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悪役令嬢が可哀想なので全力でフラグを折りたいと思う

 前略、王子様。俺の中身は生前の記憶を持つおっさんです。

 ゲームと競馬と野球観戦をこよなく愛する日ハムファンなのです。ちなみに好きな日本酒は磯自慢。飲み口がやわらかくいくらでも呑めてしまう恐ろしいやつです。


 さてそんな俺――じゃなくてわたくしテレジアでございますが、今はしがない男爵家の長女をしております。

 おぼろげで遠い記憶を振り返れば、あの晩ちょっと飲み過ぎたかな……なんて思い当たるふしがありました。

 まあ死んだもんはしょうがないですからしょうがない。


 そうしてこうしておっさんであることを隠しながら、平々凡々と田舎貴族の娘として育ってまいりましたのです。

 これはこれで悪くないかな、などと父親の酒蔵に忍び込んではいろんな意味で満足していたものです。


 ところがどっこい、俺が16になると妙なデジャヴを覚える事件が起こりました。

 錬金術師だと名乗る綺麗なお姉さんが現れて、何でか知らないけど俺に術を教授してくれたのです。

 俺としたことがうっかりファンタジー世界の御業に感動してしまい、大はしゃぎで切磋琢磨してしまいました。


 その錬金術師もいたく俺を気に入り、ならば王都にある自分の店を代わりに経営してくれないか? などと持ちかけてきました。

 そこでおっさん気づいちゃったんです。

 あ、これ名作ゲーム・ガールブルグの錬金術師シリーズの世界だって……。


 はい、これゲーム内、以上説明終わり。

 そんでこのゲームには俺のお気に入りキャラがいます。

 何かと主人公テレジア《おれ》につっかかってくる女の子なんですが、これが憎めないやつなのです。

 魔女みたいな黒髪が美しい名門の娘さん、こちらも錬金術師。それでいてライバルキャラよろしく、ときにテレジアを励まし、ときに救いの手を差し伸べてくれる美味しいキャラです。


「アーワッショイッ、ワッショイッ、ドワッショイッッ!!」

 あースミマセン、うるさいですよね?

 今ちょっと僧帽筋を鍛えてるんですよ。大丈夫、今このアトリエ俺一人だから。


「来てやったよテレジア、ちゃんと私のライバルらしく研鑽けんさんに努めてるかし――るぁぁ?! なっ何してるのよアンタッッ?!」

「もちろん仕事しながら、筋トレ」

「え、えぇぇぇ……?!!」

 やはり何度見ても美しい、このミルディス嬢がこのゲームで一番の美少女キャラです。

 ガールブルグのイケメン王子様に好意を寄せていますが、でも実ゲームではそういうルートとか全くありませんでした。

 なぜなら俺ことテレジアが主人公だからです。


「な、なんで……ええ……っ?」

「いや結構育ってきたよ、さすがファンタジー世界だな」

 もりっとこちらが力こぶを見せる。

 するとこれら全ての行動が理解できないと、ミルディスちゃんが首を何度も左右へ振り続けました。


「あ、まさか! ……王子様の好みって、そういうガッチリした女性なのっ?!」

「いやそんな話ぜんぜん聞かないけど」

「……。なら何をしてるのよ貴女っ!! しばらく見ないうちに……ああ、明らかに一回り大きくなってるじゃない……」

 いや何をしてると言われても、このミルディスちゃんの性格からして口が裂けても言えません。

 ……俺が王子様の守備範囲外になるようムキムキマッチョにキャラメイクしてるだなんて。

 ちなみに脱線しますが、俺この王子様あんまり好きじゃないです。

 おっさん視点から見るとあまりにパーフェクトかつ、いちいちキザで、ちょい軟弱で、何かこう中身のないやつに見えるのです。

 あれなら鍛冶屋の親父とのエンディングを望みます。……そんなルートないんですけどねー!


「俺に任せろ。じゃなかった、わたくしに任せてミルディス、王子様はわたくしが完膚無きまでに叩きのめしてあげるから! 精神的に!」

「あああああーもう意味がわからない!! いっつもそうやって私をからかうんだからっ、覚えてなさいよテレジアっ!!」

 理解不能のあまりミルディスちゃんは脳味噌バグりました。逃げるようにアトリエから立ち去っていきます。

 こうして本来あるはずだったイベント、彼女からの挑戦状展開をご破算にしてやったのでした。



 ・



 ついに運命の時が来ました。

 たゆまぬ努力が実り、俺は圧倒的な戦闘力……もとい威圧感?を得たのです。


「フシュルルル……。フシュルルルルル……シュコォー、シュコォー……」

 各種のどうでもいいイベントをこなし、あるいは華麗に回避して本日、俺ことテレジアがお城の舞踏会に乗り込みます。はい、乗り込みました。


「なっ……なんっ……テレジアっ、ええええーっ?!」

「あ、あれが噂の……竜殺しのテレジア嬢か……」

 会場に俺が現れるなりヒソヒソ、ヒソヒソと場内がどよめきます。

 遠くの方にいた王子様も絶句して、王子様どころか会場の全てが凍り付きました。

 さて唐突ですが……


――――――――――――――

ステータス:

