Ⅶ・札 - クワットロコローリ 2010/2013
-2010年 とある黄葉した街路樹が並ぶ秋の日-
「えへへ」
「どうしたカリン、そんなに喜んで?」
「だって初めてだよね。キーちゃんが会社に遊びに来いって言ってくれたの」
就職活動真っ盛りな大学3年生。
アタシはいつになっても内定が決まらず焦る毎日を送っていた。
原因は一つしかない。
そう、アタシにはやりたいことが見つかっていない。
東京に来てキーちゃんを探すことはすぐに叶ってしまった。
楽しい日々に明け暮れ、目的を見失っていたのだ。
こんなアタシがいくらエントリーシートを出したとしても色良い返事が貰えるわけがないのだろう。ここまで全戦全敗である。
「さ、流石にいくら私でも恥ずかしいからな。それでもカリンには今日来てもらう必要があったんだ」
「なんでー? サプライズ誕生祝い……でもないし」
「カリンの記念日は全て頭に刻み込んである。そんなんじゃない」
「またまたー、大げさなんだから」
いつものように冗談を言ってくれるキーちゃん。
最近続く就職活動に疲れたアタシにとって良い気分転換になる。
乗り慣れたキーちゃんの車の助手席は既にアタシの専用席だった。
いや、ホントにカリン専用席と高級本革のシートに刻み込んである。
キーちゃん……冗談とはいえ勿体ないよー。
「ヒトに見られたら恥ずかしい」と言ったら、秘書の人以外見ないし乗せることはないと笑って返された。
やがて車は池袋に近づく。
高くそびえるサンシャイン60が見える。大きな郵便局を経由し細かい道を進んでいくとと高層ビルが立ち並ぶ広い通りに出た。
キーちゃんの車はその中でもとりわけ大きいビルの地下駐車場に入る。
「えーと、こんな大きいビルの駐車場……結構高いでしょ? 会社は近いの?」
「両方ともイエスだ。結構高いし、会社はここだ」
キーちゃんはアタシの問いに天を指さした。
ここ……って、ここ?!
信じられない気持ちでエレベーターホールに進む。
階層毎に会社名が記載されているが、どの会社もCMなどで目にする有名なものばかりだ。
そして最上部、13階に相羽総合サービスの名前があった。
「カリン、こっちだ」
「う、うん」
アタシはキーちゃんに連れられエレベーターに乗る。
13階に到着すると目の前の案内図とは真逆の一室に誘導される。
「キーちゃん、来訪者は受け付けで部署毎に呼び出しくださいって書いてあるよ?」
「あのなぁ、ここは私の会社だぞ? どこの世界に自分チで呼び鈴押すバカがいる」
「いや、……チェーンロックしてるご家庭とか?」
「そっちかよ!」
焦るアタシを後目に社長室と書いてある扉を無言で開け、入るよう手の動きだけで指示された。
『あー、佳織さんか。今戻ったところだ。……そうだ。お茶と例の準備を頼む』
いかにも社長席って感じの重厚感あるデスク、その内線電話を使いどこかに連絡するキーちゃん。
アタシはフカフカのソファーに座り、お尻の力だけで軽くジャンプしながらその様子を眺めた。
「そういえばカリン、こないだの宿題持ってきたか?」
「こないだ……コレのこと?」
アタシは先週キーちゃんに無理やり渡されたアンケートと軽い一般教養のテストを取り出した。
「うむ、それだ。渡してくれ」
「うん。はい」
「――と、丁度来たようだな」
キーちゃんがそう言うと、扉がノックされ澄んだ綺麗な声で「失礼します」という声とともに、とってもお胸が大きいグラマーな美人さんが現れた。
美人さんは一瞬キーちゃんを見て、それからすぐにアタシの顔、全身を刺すように見てくる。
「初めまして。社長室室長の三柴佳織と申します」
「は、はじめまして、く、久保田花凜でしゅ」
「ふふ」
美人さんは挨拶を済ませると、とても香りが良い紅茶と、とても美味しそうなケーキをアタシの前に並べた。
「社長、それで採用試験の用紙は?」
「ああ、これだ」
採用試験かぁ。キーちゃんの会社でも新卒採用を決める時期なんだなと思いながら、ケーキを口に含んだ目でキーちゃんと美人さんを見ると――
「ぐふぅっっっ」
口の中のケーキを噴出してしまった。
「どうしたカリン、行儀悪いぞ」
「あらあら、上質なお菓子はお子様の舌に合いませんでしたか?」
いやいやいやいや。
アンタらが今受け渡しているの採用試験の用紙じゃなくて、アタシがキーちゃんに頼まれて書いたアンケート用紙だよ?
