1話 異世界は突然に
世の中には色々な人がいる。背の高い人低い人、太った人痩せた人。見た目だけでも同じ人は1人もいないと言っても間違えでは無いであろう。
だが動物はどうだろうか。ぱっと見ただけでは違うとはっきりわかる個体はほとんどいない。多少色が違っていても違うと言い切れる人は少ないであろう。模様も2匹を並べて間違い探しのように探してみないとわからないくらいだ。
目の前の猫を撫でながらそんなことを考えて見る。かわいい虎縞のメス猫だ。
(2次元とかだったらきっとかわいいケモミミ娘に違いないっ)
「うへへへへへ…」
気味の悪い笑い声がでてしまう。そんな気持ちを気づかれてしまったのか猫は逃げ出してしまった。
「…ちっ」
残念に思いながら歩き出す。
今日は休日でこれから友達と駅前で待ち合わせだ。近道をするために公園を通過したところ猫がいたのでつい愛でていた。
「それにしても…」
辺りを見回すとカップルや散歩をしている老人が目に入る。自分はこれから遊びに行くがあくまで友人とである。『リア充爆発しろ』とは声にだしては言わない。口にだした時点で負け犬になる気がするからだ。
そのまま公園を一気に抜け車通りの多い道に出た。ここからあと5分も歩けば駅前につくだろう。人込みを交わしながら駅前までやってきた。
「おっそーい。10分の遅刻だよ~」
どうやら遅刻していたらしい。目の前にいるのは幼馴染で隣の家にすんでいる女の子だ。朝川雫14歳。髪は肩まで伸びていて日に当たると少し茶色く見えるが黒髪だ。いつもはスポーティな服装をしているのだが今日はミニスカートに生足が生えている。まあ今から走り回るわけでもないからいいのだが目の毒だ。
「やっときたか。何してたんだ?」
その後ろにいたこいつは同じクラスになった男友達だ。中原秀治同じく14歳。雫に興味をもち一緒に遊ぶために今日は来ている。雫にはこのことは話していない。勉強の出来るやつでテスト前とかにお世話になっている。
「お兄ちゃんこれでそろったのかな?」
さらにその後ろに隠れていたのか女の子がいた。お兄ちゃんと呼ぶところを見ると秀治の妹だろうか。そういえば1人連れてくるとか言っていたきがする。腰まである髪の毛を二つにわけ編んでいる。色素が薄いのか色は茶色い。ロングスカートが好みなのだろうか。今にも引きずりそうな長さをしている。
「もう1人くるって秀治の妹?」
「ああ、夢子だ。」
「中原夢子です。お兄ちゃんがお世話になっています。」
夢子と呼ばれた女の子は丁寧にお辞儀をした。これは負けじと挨拶をするしかない。
「えーと藤村拓也。秀治のクラスメイトだよ。よろしくね。」
無難な受け答えで終わってしまった。言葉は難しいと思う。
「挨拶もいいけどそろそろ急がないと時間やばいよ?」
雫が腕時計を見ながら駆け足体制に入っている。ミニスカートでそれはまずいと思うのだが本人が気にしている様子がないので黙っておこう。
僕達は映画に行くために集まったのであった。時間を確認してみる。映画館は目と鼻の先、徒歩で2分もかからない場所にあるが、映画の開始時間まで後10分をきっていた。
「やべっのんびりしすぎた。」
そういうと4人は走り出した。5分前に映画館に滑り込み飲み物と席を確保した。思ったより席はガラガラだった。
「そういえば今日は平日だっけ?」
すっかり忘れていたが今日は中学校の創立記念日で平日だ。映画館もそうだが途中外でうろついていた人たちも普段よりは少なかった。
++++++++++
映画を無事見終わり今は近くの喫茶店で映画の内容について雫と夢子が語っていた。今回見たのはよくある小さい子向けの魔法少女もののアニメ映画だ。雫の趣味にあわせて選んだのだが夢子も楽しめたようだ。
「今やってる魔法少女ものはあんな感じなのねー久しぶりに見たけど面白かったです。」
「うんうん。まさかあそこで正体ばらして変身するとは思わなかったわ~そして之博様の登場シーンがまたかっこよくて…私もあんなふうに助けられてみたーい。」
(うん、雫はやばい。オタク全快だ…)
夢見る少女のような顔をして雫は楽しそうに語っている。秀治はアニメには詳しくなかったはずだが楽しそうに話をしている2人を眺めて嬉しそうにしていた。
