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相羽総合サービス業務日誌2  作者: 笠平
久保田花凜 篇
5/9

Ⅴ・庭 - エクステリア 2007/2013

-2007年 とある吐息が白く染まる冬の日-


 あれから何年も時が流れアタシは高校生になり、受験戦争の真っ只中にいた。

 今日、第一志望の大学の推薦入試二次試験の為、生まれて初めて東京へと降り立つ。


 開港して数年とまだ間もない、輪島に出来た空港。

 今年春先の大きな地震では滑走路が閉鎖されたこともあったが、半年たった今では問題なく飛行機が飛び交っている。

 アタシが小さかった頃は、わざわざ小松まで出るか、金沢から新幹線乗り継ぐ必要があっただけに、本当に時代の進歩はありがたい。

 初めての飛行機にドキドキしながら乗り込み、あっという間に羽田まで着くことが出来た。


 両親は無理する必要ないと笑って送り出してくれたけど、小さかった頃からの目標だ。

 絶対に一発で今年中に合格を決めてみせる。

 年明けの一般入試まで持ち込む気は全くない。


 荷物を受け取り、モノレール駅を目指す。



 ――おっとっ。イタタタ。

 案内図を見ながらトコトコ歩いていたら、目の前の女の人にぶつかってしまった。


「す、スイマセン。大丈夫で……す……か…………って、えっ?!」


「遅かったな。待っていたぞカリン」


 陽に照らされ美しく煌めく綺麗な黒髪。

 すらっとしたモデル体型。

 アタシの10倍以上はあるだろう、ツンと突き出た形の良いおっぱい。

 そして、堂々とした声とは正反対に、はにかむ様に俯き、真っ赤に染まる人形のように整った美しい顔。


「キ、キーーちゃーーーーーん!」


 それが誰か確かめるまでもない。

 堂々と張った声は昔の面影がなかったが、それでも一目で分かる。

 杖も車椅子もなく平然と立っている事なんか全く気にならなかった。


 身体が自然に大きくダイビングした。

 柔らかな二つのクッションにアタシのひょろい全体重はなんなく受け止められる。


「会いたかった、会いたかったよーー!」

「私もだ。ずっと……ずっと待っていた」

「えへ……態度も身体もすっかり大人だけどキーちゃんだ。昔とおんなじ匂いがする」

「ふ。肉眼で顔を見るのは初めてだが、この声、そしてこの胸の感触は間違いなくカリンだ」

「む、む、む、ムネの事はどーでもいいでしょー!」


 掌でまんべんなくヒトの胸をさすってくる親友の手をペシリと叩き払う。


「もー、感動の再会をなんでそんなエロオヤジっぽく台無しにしちゃうかなぁ」

「ぅぅ、す、すまない。……つい」

「でも、キーちゃん、よくアタシが今日ここに来るって分かったね?」

「ああ、そうだな。その事も含めて車を用意してある、宿泊するホテルまで送ろう」


 キーちゃんはアタシがそういうと一瞬何故か険しい表情を見せたが、すぐに笑顔で駐車場を指さした。


「えー、車? キーちゃんって大学生だよね……もしかしてお金持ち?」

「ふふ、まぁな」

「えー、だったらアタシ奨学金じゃなくて、キーちゃんに養ってもらおうかなぁ」

「構わないぞ、カリンが私と結婚してくれると約束するならな」

「もー冗談ばっかりー、あはは」

「…………いんだが」

「え?」


 なんか不穏な言葉が聞こえた気もするが気にしない方が良いような気がした。

 車の中で、キーちゃんはこの10年の事を語ってくれた。

 病気が完治したことを改めて聞き、アタシは自分のことのように嬉しく思い、涙が止まらなかった。

 そして今では学生社長として会社を経営しているらしい。

 登記をしたのは約4年前、まだ中高生の頃というのが驚きだ。

 流石に大学に入るまでは社長としての対外的な仕事は出来なかったらしいが、優秀な部下に恵まれ今では従業員50人以上と立派な会社として機能しているとの事だ。

 アタシが必死で受験勉強に追われていたこの10年の間の出来事。

 差をつけられて悔しい気持ちと、無事な姿で再会できた嬉しい気持ちが入り混じり、微妙な感情をひきずったまま、ただただ話を夢中になって聞いていた。

 キーちゃんが運転する車はどんどん高い建物が立ち並ぶ都心へと向かっていく。


「凄い、これが東京……」

「こんなものでビックリするな。『お姉さんとして案内する』と約束しただろう」