「まぁ、確かに能力は優秀みたいですね」
「当然だ」
アタシのアンケートみながら何言ってんのこの人たち?
「特に数学・計算分野についてはほぼパーフェクトですね」
「カリンは昔から節約家貯金上手遣り繰り上手の良いお嫁さんの素質満載だったからな」
「社長、小学生の算数と一緒にしないでくださいな」
「はははは、すまんすまん」
「まったく、このエントリーシートを見ただけでは心配でしたが、ここまで見せら――」
「ぶふぅっっっっ」
紅茶を盛大に吹き溢してしまった。
「どうしたカリン、また行儀悪いぞ」
「おやおや、上質な茶葉はお子様にはまだ早すぎましたか?」
いやいやいやいや。
アンタらが今見てるのアタシが今までたくさんの企業に出したハズのエントリーシートの数々だよ、なんでこんなとこにあんの?
「全く、カリンも私に黙ってこんなに浮気の恋文をしたためるなんて許せん奴だ」
「社長、恋文じゃなくエントリーシートですよ」
「全く回収するのにどれだけ苦労したことか」
「本当に社長は。犯罪ですから今度からは注意してくださいね」
「ああ」
ああで済むの? ねぇ、ああで済むの?
今まで全く音沙汰なかったアタシの就職活動なんだったのさ。
「カリン、さてお前に渡すものがある」
「こちらです。どうぞ」
美人さんがアタシに一枚の紙を手渡した。
――――え?
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久保田 花凜 様
株式会社相羽総合サービス
代表取締役社長 相羽由紀枝
採用内定のご連絡
拝啓 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、先日は、当社入社試験にご応募いただき誠にありがとうございました。
厳正なる選考の結果、貴殿を採用いたすことを内定しましたのでご連絡いたします。
つきましては、同封の書類をご記入いただき、期限までにご返送ください。
なお、入社日については別途ご連絡いたします 。
敬 具
平成22年10月20日
記
1.提出書類 入社承諾書 誓約書 身元保証書
2.提出期限 ----------------
ご不明な点がありましたら、人事担当・長峰まで
電話連絡にてお問い合わせください
以上
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あのー。いつ応募しましたかアタシ?
唖然とするも、気を取り直す。
「キーちゃん!」
「ん、なんだ?」
「どーして提出期限が書いてないの?」
「あぁ、そんなことか」
キーちゃんは呆れるように三枚の封筒を棚から取り出した。
なになに――入社承諾書、結婚誓約書、身元保証書。
ん?
軽く「しまった」と呟くと、封筒を一つ入れ替えるキーちゃん。
入社承諾書、誓約書、身元保証書。
「どうだ、誓約書と承諾書はお前の字と印鑑だろ?」
「……うん、あ……これって」
「そうだ、お前の課題を手伝う代わりに書かせたあの時の誓約書だよ」
「そ、そんな……じゃあ身元保証書は?」
「当然将来の伴侶となる私が書きたかったのだが、佳織さんに叱られたので石川まで行ってお義父様お義母様に記入頂いてきた」
「結婚誓約書は?」
「私の妄想でお前の筆跡を真似て……コホン、見間違いだろう」
そっか、焦って見間違いをしちゃっただけか。
うん。安心安心。
「さて、佳織さん。じゃあこれを長峰さんに渡してきてくれ」
「かしこまりました」
っておいおいおい、安心してる場合じゃないって。
「さぁカリン、これで就職決まったんだ、おめでとう。卒業まで単位落したりつまらんミスしないでくれよ」
「……う……ん、ありがとう……なの?」
久保田花凜、華のハタチの秋。いきなり内定通り越して就職が決まった。
これまでの就職活動は一体なんだったのだろうか。
そしてアタシは何処へ行くのだろうか。
何の努力もせず、ごくふつーの女子大生があっさり内定を決めてしまった。
世間の皆様、コネ入社です、ごめんなさい。
それにしてもキーちゃんの会社かぁ。まだどんなとこか実感湧かないし、複雑な気持ちだよ。
それでも世界一信頼している親友が傍にいる、それだけで安心してもいいのかな。
というかコレでいいのか、本当に?
