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相羽総合サービス業務日誌2  作者: 笠平
久保田花凜 篇
9/9

Ⅸ・108の奉奠 – コネクトワールド 2013/ A791

-2013年 とある豪雨の収まらぬ立秋の日-


 キーちゃんを一方的に責め立てたあの日から一月が経過した。

 既にこちらの世界に来てから五ヶ月になる。


 アタシは成長していない自分が許せない。

 アタシのことを裏切っていた親友はもっと許せない。


 彼女の言い分も聞かずに捲し立てて逃げたアタシは最低だ。

 嘘を吐いたままで会社のトップの座から逃げ出し消えた彼女はもっと最低だ。



 あはは……喧嘩なんか……したことなかったのにな。

 なんでこうなったんだろう。

 やっぱりアタシは弱い。一人じゃなんにも出来ない。

 今日だって会社の皆は朝から忙しそうだっのに……アタシは何にも手がつかず休んでしまった。


 とっくに涙は枯れ果てていた。

 多分この土砂降りの雨はアタシの代わりにお天道様が泣いてくれているのかもしれない。

 いつもは賑わいを見せるこの広場にも人の姿がない。

 ずぶ濡れのアタシが一人ぼっちだ。


 一昨日まではふつーに働けていた。

 何も考えずに仕事に没頭する方がよっぽど楽だったから。

 だけど昨日、偶然ここを通りかかって……この古びた聖女像を目にしたら何にも手がつかなくなった。

 アイハ・ユーキエさん。

 この世界の伝説の聖女様。

 アタシの親友のそっくりさん。

 

 とても嘘吐きで自分勝手で憎たらしくて――

 

 とても弱虫で恥ずかしがり屋でかわいらしくて――


 とても堂々として頼りになって大好きな――


 アタシのたった一人の親友だったあのコの顔が思い出される。

 胸がちくちく痛む。

 苦しい、苦しいよ……。

 


 何時間そうしていただろう。

 身体が冷えて震えが止まらない。

 ただただ聖女像に、親友の姿をだぶらせて見つめ続けていた。



 それからまた何時間過ぎただろう。


 しばらくしてアタシの背後にそっと人の気配を感じた。

 その影が誰のものなのかはアタシが一番よく分かる。

 だからアタシは徹底無視を決め込んだ。

 アタシは決して振り返ることなくまた何時間も夕暮れで更に気温が低下した雨に打たれ続けていた。

 夜になり気温は下がり、たった一粒一粒の雨が鋭い刃のように身体に切り込んでくる。



「……か、風邪を…………ひく……ぞ」


「どうやって来たかとは聞かない。なにしに来たの?」


「……う……あ……あ、謝りに――」



「許さないから……帰って……」



 背後の人影が膝から崩れ落ち、聞き馴染みのある嗚咽を洩らす。


「アタシは昔のアタシじゃない。もう泣いても手を取ってあげたりしないから……」


「……ぅぅ、ぅぅっ……カ……リン」


「帰って」


 アタシはこの雨よりも冷たい声で、背後で泣き崩れる人影へ追い打ちをかける。

 すぐにでも手を差し伸べて、昔のように抱きしめてあげたい。

 だけど、ここでそれをしたらアタシはきっと何にも変わらないと思う。

 だから振り向くことは絶対にない。

 

