3話 異世界でスライム狩り
小高い丘を登るとそれほど大きくは無い家が一軒ポツンと建っている。施錠という名の結界がかかっているのだが、今現在微妙に振動を起こしていた。拓也とニューリアは今その扉の前に立っている。振動はどう見ても内側からのようだ。
「彼女の魔力はかなり高いようね…」
「これ雫のせいなのか?」
扉の内側から雫が叩いているのか結界が揺れている。中からは「ちょっと~ここからだしてよ~~」と雫の声が聞こえているので間違いないだろう。チラリと2人は目を合わせる。ため息を付きつつも拓也はしぶしぶ扉に向かって声をかけた。
「雫ー今開けてもらえるから、扉叩くのやめてくれないかー?」
「えっ拓也なの??ねえここどこっ」
なぜか扉を叩く音はさらに大きくなるばかりだ。
「にゃあああぁぁ~~っここままじゃ扉壊れちゃう!」
「雫、開けるからストップ!!」
ミシッ
次の瞬間扉に亀裂が入った。そこからはあっという間だった。
ドガッバリバリバリッッ
扉の破壊と同時に結界が解け中から雫も飛び出してきた。扉の残骸と一緒にだ。そのまま巻き込まれ3人はもつれ合い丘を転げ落ちることとなった。
「ふにゃああああぁ~~っ!」
「うわぁーーー!」
「きゃああぁぁ~~~っ!」
++++++++++
職業斡旋所であるここ『金のなる木』のカウンターで再び説明と身分証作りが始まった。もちろん雫の分だ。丘を転げ落ちたとき多少怪我をしたもののニューリアが『ヒール』で治してくれた。そのニューリアは扉の修繕とカギのかけ直しに戻っている。ちなみに雫の身分証は拓也と特に代わり映えがない名前と性別が違うくらいだろうか?
「えーと雫さん?ここまででわからないことはありますか?」
ゆずっちこと横井柚子は先ほどの説明が途中だったことも含め再び説明を繰り返していた。先ほど拓也が聞き逃した説明でこの町の名前は『ファストレンド』ということ、地下1Fに職業斡旋施設、地下2Fが食堂兼酒場であることを教えてもらった。1Fは受付と買取カウンターとなっているようだ。
「魔法とか使えるんですよねっということは、私も魔法少女になれますかっ?」
目をキラキラと輝かせこの世界の説明の確認より早く魔法を使いたがっている。
「ちょ、ちょっとまってそうか…魔法とかも説明しないといけないのね。」
こほんと咳払いをし、魔法についての説明が始まった。
「たしかに魔法を使うのに魔力を使います。魔力が足りていればどんな魔法でも使用することが可能。でも、魔法を覚えるためには魔法書が必要になるの。それで、魔法書はいろんなお店で売っているので購入すればいいのですが…」
そこでいったん言葉を切りこちらの様子を伺っている。
「あー…お金がない。ということですね。」
「はい、その通りです。」
「ええええぇ~~魔法つかえないのー!?」
カウンターに身を乗り出し雫は叫んだ。最近のお気に入りは魔法少女のもだったため、自分もなれるのだと喜んだのもつかの間、お金がないと手に入らないといわれものすごいショックを受けていた。
「ちっ結局世の中金がすべてかっ」
「雫落ち着いて。どうせお金稼がないとここで生きて気無いんだから、すこしづつ覚えられるようになるだろ??」
「なんと!言われてみればそうよね。珍しく拓也が頼もしい…」
暴れる雫がいる以上、自分が落ち着かないと収拾が付かないことくらいさすがに理解はしている。ここで雫と喧嘩をしてはいられないのだ。
そんな拓也の考えにも気がつかず雫は1人自分に言い聞かせていた。
「お金を稼いで魔法を覚える…魔法のために仕事をする…うん。働きたくないけどしかたないよね。」
(雫…それじゃ生活できないぞ…)
手をぐっと握り締め雫はやる気になっている。逆に拓也は頭をがっくりと垂らし自分が何とかするしかないのかと諦めていた。
「ふぅ~まいったまいった。」
扉を開けニューリアが戻ってきた。どうやら修繕が終わったようだ。カウンターの傍までやってきた。
「説明はおわったかな~?」
「多分これだけ教えておけば大丈夫だと思うけど…どうかしらね?」
カウンターの内側にいる柚子がニューリアに返事を返す。眉毛を八の字にし頬に手を当てている。ちゃんと理解してもらえたかどうか不安なようだ。
「またわからないことがあったら聞きにきます。」
「そうね、それがいいわ。あ、ニューリア少し2人の仕事に付き合ってあげなさいよ?」
その後少し間があいた。また念話で続けている。
「(拓也様のためにも。)」
「(そうね。)」
「わかったわ。じゃあ初仕事探しにいきますか。」
