表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の印税生活ー死者の原稿ー  作者: 明日香狂香
5/6

第4話 見える人(長治の場合)

 かれ地方ちほう銀行員ぎんこういんだった。給与きゅうよたかあこがれの職業しょくぎょうではあるが、実際じっさいには営業成績えいぎょうせいせきのために、身内みうち知人ちじんへのローンや融資ゆうし勧誘かんゆうもかなりおこなっている。当然とうぜん自分じぶん家族かぞくもローンづけ。

 ときはバブル時代じだいつま実家じっかには資産家しさんかおおく、融資先ゆうしさきにはことかかなかった。営業成績えいぎょうせいせきは、つね支店してんトップ。次期支店長最有力じきしてんちょうさいゆうりょくだった。そんななかでのよもやのバブル崩壊ほうかい

 さいわい職場しょくばにはのこれたが給与きゅうよ以前いぜん半額はんがく。ローンの返済分へんさいぶんくと家計かけい赤字あかじになる。つまのパートだいでなんとか生活せいかつできる状態じょうたいだった。定年間近ていねんまぢかとなり、やっと生活苦せいかつくから希望きぼうえてきたころ、本店ほんてんからたばかりのわかい支店長してんちょうばれた。有名ゆうめい代議士だいぎし息子むすこだ。

たしか、この支店してんでの最古参さいこさんだったよな。ながあいだ、おつとめご苦労くろう突然とつぜんだがわたしは、本店ほんてんもどる。そこでつぎ支店長してんちょうきみそうとおもうがどうだね。」

 ゆめのようなはなしだ。職場しょくばもどるとどこかられたのか、

「おめでとうございます。」

 いままで、邪魔者扱じゃまものあつかいしていた同僚どうりょうたちがってきた。人間にんげんとはなんとあさましいのだろうか。

 支店長してんちょうとして初出勤はつしゅっきんしたその、いきなり本店ほんてんからされた。わけもわからずそのままホテルの宴会場えんかいじょうれてかれた。報道ほうどうのカメラマンたちがあつまっている。地方ちほう支店長してんちょうになっただけでこんなにいわってもらえるものなのだろうか?

「いいか、余計よけいなことはいうなよ。とにかくあたまげるんだ。」

 よこすわった本店ほんてん融資担当ゆうしたんとう部長ぶちょう耳元みみもとささやく。

 会見冒頭かいけんぼうとう部長ぶちょうにうながされがると二人ふたりで深々《ふかぶか》とあたまげた。

「このたびは、関係者かんけいしゃ皆様みなさまにはご迷惑めいわくをおかけすることとなりもうわけありませんでした。」

 部長ぶちょう言葉ことばは、とてもめでたいせきでのものではなかった。ちらっと横目よこめでそのかおのぞくと、大粒おおつぶなみだながれている。

 数年前すうねんまえ支店してんぐるみの巨額きょがく不正融資ふせいゆうしのことが今朝発売けさはつばい週刊誌しゅうかんしったらしい。政治家せいじかがらみの一件いっけんだった。当時とうじ支店長してんちょうは、とっくに定年退職ていねんたいしょくをしていた。前支店長ぜんしてんちょうおそれ早々《そうそう》にしたのだ。世間せけんはそんな事情じじょうはおかまいなし。結局けっきょく長治ちょうじ責任せきにんをとることでことおさめようというのだろう。よごやくのおれいのつもりか退職金たいしょくきん格段かくだんかった。が、大半たいはんはローンの返済へんさいえた。そして、長治ちょうじ熟年離婚じゅくねんりこんいえ家族かぞくのためにのこして、わずかにのこった退職金たいしょくきんって、ホームレスになった。数年すうねんたてば年金ねんきんる。サラリーマンならだれでもおもう。ゆめ年金生活ねんきんせいかつ

 当初とうしょ知人ちじんいえを転々《てんてん》としていた。しかし、度重たびかさなると相手あいてもいやがり、居留守いるすきゃくがいるからとあきらかに長治ちょうじはじめた。できれば公園暮こうえんぐらしはしたくなかった。えき屋根やねつきの商店街しょうてんがい、これら人気にんき場所ばしょでは、新参者しんざんものすみちいさくなってらすほかない。ときには空家あきやですごすこともあった。


 あるはるあたたかいよる一件いっけんおおきな工場こうじょう軒先のきさきで、賞味期限切しょうみきげんぎれでてられた弁当べんとうべていた。街中まちなかのコンビニや飲食店いんしょくてんなどはホームレスの激戦区げきせんくだ。そこからるごみは常連じょうれん連中れんちゅう物顔ものがお独占どくせんしている。長治ちょうじは、あたらしくできたみせつけながらもの調達ちょうたつする日々《ひび》がつづいていた。

「ちょっといいかな。」

 そういうと、一人ひとり老人ろうじん長治ちょうじよこすわる。色黒いろぐろ小太こぶとりの老人ろうじんだ。口元くちもとからは時折ときおり金歯きんばがのぞく。

べたいなら、どうぞ。」

 のいい長治ちょうじ自分じぶんひろってきた食料しょくりょう気前きまえよくすすめた。こののよさが銀行員ぎんこういんとして成功せいこうしなかった理由りゆうのひとつであった。

「いや、けっこう。それより、おまえさん、ここでらさないか。」

 老人ろうじん工場こうじょう指差ゆびさした。長治ちょうじ老人ろうじんかおをじっとのぞんだ。

 こうして克治かつじ印刷所いんさつじょむことになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