「……だっ、だのむがら……わだじのごど……ぐすっ……にどど……ぅぅっ…………おねがいだから……ぅぁぁーー……ぅぅっ……ぎいでくでぇぇぇぇぇ!」


「…………」


「ぁぁぁぁーー……おねがいだがあぁぁぁ……うわぁぁぁ……ぎいでくでぇぇぇ……」


「…………」


「ぁぁぁぁぁぁぁーーがりんぢゃーーーーんっーーーーーー!!!!」



「…………………………聞くだけよ。話して……」



「ぅぅ……だじがに……わだじ……がりんぢゃんを……う、うらぎっで……じゅ、じゅういっざいのときに……じっ、じざつじた……」


 11歳……アタシと別れて1年後の時に……やっぱりキーちゃんは自殺をしていた。


「わたじ……あっ、あれから……が、がんぜんに……みみも……きこえなくなって」



 キーちゃんの話はこうだ。

 11歳のある日、彼女は目だけではなく耳までも完全に壊れてしまった。

 アタシに再会することだけがたった一つの生きがいだった彼女にとってあまりにそれは残酷で救いが無かった。

 そんな彼女はある日、聖女……アイハの声を聞いた。

 彼女の『罪』を代わりに引き継ぐのならば、彼女の持つ心と識を奉げる、と。

 また、アイハが『生きている間』だけであればキーちゃんの五感を元に戻せると。そしてその為の条件が――一度死者となることであった。

 幼いキーちゃんは悩んだ。

 得体の知れない声に誑かされて死んだりしたら一番悲しむのは誰なのか分かっていたから。

 まさに今回の論点はそこにある。



「結局キーちゃんは……アタシとの約束よりアイハさんを優先させたんだ」


「ち、違う!」


 一通り話し終え、呂律も正常になり幾分落ち着きを取り戻すキーちゃん。


「違わない」


「わ、私が優先させたのはアイハじゃない、私自身だ」


「キーちゃん自身?」


「私はどうしてもカリンの……カリンの顔を見たかった……カリンの声を聞きたかった……願わくばこの手で抱きしめ身も心も全て私の物にしたかったんだ。だからお前の気持ちではなく……自分の欲望の為彼女に身を売ったんだ」


「身勝手ね」


「ああ。身勝手だ、本当に返す言葉もない。だから今では半分だけでも叶って未練も何もない……そしてそれももう終わりだ」


「どういう事?」


「聖女はもうじき消滅する。当初の約束通り私の目と耳は元の状態に戻される。彼女の取引の最終期限というわけだ。私にはもう思い残すことも何もない……会社も引き継ぎは完了した、これで安心して逝くことが……きゃっ――」


 アタシは渾身の力を込めた右ストレートをキーちゃんの左頬に叩き込んだ。

 これまでの事以上にアタシは怒りMAXである。


「『思い残すことも何もない』だぁ~?」


 続けざまに平手で往復ビンタ。折角の美人顔も真っ赤に腫れ上がる。


「『安心して逝くことができる』だぁ~?」


 アタシはおもむろにキーちゃん右の乳房を力強く掴みながら叫ぶ。


「でっかくなったのは背丈とおっぱいだけかぁ? あぁん?! いつまで嘘つきゃ気が済むんだよ!」

「う、嘘なんかじゃ――」

「嘘ついてんだろ、自分に!」


「え?!」


「まだ半分やり残してるじゃないか、アタシを自分のモノにするんじゃなかったのか?」

「……えっ」

「結局は目と耳がなかったら死ぬことに変わらないってのか? さっきのアイハさんの話全然関係ないじゃないか!」

「…………だけど」


「アタシの親友はね、いつだってアタシを一番に想ってくれて大切にしてくれる優しい女だよ? それは絶対アンタみたいなアタシを悲しませようとする弱虫じゃないんだっつーの!」

