うるわしき女よ(三十と一夜の短篇第4回)
うるわしき女よ
貴女は莞爾としてシャンパングラスに手を伸ばす
目の高さにグラスを掲げ、乾杯とグラスに唇を付けた
白い指で摘まむように持ち上げられ、接吻を受けるグラスが羨ましい
シャンパンの泡が弾け、貴女にきらめきを添えた
前菜の、季節の野菜と鶏のゼリー寄せがひな人形の飾り物ように盛り付けられた皿が運ばれてきた
優雅で鮮やかな手つきで貴女は銀のナイフとフォークを操り、前菜を口にする
貴女は次の皿への欲望を露わにし、隠そうともしない
琥珀色の海にスプーンの櫂で漕ぎ出し、心を泳がせる
白身魚のソテーに、バターかクリームのソースが掛けられている皿が来た
しとやかさを失わぬよう、そして押さえきれぬ期待を以て、魚料理用のナイフとフォークを握る貴女
私は淡白な味わいの魚なら醤油で食したいのだが、ここは和食の店ではない
貴女に合わせるように、私は微笑み、魚を食べた
口直しの氷菓、果汁を使ったシャーベット
二匙ほどしかない量に、貴女は切なそうだ
しかし、次には肉料理が控えている 急いてはいけない
羊のローストが運ばれてきて、貴女の悦びが頂点に達したかのような、葡萄酒の香り混じりの吐息が漏れる
意地悪く、肉には骨が付いている
それでも貴女は怯むことなくナイフとフォークを武器にして果敢に挑んでいった
羊のローストはバラバラに切り離され、まさに生贄の如く貴女の胃の腑に収まっていった
繊手で千切られたパンが余ったソースを拭き取り、皿は洗われたように白く輝いた
満足げな貴女の前にサラダが供された
躊躇なく貴女はフォークを手にした
細かく縮れた萵苣の葉が貴女の白い歯で噛み砕かれていった
デザートは苺のムース やさしい色合いの赤と添えられたホイップクリーム
甘い物は別腹よね、と貴女は私に言う
別腹の意味が判らぬ私は曖昧に笑って誤魔化した
一匙ごと、貴女はゆっくりと味わい、味覚とのどごしの官能を楽しんでいる
珈琲がきて、この晩餐会は終わりとなる
貴女は私を見て言った
有難う、美味しかったわ、今日は楽しかったわ
貴女はこれで帰る気なのだ
無理に引き留めるほど私たちの付き合いは長くない
店を変えて食後酒でも
喉まで出かかった言葉が出ず、私は諦めた
貴女の手に触れ、唇の柔らかさを知ったグラスやカトラリーに嫉妬する
にっと貴女は笑って私に顔を近づけた
貴女の薔薇のような唇が私の唇に重なった
今日は食べ過ぎたから、時間があるなら今度はもっとあっさりした食事でお話しましょう、泊まったっていいのよ
抱き締めようとする私の手を貴女はすり抜けた 悪戯っ気のある瞳が私を誘惑している
きっとだね、と問う私に貴女は肯く
今宵のところはここまでか
後の日の、貴女から得られるだろう甘美さを想い描く
素晴らしい恋の旨酒を




