こいつ、金か。


 その金塊は私に向かってくる。力の弱い民間人がこれを頭にでもぶつけられれば大けがは免れない、が問題は無い。こういうのを相手するために、私達がいる。


 私は細く、小さく、そして高圧の水流を作り出し、その金塊を切断していく。いわゆるウォーターカッターだ。金は重いが、柔らかい。石ころサイズにされたそれらは、地面に落ちて転がった。私を見る男の目に奇特なものへの視線が混じる。

「お前、まさか、水」

だから何だ、別に望んでこうなったわけじゃない。そんなの、ここにいる誰もがそうだけれども。

男の身体から力が抜ける。抵抗を諦めたようだ。そのほうがいいよ、こっちも脚を折るなんて手間かけたくない。

 運が悪かったんだろう、右手15メートルほど先にいる対象は苦悶の声を上げていた。大人しく捕縛されてくれないと、そうせざるを得なくなる。これでも優しいほうだ、骨は折れても治るんだから。焼いたり凍らせたりしたら確実に身体は元に戻らなくなる。


 今回は、割とあっさり捕縛できた。捕まえられた十数名を特殊車両に乗せるのを手伝う。彼らは逮捕扱いになり、刑法で裁かれることになっている。だからこれより先は、私達の管轄じゃない。上官に捕縛のあらましと自分の無事を告げ、形成されている隊列の一員となる。超務隊、任務完了。




 思えばその年は、妙に天災が多かった。お正月気分の抜けない1月の日本列島を地震が襲い、でも被害が大きくなくてよかったね、なんて言っていたら数十年ぶりの大豪雪。春になり暖かくなった途端、雪でふやけた地盤が崩れて土砂災害が起こり、ようやく復興の兆しが見えたと思った矢先に梅雨の大雨。おかげで私は就活用のパンプスを2回も買いなおすハメになった。少しずつ晴れ間が増え、私にも内定が出て、ようやく落ち着いたと思ったら今度はとんでもない猛暑日が待ち受けていた。国内の猛暑日連続記録が最高を更新した頃、重い腰を上げて部屋のクーラーを買い替えた。早く涼しくなってください、なんて祈っていた9月中旬、急に最高気温が16度まで下がり、衣替えなんてろくにしてなかった私は風邪を引いた。そのまま気温は下がる一方で、都内では史上最速で初雪が観測されることとなった。卒論を書き終え、雪がちらつくなか大学を後にした12月、都心で震度5弱が観測され電車が止まった。駅は人であふれ、雪で濡れた傘をコートに押し付けられ、それはもう不機嫌で帰宅したのを覚えている。


 その3日後のことだった。


 午後8時24分、ふたたび首都圏を中心とした地震が起こり、交通機関は一時停止。しかしその日は土曜で、帰宅する人も少なかったため比較的早く最寄駅に着くことが出来た。

改札を出ると、随分な喧騒がそこに居た。元々うちの最寄は駅周辺に飲み屋が集中していて、だから土曜の夜なら多少騒がしいくらいが普通だ。でもそれはあきらかにいつも通りの騒がしさではなかった。いったいどこがどう違うのか上手く言語化できない。だけど、これは。


 甲高い悲鳴が耳に届いた。

 声の聞こえた方を振り返ると、すぐ後ろに男が立っていた。男は手を振り上げたかと思うと、次の瞬間、私の右まぶたから生温かい液体があふれ出した。一瞬鼻をかすめた青々とした匂い、それを塗り替える鉄の匂い。

 反射的に俯くと、そこには笹のような緑色の何かが落ちていた。おかしいな今は冬だ、こんな緑に出くわす季節じゃない、なんて考えは遅れてやってきた痛みに侵された。右目が痛い、開けられない。正確にはまぶたの皮膚を切られただけで、眼球には何の異常も無かったことが後の検査で分かった。だがこの異常な空気感の中、私の脳は盛大に錯覚をしたのだ。目は急所だ、そこを傷つけられたと思い込んだ私は相手の顔を確かめようと顔を上げる。だがそこにはもう男の姿は無かった。左目だけでよく見ると、周囲にも同じようにけがを負った人間が何人も居た。

 まったく状況が呑み込めなかったが、とにかくこれは傷害事件だ。幸いなことにここは駅であり、近くに交番がある。右目をハンカチで押さえつつそこへ向かった。のだが、そこでもまた傷害行為が行われていた。交番にいた婦警さんを一組の男女が壁に追い詰めている。男女は馬鹿みたいに明るい髪の毛の色がそっくりだった。彼らの足元には何故か土が散らばっており、紺色の制服は茶色く汚されていた。それと同じ茶色、土色の塊が宙に浮き、婦警さんの顔めがけて飛んだ。そのときの私の脳みそが、どのように働いてしまったのか自分でもわからない。しかし私が次に見た光景は、土と水が混ざり泥状になったものがちらばる交番の床、そしてよくよく見れば私より随分小柄な、明るい髪の女の子の右手に刺さった氷柱だった。


 

 その後のことは、ただ点々とした記憶しかない。男女は連れ立って交番から出て行ってしまい、私は婦警さんと二人きりになったがそれも束の間、多分同じことを考えたんだろうけがを負った人達が続々と交番に押し寄せた。しばらく混乱が続いたが、近場にある警察署から応援が来たようで、私は立派な体格の警官さんに保護されまずは病院に行くこととなった。応急手当てをしてもらった後で事情聴取をされ、両親に迎えに来てもらった。幸運なことに私の両親はけが一つしなかったらしい。


 2日経ってようやく落ち着いてきた頃、それが日本どころか世界全体で起こった一大事変であること、人類がいわゆる超能力を持ち、それに超脳力という通称が付き始めていることなどを知った。国内は警察と自衛隊の尽力により少しずつ静かになっていったものの、非現実的な事象は依然としてそこにあった。不思議なことに「超脳力」には個人差があり、私の両親はほとんどそれを持っていないようだった。だから自分たちの娘である私もそうだと思い込んでいたらしい。私も、あのときの泥と氷柱のことは話していなかった。


 いまひとつ現実味を感じられないまま過ごしていた私の元に警察が訪ねてきたのは、それからひと月も後のことである。



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