 力999 体力999 素早さ999 魔力57 体格・超ド級

装備:

 右手:デスブリンガー 左手:巨人の盾 頭:フルフェイスヘルム 体:舞踏会のドレス 足:メタルグリーブ

――――――――――――――


「小せぇグラスだなおい! ああクソ、兜が邪魔で全部こぼしちまった……おいストローねーのかよストローはヨォ!」

「な、なななっ、何してるのよテレジアッッ!!」

 酒とか肉料理を無理矢理フルフェイスヘルムの奥に押し込んでボトボト落としてると、そこにミルディス嬢が飛んで来ました。


「お、綺麗だねミルディス」

「ホントにどうしちゃったのよテレジア! それじゃまるで、まるで小汚い冒険者以下じゃないっ!」

 通常ならここで主人公ことテレジアに再度のライバル宣言をして、悲惨にも王子様をかっさらわれるのが彼女視点から見た王子エンドです。

 おお、そう考えるとこのセリフ貴重ですね。

 レアな条件を満たさないと聞けない隠しセリフってやつですね。

 実ゲームにはもちろんそんなの無いはずですが。


「言っただろ、王子様は俺が完膚なきまでに叩きのめすと。ってことで一発やってくるわ、ちょっと待ってな~~ガハハッ!!」

「叩きのめすってっ、ちょ、ちょっと待ちなさいテレジアっ! せめてその剣は置いて……ああもうっ!」

 そういうものなので仕方ありません。

 装備して来ちゃったものはしょうがない、ていうかよくお城に通してもらえましたね俺、さすがゲーム世界。


「うっうわっ、て、てれ、テレジアくん……よ、ようこそ我が舞踏会へ……か、歓迎、するよ……?」

 ともかく王子の前に突っ込みました。

 大丈夫、装備の重量はそこそこありますが力体力素早さカンストですので。彼の前で急停止して、足下にデスブリンガーを突き刺します。


「ひっひぇっっ?!!」

 あ、王子の両足の間にぶっ刺してました。

 殿下のズボンがちょっぴり斬れたみたいですが大丈夫、繰り返しますがフィジカル値カンストしてますので俺。


「確かおめぇ、俺に一目惚れしてるんだよなぁ?」

 たくましい我が両腕を組んで頭一つ分上から王子を見下ろします。

 そう、この設定のせいでかわいいミルディスちゃんったら主人公に絶対勝てないディスティニーなのだ。


「……そ、そんな頃も確かにあったが、だが……だがどうしてそうなったのだテレジアくん……」

「どうもこうもねぇよ、俺が俺を好きなように育てて何が悪い」

「ああ……。確かに、確かにその通りだが、さすがにそれはやり過ぎでは……い、いやっ、気に障ったようなら謝るっ。というより何をどうしたらあの小柄なテレジアくんがその体格になるんだ……」