「僕も初めてみたんだけど最近のアニメはよくできてるんだねー」
「そうなのよーストーリーもいいけど動きもすごい滑らかで声優さんの演技も最高なんです!」
「雫もうやめとけよ…お前の話についてけるやつそういないぞ?」
「えーいいものをいいと言って何がいけないのよ~」
頬を膨らませストローに口をつける。氷をかき混ぜながらまだ何かぶつぶつといっているがまあ気にしない。
「楽しいって素直に言えるのはいいことだと思うよ?」
「でしょー?秀治くんわかってるーっ」
さっきまで不機嫌な顔をしていたのにもう笑顔に戻っている辺り感情の変化の激しいヤツだと思う。まあ素直なところがいいところでもあるんだが少しは感情を抑えることも必要な年齢だと思うのだがどうだろうか。
「ふふっ。幼馴染のやり取りは見ていて面白いわねお兄ちゃん。」
「な?この2人と話してると楽しいだろ。」
「「おもしろくないっ」」
声がはもってしまった。雫は半分腰を浮かせこちらに顔を向けたが大人しく座りなおした。
「ぐぬぬ~~げせぬ。」
「あ、それさっきのアニメの台詞?雫さん上手ですね。」
そんなことを言ってるから周りの子達から避けられ気味なのに雫は気にせず普段どおりの口調である。
(まあ秀治は気にしてないみたいだしいいのかな?)
楽しい時間が過ぎるのはあっという間で外はうっすらと赤く染まりつつあった。ここから家に後は帰るだけだがさすがにまだ中学生なのであまり遅くなると親が心配する。早めに喫茶店を出て分かれることになるだろう。帰る方向は2手に分かれることになるがその途中までは同じ方向だ。
「もうだいぶ外が赤いねー」
空を見上げながら雫が手で日差しをさえぎっている。実際夕焼けはだいぶ進み一部夜になりはじめていた。
「じゃあ僕達はこっちだから。明日また学校で。」
中原兄妹は左の道へ分かれていくところだった。
「おう、また明日なー」
手を振り挨拶を交わす。
「…あれ?揺れてない??」
真っ先に気がついたのは雫だ。足元がかすかに揺れている感じがする。
「地震だ…」
「わ、本当。」
気がついたら揺れが大きくなり今にも電信柱とかが傾いてきそうな強さになっていた。
「きゃあああああーーっ」
「夢子!」
目の前で足元が崩れ中原兄妹がその亀裂に飲まれていくのが目に入った。その直後雫の足元も崩れだした。
「雫!」
とっさに雫に手を伸ばした。はいつくばるような姿勢でどうにか腕を掴むことに成功した。そして驚いた。この亀裂の底が見えないのだ。
「うそ、なんで奥がみえないの……」
雫の声が震えている。秀治たちもどうなったか気になるが今はそれどころではない。このままでは二人とも落ちてしまう。
ぴしっ
支えていたほうの手元で音がした。そのまま一気に亀裂が入り拓也と雫も底の見えない闇へと飲まれていった。
「いやあああああぁぁ」
「うそだろーーーっ」
二人の叫び声はそのまま聞こえなくなった。
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どのくらい時間が過ぎたのかわからないがこんなことを考えられるくらいなら生きてはいるのだろう。ずいぶん深く落ちたような気もするが体にそれほど痛みは感じなかった。目を開けゆっくりと体を起こしてみる。
「ここは…?」
目の前には緑が生い茂っていた。小高い丘の上にいるようだ。すぐ傍には雫が倒れている。手を顔に近づけ息をしていることを確認した。どうやら雫も無事らしい。ぐるりと360度見回すと一軒建物が建っているのが見える。
いまいち状況がよくわからないが命があったことをよしとしよう。雫を背負い建物に向けて歩き出した。意識を失っている人というのはどうしてこう重いのだろうか。たいした距離は無かったがさすがに息がきれてしまった。
建物は1階建てでそれほど大きくはないのが近づいて見てはっきりとわかる。扉の脇に雫を寝かせ慎重にノックをしてみる。
こんこん。
「すみませーん。誰かいますかー?」
声をかけてみると建物の中から物音がした。少しづつ衣擦れの音が扉へと向かってきている。ゆっくりと扉が開き中から人がでてきた。
「はーい、誰ですか~?」