「っ」

「アタシの理想はね、いつだって堂々として暖かくておっきいヒトだよ。そんなウジウジしてるよーなヤツは男だろーが女だろーがアタシは絶対に惚れないからね!」


 アタシは叫びながら、財布から王国金貨……約15,000円相当を取り出し、ありったけの500円玉に還元し、数十の硬貨の超音速弾丸をキーちゃんの周囲にぶちまける。


「カリン……何を?」


 眩い閃光と轟音が鳴り響く。一瞬で広場は半壊した。

 アタシの必殺コインガン大盤振る舞いバージョンを初めて目の当たりにしたキーちゃんは驚きで目を丸くした。



「今ここで選べっ」



 アタシは一歩ずつキーちゃんに歩み寄り、金貨をもう1枚取り出す。


「ここで諦めてアタシに撃ち殺されるかっ」


 アタシは金貨の照準をキーちゃんに合わせる。


「どんなに辛く苦しくても決して諦めず、生き抜いてみせるかっ」


 アタシは静かに目を閉じる。


「10数える……」


 アタシは静かに、腹に精一杯の力を込めて叫ぶ。


「……例え女だろうと……カッコ悪かろうと精一杯生きあがいて、アタシを幸せにしてくれるなら……惚れてあげても……いいよ……だから選んでっ! キーちゃん!」


「10……」


「9……」


「カリン……私は恋人としてお前を手に入れたいんだぞ……気持ち悪くないのか?」


「8……全然」


「私はお前に……きっと色々エッチな要求もするぞ?」


「7……惚れたんなら……恋人ならいいんじゃない……」


「6……」


「わ、私は……」


「……5……キーちゃんはキーちゃんでしょ……4……」



その瞬間、凄まじい速さでキーちゃんがアタシに駆け寄ってくる。



「3……」


「2……」



「いっ――?!」



 アタシの秒読みは唇の柔らかな感触で中断させられた。

 数年振りの懐かしい感触にアタシは放心した。



「……あのねキーちゃん」


 アタシは顔を真っ赤にしながら静かに親友へ尋ねる。


「何だカリン?」


「アタシ将来の話をしただけだよ。今ここでキスしていいなんて一言でも言ったかな?」


「何。先払いというヤツだ」


 アタシの身体を両手で力強く抱きしめたままの親友はしれっと答えた。


「意味わかんないですけど」


「私は絶対に生き抜く。何があろうとだ」


 その顔に迷いは感じられない、アタシは観念して微笑んだ。


「しょうがない。出世払いだゾ」


「利子をつけて何倍にも返すことを約束する……だから……だから今は……今はこのままこの胸で泣かせてくれ」


「えへへ。キーちゃんは相変わらず泣き虫だな」


 アタシは幼い頃と何ら変わらない大切な存在を抱きしめ、頭をそっと撫でる。


 雨が……いつの間にか止んでいた。

 荒地となった広場跡の中央でただこの腕の大切な存在がとても温かく感じられた。

 キーちゃんの嗚咽は真夜中のこの街に延々と続く。

 