 ニタァァァ~~っと王子様に笑います。

 だってそうじゃないの、こちらのもくろみ通りなのだから。

 完全に彼はこちらに萎縮し、もはやフラグが立つ可能性すらない。ついに俺は運命に勝ったのだ。


「まっ、成長期だったからなっ!」

「成長期し過ぎではないかねっ?!」

「それより王子様よぉ、ことは相談なんだけどよ? あの女のことどう思う?」

 なら次の手順だガハハ、ミルディスちゃんを指さし手招きします。

 ただならぬ状況に彼女もすぐに駆けつけて来ました。


「王子様に酷いことしないでよっ! それなら私が、先に私がアンタの相手になるわっ!」

「お、おおっ……ミルディスくん! ああ君がいたか……はぁぁぁぁ……」

 さてこの美しいミルディスと、鉄と邪剣と筋肉の塊こと俺。

 どちらを王子が選ぶかと言えば一目瞭然です。


「ってことで選べや」

「……え?」

「選ぶって……王子様に何をさせる気よアンタっ!」

「俺とそこの超かわいい女、どっちかを選べっつってんだよ」

 再び愛剣デスブリンガーを引き抜いて、ゴゴゴゴゴゴ……とか闇のオーラを放ってみせました。

 つかこんな剣、原作には無かったような……いや絶対あるわけねー。気分は暗黒騎士で大変楽しいです。


「何言ってるのよテレジア! そ、そんな脅しで王子様を奪おうとするなんて……卑怯よっ最低よっ!!」

「落ち着きたまえテレジアくん! 理由はわからないがこんなことをして何になるっ?!」

「いいから選べっつってんだろ! 俺はよぉ、ここでバッドエンドにしてやっても全然かまわねーぜッ!!」

 脅しが足りないかそうかなるほど。

 もっと緊迫感を足した方がドラマチックだよな。


「なっ?!」

 問答無用の素早さ999、あらゆる対象に対してあらゆる行動での先制行動が可能。

 王子の腰から美しい長剣を奪い取り――で、その眼前でへし曲げてやった。ついでに二つ折りだおりゃー。


「そんっな、バカなぁぁぁぁぁーーっっ?!!」

「で、どっちを選ぶんだよ王子様よぉ?」

「もう止めなさいよテレジア! 何がしたいのよアンタッ!」

 ついでに王子の背後に邪精霊を2体ほど召喚しておきます。デスブリンガーの固有技らしいです。


「さっさと選べよ?」

 退路を奪われ王子も観念した。

 やっとゲームクリアの判定をくれるようだ。さあ選べ、俺の愛する良キャラミルディスちゃんを。

 彼女が幸せになれるなら俺も満足して自分の道を歩める。


「……て……テレジアくんの方かなぁぁぁ……は、はははは……」

「え……えっ?! そんな……っ! 私、こんな、こんな筋肉と鎧とヒデブゥなオーク体型に負けるの……? あ、ありえないっ、ありえないよっ!」

 イラッッ! ついイラッと来てデスブリンガーをギリギリと握り締めてしまいました。

 危うくマジでぶった斬りかけたほどに。

 そうか王子は我が身が惜しくなったのか。

 それだけミルディスは彼にとって、どうでもいい価値の無い女性だということでもありました。そうなると逆にこの子を渡せなくなります。


「あー、しらけたわ……。帰りませんかミルディスさん♪」

「え……? でも王子はアンタを……」

「こんな人もうどうでも良いじゃないですか」

 邪剣を腰に戻し王子から背を向けます。

 ミルディスちゃんはショックを受けてはいましたが、でも賢い人なので理解しました。

 王子にはもう脈が無いので恋いこがれても無駄だと。


「……そうね。何か疲れた、私の頑張りってなんだったんだろ……うん、帰ろうテレジア」

「ちょ、ちょっと待て! ここまで侮辱しておいて、ただで帰れると思うなよ!」

 あらあら王子様ったら小悪党みたいですこと。

 いきなり我が退路に兵士がずらっと現れて貴婦人方が悲鳴を上げます。


「ガハハハハッ、助けに来たぜぇテレジアァァッ!!」

「あっあなたは! ……え、鍛冶屋のおじさん? な、なぜここに??」

 そしたら驚きのIFルートに追加イベント発生、鍛冶屋のおっさんが象みたいにでかい黒馬で舞踏会に鮮烈デビューです。


「さあ乗れ!」

「ガハハッ、何かよくわかんねーけどっ恩に着るぜッおっさん!」

「きゃっ、ちょ、ちょっと、私はまだ乗るとは……ひあああーっっ?!」

 馬は雑兵どもを踏みつぶし強行突破して来ました。

 荒々しいソイツに俺は飛び乗って、ついでにそんときミルディスちゃんを小脇にかかえておきました。


「あばよ、王子様! 酒の趣味だけは気に入ったぜガハハハハ! またいつか呼んでくれよなぁーっ!」

「きゃーっきゃーっっ、いやーーーっっ!!」

 鍛冶屋のおっさんの好感度も知らんうちにカンストさせてたみたいです。

 そういやタンパク源を頻繁に差し入れしてくれたっけなっと。

 暴れ馬にまたがった三人組はその後無事国境を抜けて、各地に数々の非常識な伝説を生んだという……。


「さあミルディスさん、次はどこに行きましょうか♪」

「そうね……。もっともっと遠く……ガールブルグから遙か遠くがいい……。あんな王子様のいない場所ならどこでも……アンタと一緒ならもうどこでもいいわ、一生付いていく……」

 おお、もしや百合ルート突入でしょうか。

 女の子同士だし諦めてたけどなんかこれはこれで……美味しい。

 あーでも残念、鍛冶屋のおっさんもセットの複雑な三角関係なのでした。

 今晩も旅先の酒場で酒盛りです、ガハハハハハ! まずはビールで!!


短編くらいでしか悪役令嬢読んだことないんです・・・!

言い訳なんです! アトリエゲー大好きなんです!

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他にもこんなの書いてます。よろしければどうぞ!
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