仕事を探しに階段を下り扉をくぐった。中に入るとまた正面奥にカウンターがあるのが見える。どうやらそこが仕事を受ける窓口のようだ。
「まずは右の壁を見てみて。」
言われるまま右のほうを向いてみる。壁一面に沢山の紙が貼り付けられている。
「たくさんあるでしょ~あれが仕事の内容が書かれている物なの。で、左に行くほど難易度の高い仕事になっているわけ。だからまずは扉くぐってすぐ右こっちのほうにあるものからやってみるといいわね。」
回れ右するとすぐ扉の左側から紙が貼り付けられていた。ざっと眺めてみる。配達、皿洗い、接客、掃除、子守、薬草収集、スライム退治…たしかに魔法がなくてもそれほど困らないものが多いようだ。最後のスライム退治だけはよくわからないが…
「ねえニューリアこの、」
「あーせっかくだからこのスライム退治とかやってみたーい。」
拓也が聞こうとしたところ雫に先をこされてしまった。
「ねえ拓也異世界っぽいじゃないこれやってみよーよー」
「ニューリアこのスライム退治は厳しいのかな?」
どれどれとニューリアは仕事の依頼書を眺めている。
~~~スライム退治~~~
ファストレンド周辺のスライム退治をお願いします。
報酬:100円×討伐数
期日:当日のみ。
~~~~~~~~~~~~
「スライムか~たしかにこの世界で一番弱い魔物だけども…」
「私達じゃ倒せないのかなー??」
「いや、倒せるよ?むしろ素手で。ただ私はやりたくない仕事のひとつなんだよね~」
どうやらニューリアの気が進まない仕事のようだ。猫耳がペタンと垂れている。
「まあ教えるだけで手は貸さないけどそれでいいなら付き合うよ?」
「そりゃーもちろん自分で倒すわよ!拓也もそれでいいわよね??」
「僕はちゃんとこなせる仕事ならもうなんでもいいけど。」
「じゃあ決定ね!」
勢いよく扉を出て行こうとする雫をあわてて止める。
「なに?」
「まだ仕事受けてないよ?」
「そうか、受けてから行かないといけないのか…」
(基本はそうだよね?頼まれてない仕事はタダ働きっていうんだよ!)
少しばかりがっかりしながら大人しく従う姿はどこか小動物のようだ。そんな雫の姿に苦笑いを浮かべながらニューリアが仕事の受け方を教えてくれた。
「仕事を選んだらこの紙をカウンターにもっていき、一緒に仕事を受けるメンバーと一緒に身分証の提示を。そしたら受付の人が軽く説明してくれるからそれでよければ依頼を受けてね。仕事が完了したら同じカウンターに報告。今回の場合はスライムの核の回収があるはずだから忘れずそれも渡して。」
ざっと説明をしてくれたあとはカウンターに聞けということだろう。
「じゃあ受けてみようか雫。」
「わかったわ。」
2人そろってカウンターに進む。数人並んでいたので順番がくるのを待った。順番が回ってきたので仕事の依頼用紙と2人の身分証をだした。
「あら、スライム受けてくれるの?」
首をひねりながらたずねられた。受けるつもりだからもってきたのにこのお姉さんは何をいっているのだろうか。つづけて身分証を見てどうやら納得したようだ。
「あら。異世界人なのね、じゃあ初仕事かしら。」
「そうですけど…身分証にそんなこと書いてありましたっけ?」
「書いてはないわよ?こう魔力を込めるとね知りたい情報を取り出せるの。今回はどうしてこの依頼を受けたのか確認したの。」
(うん、これはきっと説明もれってやつかな?)
納得した。
「では説明しますね。この依頼は日没までに報告をお願いします。スライムは核を放置するとまた発生しますので、核の回収を必ずおこなってください。回収された核の数分報酬をお渡しします。日没までに報告が行えなかった場合、違約金5000円の支払いを要求いたします。以上です。」
「5000円!高くないですか??」
「1個でも持ち帰れば払う必要のないお金ですよ?」
「……なるほど。」
(たしかにその通りだけど…もし忘れたり不慮の事故とかあったらやばいってことじゃないか。)
「おっけー受けますよー」
「なっちょっ雫勝手に受けないでくれ!」
「は?どっちにしても受けるでしょうが。だって異世界でスライム狩りだよ??」
さも当然というかのように雫は言い放つ。
「受理されました。がんばってくださいね?」
「えっ」
どうやら雫の一言で仕事を受けることになってしまったらしい。こうなったら断れない。5000円どころか無一文な2人に払えるはずも無い。身分証が返却された。
名前 藤村拓也
種族 人間族
年齢 14歳
性別 男
職業 学生
スライム討伐
貯蓄 0円
名前 朝川雫
種族 人間族
年齢 14歳
性別 女
職業 学生
スライム討伐
貯蓄 ?