中から出てきた人は女の人のようだ。藤色の髪の毛を肩までたらし緩やかなウェーブがかかっている。ただひとつ違うのは猫耳が頭についていることだ。よくみると尻尾もある。
「ああ、もうそんな時期なのね。」
その女の人は拓也の顔を見るとぼそりとつぶやいた。驚いているわけではなく困った顔でもない。どちらかというと納得している顔だ。むしろこっちのが驚いた顔をしていたことだろう。喉が渇くのを感じたが無理やり声を絞った。
「あの、突然すみません。ここはどこなんでしょうか?」
拓也の言葉は普通ならなんでそんなことを聴くんだという感じだろうだがこの人にとってはそれが当たり前のような顔をしている。
「ん、1人ですか?」
「あ、いえここにもう1人います。」
扉の横に寝かせておいた雫を手で教える。
「とりあえずその子もつれて中入って。聞きたいことはそのあと教えてあげるから。」
猫耳の生えた女の人が優しく家の中へと案内をしてくれた。他にどうしたらいいかもわからないので今はこの人に従っておく。
雫をベッドに寝かして様子を見る。よほどショックが大きかったのかまだ目を覚ましそうにない。
「飲み物どうぞ。」
机の上に飲み物が用意されていた。喉はからからだったのでありがたいのだがこれは飲んで大丈夫なんだろうか。
「……」
「そんな警戒しないで大丈夫だよ。それミルクだし。」
「ミルク?」
コップに鼻を近づけ嗅いで見る。たしかにミルクの匂いがする。少し口を付けてみる。
「!」
(あ、普通においしいや。)
そのまま一気に飲み干してしまった。喉が潤い一息つけたことで少しだけ落ち着いた。
「さて、説明してもいいかな?」
女の人はこちらの様子を見てから言葉をかけてきた。
「よろしくお願いします。」
「うん。素直でよろしい。色々聞きたそうな顔しているね。でもまずはこちらの話を先にきいてもらうよ。そのあと質問があればどうぞ。」
「わ、わかりました。」
咳払いを1つしたあと一気に説明が始まった。
「まずは私の名前からがいいかな…ニューリア・オリーヴァ。見ての通り猫人だ。」
「ねこびと…」
「そしてこの世界はお前達の住んでいた所と違う歴史を歩んだ世界になる。まあほとんど異世界みたいなものだな。」
(異世界…だと?)
よくあることなのでこの世界の人たちは誰でも異世界から来た人に説明をできる体制になっているらしい。
「そういえば名前聞いてなかったわ。」
「あ、藤村拓也。そっちで寝てるのは朝川雫。」
「続けるわね。あなた達は地震の切れ目からこの世界にきたわね?」
「はいそうです。たぶん…」
ニューリアがうなずいている。
「ここではね3年に一度地盤が緩んでしまうの。そのときに世界が繋がってしまうのね。そして何人か切れ目からこっちの世界に人がきてしまうのよね。まあ帰れるからそれほど心配しなくても大丈夫よ?」
「帰れるんだよかった…」
「ただ。帰る方法はただひとつ。」
ごくりと喉が鳴るのがわかる。
「この世界の自分を見つけること。よ。」
「……え?」
違う歴史を歩んだ世界で自分を見つけるのが帰る方法だと言うがそれは簡単なことには思えない。
「見つけた時点で帰れるんですか?」
「いや、握手をしてこの世界と別れをすればかな。」
「もし、自分が死んでいたら…?」
これは最悪なケースだ。
「ないな。今えーと拓也?が生きている時点でここの拓也も生きているはずだ。寿命とかは同じなんだ。」
「そうなのか…」
「でも。どちらかが死ねば共倒れだけどな?」
つまりはお互いが生きているうちじゃないと帰れないということになる。一気に顔が青ざめるのを感じた。
「それにしても運がよかったよね君たちは。」
「どういうこと?」
「何も無い平地にでただろう?出た場所や環境が悪ければ即死だし。説明ももらえないかもしれない。」
「……」
確かにその通りだ。
「はっあの。」
「ん?」
「同じ時に別の亀裂から落ちた知り合いがいるんですが。この世界に来てるかわかりますか?」
ニューリアは顎に手を当て少し考えている。
「そうだな…可能性はあるが別の亀裂だろう?来ててもどこに出たか。来ていない可能性も十分あるんだけどね。」
「そんな…」
それは何もわかっていないと同じことであった。