◇◆◆◆◆◆
-2013年 とある樹木の実りに市場が湧く芒種の日-
季節は6月を廻り一層暑さが際立ってきた。
アタシは一ヶ月振りの有給を使い、再び一人旅の真っ最中である。
「あのー、ま、まだ召し上がるんですか?」
「とーぜんです。あと10ホールは軽い軽い」
「その小さな身体のどこに……いえ、失礼しました。すぐに持って参ります」
先月のバノン村を契機に、きっかけをくれた本社から来てる営業の小野寺さんと情報交換をするようになった。
アタシが村の失われた歴史の情報を伝えると、彼はかなりビックリした様子で、ここライゼック村のことを教えてくれた。
ユーキエ家、バノン村の長に続く聖女様が奇跡を揮った3人目の末裔がいるらしい。
その本人は王国屈指の調理人で、絶品メニューのお店を開いている事を聞いたアタシはここへ来るために一ヶ月間必死で努力をした。
走り込み、腹筋、半身浴えとせとらえとせとら。
そう、絶品スイーツを死ぬほど食べると決めたのだ。
腹回りと一緒に胸も更に縮んだ気がした。えーい構うものか。
その甲斐あって今は至福の時間を過ごしている。
紹介状を書いてくれた小野寺さんにはホント足を向けられない。
ボスも半分は出張経費扱いにしていいよと言ってくれた。嬉しすぎる。
よーーし、食って食って食いまくるぞ。
アタシの辞書に女子力なんて言葉は存在しねーぜ。
「すいませんー、パフェあります?」
「パフェ……と申しますと?」
「えーとね、こんくらいの器に、クリームをベースにアイスとかフルーツ盛り付けて~」
「ふむふむ、なるほど……」
アタシが軽くいくつポイントを伝えるや否やすぐさま厨房に入るてんちょーさん。
しばらく後、ベリーソースとホイップクリーム、そして色とりどりのアイスと果物が詰まった芸術品を運んできた。
す、すごい。良い意味で予想外だ。
「あの、コレ?」
「試作品でございます。お代は結構ですので是非ご感想を」
え、試作品でこんなにゴージャスなもの出してくるの?
どんだけ才能あるんだー。
うん、味も見事な。でりしゃーす。
「え、とね。うん、かなり美味しいです。あとは味のメリハリかなぁ。スポンジの柔らかさやホイップの滑らかさ、ソースのトロトロ、ヨーグルトのさっぱり、アイスのひんやり、シャーベットのしゃきしゃき、シリアルのサクサクを計算して―」
「ほほう」
「あとは系統か。スタンダードにフルーツ系、ベリー系やチョコ系、あんみつ系やプリン系など揃えてー」
相槌を打ちながら、知らないと言われた食材について原料や製法を説明するアタシ。
甘いモノに妥協は許さない。
あんこやチョコレート、シリアルなどは作り方を教えるだけですぐさま理解してくれた。
小野寺さんからは、味覚に関わる能力を持った一族と聞いていたが、コレは料理全般に関わる異能なんじゃないのだろうか。凄すぎるよ。
午前中に入店して外はもう真っ暗。
次から次へと試作品がアタシのテーブルへ運ばれてくる。
「あのー、アタシそろそろ行きますね」
そろそろ宿の門限だ。帰らなきゃ。
「なんと、良いインスピレーションが生まれてきたばかりなのに残念です」
「あはは、また来ますよ」
「ところで久保田様、最後に不躾な質問をしても宜しいでしょうか?」
「え、なんでしょう」
「今のお仕事、給金はどのくらいでしょうか?」
「月に金貨16枚ほどです」
なんだろー、支払いを心配されたのかな。心配性だなぁ。
「ではこちらは50枚出しましょう」
「へ?」
なんのこと?
「どうか当家の甘味部門のアドバイザーになってもらえませんか?」
「え? え?」
「ゆくゆくは王城に勤めている私の息子に紹介し、縁談を……」
「…………」
「そうですね……これは次週にも相羽総合サービス様まで出向く必要がありますな。息子もその時に呼びましょう」
「……えーと」
「気立ても良く真面目ですし、きっと久保田様も気に入っていただけるかと――」
「ご、ごめんなさい!」
じょ、冗談じゃない。
ヘッドハンティングだけならともかく、嫁入りなんてまだ早いよ。
アタシは頭を直角に曲げ丁重にお断りをした。
「そ、そんな、では60……いや70ではどうですか?」
どこのエリートビジネスマンだよ。アタシにはそんな給与に見合うだけの仕事をやりきる自信も力もないっての。
結局、一時間の押し問答の末、定期的にレシピ考案と試作品味見無料の交換条件で手を打ってもらった。
大好きなお菓子食べるだけでお金貰うのは申し訳ない。
最後まで粘り強く説得にかかるてんちょーさんにも渋々納得頂き、宿へと帰ることにした。本当にごめんなさいである。
街頭も無い薄暗い帰り道。
幸せな甘味の余韻に浸り小唄を歌いスキップしなから戻っていく。
甘いモノならどんなにたべてもリバースしないアタシの胃袋もまた異能レベルだろう。
でも……あれれ。
なんか忘れてるような気がしてしょうがない。
まいいや。
補足)
甘味 > 聖女様伝説