 その温かみはただ懐かしさを与えるだけでなく、キーちゃんのこれから迎えるだろう困難に対して熱いばかりの覚悟を発していたのかもしれない。

 親友として……そして想われ人として、アタシが生き甲斐になれるのなら、アタシもそれを受け入れる努力はしていくつもりだ。


 アタシも少しは変わった。

 人任せの覚悟で終わらせることなく、自分の言葉に責任を持っていつまでも彼女を信じて待つことにしよう。



◇◆◆◆◆◆



-とある始まりを齎した運命の日-


 生まれついた私の異能。

 たくさんの罪の集まり、それはたくさんの世界の欠片でもあった。


 私の世界とキーちゃんの世界。

 2つの世界以外にも世界は無数に広がっていた。


 私はお母さんのお腹の中で一度死んだはずだった。

 悲しみに明け暮れたお父さんとお母さん。


 だけど私は奇跡を作り出した。

 私は生まれつき他の世界とつながることができた。


 私は1つのある世界を吸収して意識を取り戻した。

 私は1つのある世界を吸収して身体を作った。

 私は1つのある世界を吸収して内臓を――。

 私は1つのある世界を吸収して骨を――。

 私は1つのある世界を吸収して血を――。


 私は108つの世界を犠牲にして私を作り出した。

 借り物の、たくさんの犠牲の、たくさんの幸せであったモノの集合体が私だ。


 私が知覚できる世界はこの世界とキーちゃんの世界の2つだけとなった。

 大き過ぎる力を持つ私は世界にとって異端であった。

 一極化された世界は数百年という短い期間で暴発を起こしてしまう。

 だから私はこの力を還元、分散しなければならなかった。


 因果応報である。

 きっちり108つ。


 暴発を免れる手順は以下の通りだ。


 一つ。私が私の望む世界を形にすること。

 二つ。この力を一つずつ分離し他者へ提供すること。

 三つ。108つの世界の大小により生ずるパワーバランスを調整し残された2つの世界へ分配すること。


 だけど未熟な私は目に見えるものだけにとらわれ、途中で力尽き果ててしまった。

 そんな時だった。

 まだ幼いキーちゃんと出会ったのは。


 世界を超えシンクロした私たち。

 私が持っていないものを彼女は持ち、彼女が持っていないものを私は持っていた。

 私は、私の罪と彼女の欲を交換したいと申し出た。


 絶対に失敗できなかった。

 暴発まで残された時間はあと20年もない。


 必死の説得の末私は8つ目の還元を彼女に与えることに成功した。

 残り100。

 途方もない数である。


 私は最後の力を使ってキーちゃんを支えるべく、私の世界から魔王と英雄をキーちゃんの下へ送り届けた。

 キーちゃんは私と違って頭が良い。

 きっとこの僅かな時間で100人への奉奠を成し遂げることができるだろう。

 きっと私が想像もつかない方法で100人の幸せを作ってもらえるはずだ。


 もう疲れてこの身を維持することも叶わない。

 あと一度や二度が限界だろう。

 このタイムリミットの間に私の命が尽きぬよう今は眠りにつこう。


 ただ暴発の余波は必ずキーちゃんの世界に訪れるはずだ。

 聡明な魔人よ。

 心優しき英雄よ。

 どうか私の代わりにキーちゃんと、その世界を守って欲しい。

 今は彼らを信じるのみだ。



◆◇◆◆◆◆



-それから-


 翌朝、相羽総合サービス北陸支社 支社長室。

 その中にキーちゃんと、アタシ達北陸支社オリジナルメンバー4名が集まっていた。


 カロッゾさんは先日現れたという聖女様の調査をすると言い残し、自宅へ戻っている。

 今一番正解に近い答えを持っているだろうキーちゃんがここにいることを知ったら悔しがるに違いない。

 小野寺さん達は先月から隣の建物で始めたウチの新規事業――労働者派遣事業で忙しい様子だ。


「では高井さん、これが約束した新しい口座だ。これは高井さん個人名義であり、この支社は今月で消滅する」

「了解致しました、前社長」

「高井さん、本当に世話になったな。こちらでの成功を応援している」

「こちらこそありがとうございました」


 何と、三柴室長……もとい新社長の体制下ではこの北陸支社は消滅するらしい。

 現在の北陸支社は書類上消滅、アタシ達も解雇扱い。そりゃこっちの世界なんて書類作り様もないし、しょうがない。

 この支社はボスがトップとなり、この世界初の株式会社となる。株主はボスとカロッゾさん……そして小野寺さんとその大口顧客である。

 やることは今までと変わらないので安心だ。

 代わりに現在北陸支社がある住所には、ちっちゃいプレハブの営業所が建つらしい。


「白井さん……年配者として新社長と新取締役部長を支えてやってくれ」

「まさか小野寺君にこうも早く抜かれるとは。まぁ遅かれ早かれでしたし、ばっちりお任せください」


 白豚先輩、人間性はともかく仕事はキッチリだった。その部分だけはキーちゃんも評価していた。


「山寺さん。こっちの世界には慣れたか?」

「……向こうよりは快適ですよ。久保田もよくやってくれています」


 ネクラ先輩。なんかネクラというだけではなく世捨て人っぽい印象だ。過去になんかあったのかな。いずれ機会があったら聞いてみたい。


「……カリン」

「うん、いぇい!」


 アタシは元気よくキーちゃんにブイサインを送る。

 キーちゃんは格好よく二本指を斜めに立て返してきた。

 言葉はいらない。


 アタシとキーちゃんは約束した。

 アタシはこっちでお仕事を頑張る。

 キーちゃんはハンデを乗り越え、向こうで生活を頑張る。

 3年後、しっかり元気な顔を見せてくれたら例の話を考えてあげても良いと伝えた。

 それを聞いたキーちゃんは、鼻息を荒くし俄然やる気を出していた。


 アタシ的にはお付き合いを考えてあげても良いというスタンスだったのだが、キーちゃんは婚約したという風に受け取っているらしい。

 まぁ3年もある。アタシもキーちゃんも素敵なヒトが現れるには十分な期間だ。

 ただ、この認識の差が将来何らかのトラブルを起こす気がしてやまない。


「カリン……もう隣の部屋を使えとは言わない。だから戸締りだけはしっかりとな。浮気したら許さないからな」

「ぁはは、まぁ3年は約束だから待っててあげるよ」

「絶対……だからな」


 だけどそんな顔を赤らめて拗ねた仕種は相変わらず可愛い。

 こんなんだったらお嫁さんに貰っても良いかなと考えるアタシも、ちょっとは毒されてきたのだろうか。


 未来のアタシ達がどうなるかなんて誰にも分かるわけがない。

 だけどアタシ達は約束した、ずっと一緒だと。

 だとしたら今度こそ、悲しい裏切りも大きな喧嘩もなく、お互いがお互いを支え合えるパートナーとして強くつながっていたい。


 アタシはキーちゃんが大好きなのは間違いないのだ。

 これからもそれだけは変わらない……きっと。

あとがき)

2作目も完結です。

1作目の補完要素が強い試作。色々勉強出来ました。

お気に入り登録頂いた皆様に大感謝です。

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