記憶
私の中でひとつひとつと
増えていく
何もしなくても呼吸をするだけでも
少しだけ外に出るだけでも
増えていく
繰り返し探る
私の五感全部から探し出す
3月だった
春だとは思えないほど、軽やかな天気と温度
ニュースでは異常気象とアナウンサーが言ってたっけ
半袖のTシャツにポニーテール
桜の花びらが舞う街の中
海岸に向かって走り出した車
全てがスローモーションのように
窓から見る景色はキラキラと輝きを放ち
少し早くきてしまった季節が
永遠と続く気がしていた
旅行先だった
観光地で色々なホテルや旅館が立ち並ぶ中
私たちは少し外れにある宿を選んだ
社会人1年目
上手くいかぬことが多く
まだ経験していない出来事に不安を覚えながらも
ベットに寝転がりいろんな話をしたっけな
テレビではいつか見た映画の再放送
懐かしい聞き慣れた音楽
久しぶりに聞くと別物のように感じる
ラストの結末こんなのだったっけ
そんなことを思いながら
気がつくといつの間にか深い眠りについていた
眼が覚めると朝の光に包まれながら
私はただ存在していた
光に包まれながら支度を整え
1階に降りると
木のぬくもりが感じられる古民家のリビングの様な場所にいくつかテーブルが並んであり
丁寧にチェックの布の上にカトラリーが並べてあった
席に着くと何でもない普通の家庭と同じ様な朝食が運ばれてきた
食パン、バター、スクランブルエッグ、サラダ、杏のジャムに生クリーム、ホットコーヒー
こんなに丁寧に朝ごはんを食べたのはいつぶりだったか
コーヒーの苦味、食パンのざらつき、あんずの甘酸っぱさ
ひとつひとつが貴重な物のように
今まで味わえなかった分を取り戻すかのように
五感を使う
ああ、私は疲れていたのか
時間は平等だ
焦ってもいくら不安に思っても
結果は変わらないのだ
目の前のことを大切にしよう
そんなことを、感じることが出来た朝だった
私の目の前のあなたになったも
どうか同じように感じていますように
雪の中を自転車で走る
何故走っているのかわからない
ウォークマンを再生
無心で地面に溶けていく雪を見ていた
田んぼの中に吸い込まれていく
無数に降り続けているのにすぐに消えていく
人間みたい
吸い込まれて最後はなくなる
ふと、イヤホンから流れる音楽が
変わる
嗚呼この曲は、
私たちの歌だ
この記憶もいつかは消えて無くなるのかな
私たちがいた事実もいつか思い出になってしまうのかな
消えていく雪みたいに
こんなにたくさんあるのに
自転車をゆっくり走らせる
あなたの家に向かって
真っ暗な部屋の中あなたは私を待ってた
しんと静かでひんやり冷たい床
こんな場所で待ってたのか
窓から見た景色は
先ほどよりも白くなっていた
どうか消えないでほしい
たとえ小さな記憶でも
降り積もってほしい
私たちは、ひとつひとつ
増やしていく
でも未だ見ぬ
その景色に出会うため
感情に、出会うため
生きていると
そう強く思う
その事実だけで
生きれる