職業のところにスライム討伐と追加されている。仕事を受けるとここに出るようだ。
「よーし今度こそいくわよー!」
雫はそのまま扉にむかって走りだした。再びあわててとめる。
「まって雫。」
「もぉ~今度は何??」
「僕達スライムの姿知らないよ?ニューリアと一緒にいって教えてもらわないと。」
「えースライムなんてデロデロかゼリー状じゃないの?」
「そうかもしれないけどそうじゃないかもしれないじゃないか。」
「しかたないわね!」
(しかたないのはどっちだっ)
そんな2人のやり取りを少し離れたとこから見ていたニューリアは「夫婦漫才…なのか?」とか言っていた様だがそんなことより夫婦漫才が通じるほうに驚いたので拓也はこの世界がどこまで同じなのかがすごく気になってきた。
++++++++++
さて、『ファストレンド』の外に出て周辺を見渡している。今のところ魔物らしきものは何一つ見当たらない。たまに空を鳥が飛んでいたり、草むらがざわつくくらいだ。この草むらにいたりするのだろうか?
「ニューリアさんや、スライムいずこ?」
雫は首を傾げている。
「あぁ、そうか。君たちの世界にはスライムはいないのか。」
「スライムとかゲームの中だけの存在だけど。」
ゲームという言葉にニューリアは反応したようだ。そういえばこの世界にゲームはあるのだろうか?
「ゲームの中にスライム?ちょっとわからないかも。」
どうやらゲームはなさそうだ。
「ところでスライムはどこにいるのよっ」
「え、あぁそうだった。ほら、そこ。まさに足元にいるじゃない。」
「「…え?」」
足元を見てみるがとくに何もいるようには見えない。しいていうなら少しぬかるんでいるくらいだ。
「よく見てみて。」
とりあえずかがんでそのぬかるみを眺めてみる。じっと見つめているとほんの少し移動をしたように見えた。もしかしなくてもこれがスライムだというのだろうか。ニューリアのほうを見てみる。
「もしかしてこのぬかるみが…?」
「もしかしなくてもそれがスライムだよ。」
「スライムってどんな魔物なのよ。」
スライムについてニューリアが説明を入れてくれた。本体は中央付近にある核といわれるもので、魔力を利用し周りからいろんなものを取り込み核を守るようにゼリー状に形成をするものらしい。そう、生き物の死骸やらごみやらもうなんでも取り込んでしまうそうだ。
「「………」」
(これはひどい…)
「えっと…どうやって倒せばいいのかな…?」
「核を傷つければまわりのゼリーは拡散するわ。」
言われたように核を傷つけようと落ちていた枝で雫がスライムの核をつついてみた。
ビチャッ
「……うええええぇ~」
何で出来ていたゼリーかわからないものが飛び散り雫はドロドロになってしまった。地面をはっていた時には気がつかなかったがいろんな色をしていたようだ。緑や紫、黄色…雫はまだら模様になっている。だがそれも数秒のこと。核が傷つけられたことによりあっという間に何もなくなってしまった。
「消えた…?」
後には核といわれるピンポン玉より少しだけ小さい丸いものがコロリと転がっているだけ。
「わかってもらえたかな~スライム嫌がる訳。」
「そうだね…」
すぐ消えるとはいえ不快感を感じるのは確かにいやになりそうだ。でも拓也はめげなかった。鞄からサングラスとハンカチをだし装備した。もちろんハンカチは口と鼻を覆うためだ。
「後は…なんか長めのものでもあれば…」
周りを見る。都合よく長い枝とか落ちているわけも無い。雫のほうを見る。なぜかものすごい勢いで首を振られてしまうだけだ。「私は狩らないわよ?」とでいっているのだろう。次は自分の服装を見てみる。
「あ…これでいいんじゃ?」
そう腰につけていたベルトだ。これを鞭のごとく振れば多少は距離ができるからまともにはくらわないだろう。多少かかるかもだが顔とかに直接かからなければきっと気にならない。拓也はサングラス、ハンカチマスク、鞭という装備でスライムに挑むことにした。