 顔を真っ赤にしながら昔の話を持ち出すキーちゃん。こんな可愛い所は全く変わってなくて、懐かしさがこみ上げてくる。


 やがて、キーちゃんの車は人通りが全く無い、薄暗い地下の駐車場へ入っていった。


「あれ……ここどこ?」


「カリン……」

「ん、なぁに?」


「すまない」

「え?」


 キーちゃんはシートベルトに挟まれ動けないアタシの――アタシの唇に自らの唇を重ねる。


「な……なん……で?」

「好きだ……カリン」

「…………え?」


 何を言っているのか理解できなかった。


「カリン。愛している、誰よりも愛しているからなっ」

「…………だから何を、うっ!」


 キーちゃんは右手でアタシの顎を抑え、深く長いキスを続け……左手に持った鋭いナイフでアタシの胸部――心臓を貫いていた。



◇◆◆◆◆◆



-2013年 とある渡り鳥が群がる穀雨の日-



「だーかーら、わざとじゃないんだってば!」

「わざとだろーとどーだろーと、この落とし前どーやってつけてくれるんだ、ええっ?」


 カロッゾさんに手配を頼んだ日から半月が経過した。

 早速、ボスから許可を貰いアタシは頻繁に図書館巡りを続けている。

 この喧騒もその中での一幕だ。


 今日は久々の調査だった。

 というのも先週から本業がちょっぴり忙しくなっているからだ。

 先週の終わりに、当初の予定通り本社から営業さんが2人ウチにやってきた。

 わざわざ異世界にまで出張してくるなんて呆れた愛社精神だと思う。

 なかなか顔を合わすタイミングがないのでまだ挨拶できていない。

 一人はこないだ主任になったばかりの先輩・小野寺さん、本社でもかなり目立っていたやり手の営業マンなので良く覚えている。

 そしてもう一人はアタシの1年後輩・この春入社したばかりの倉田くんというらしい。


 でもって、つい先日その小野寺さんが早速やらかしやがった。着任早々どデカイ案件を契約してきたのだ。

 ある朝、ボスに呼び出されて支社長室に入ると見たこともないほどの金貨の山が積まれていた。

 嫌な予感がヒシヒシとして苦笑いを続けていると、肩を叩かれ無言で換金と入金を指示された。

 アタシが使えるATMは一度に100枚のお札しか入らない。

 金貨を諭吉さんに変えてく作業も重労働だったが、何度も何度も札束を機械に突っ込んでいく作業も、何か新手の振り込み詐欺をやっている気分で精神的にくる。

 ネクラ先輩のトラック召喚みたいに、銀行の窓口でも呼び寄せられたらいいのに。

 お蔭で腱鞘炎になりかけたよまったくもー。

 ここまで大きな契約は当分ないだろうとのことだが、契約量自体は増え続けるらしい。

 勘弁してくれ。

 アタシは銀行や金融会社に入社したワケじゃない。こんなに実際の現金に触れ続ける経理担当も、オンライン環境が整った今の日本ではあんまりいないのではないだろうか。



 おっと、あまりの言いがかりに現状の言い争いを忘れていた。


 目の前でお冠なのは、この図書館の司書さん。

 この図書館はユーキエ家――カロッゾさんのおうちが運営しているものだ。

 気になる蔵書を一通り見まわした後、ふと隅っこに隠れていた走り書きのメモ帳を手に取った瞬間、特に古い最初の5ページほどが床へと崩れ落ちたのだ。


「たくよぅ、どーしてくれんだよ。この一角は特に当家の重要書物だと注意したろうっ、旦那になんていやいいんだよー!」

「あー、大の男がこんな古い紙束くらいでピーピー情けないわね!、直しゃいいんでしょ、直しゃ!」

「え?」


 この程度の走り書きくらい、スキャンして擦り直せば新品同様で返せる。


「……直せるの、写本とかじゃなくて?」

「勿論。そのまんまで楽勝だけど」

「ぁあ、うん」

「じゃ、後で持ってくるから借りとくわね」

「ぁあ、うん……」


 アタシはそのまま手帳を鞄に入れ、扉を開けた。


「ってー、嬢ちゃん! 勝手に持ってくな! 先に旦那に許可を!」

「カロッゾさんならどーせウチにいるんだし、直接言えばいいんでしょ?」

「ウチって……旦那が入れ込んでるアイバ何とかってゆー商会の子かい、あんた?」

「そうよ。そこの経理担当やってるけど、聞いてない?」

「いや、そこまでは。はぁ……なんか規格外な嬢ちゃんだな、分かった、夕刻の鐘までには戻ってこいよ、じゃないと俺の首が飛ぶからな」

「がってんしょうちー」



 アタシは急ぎ足で事務所へと戻った。

 この時間は、皆出払って白豚先輩だけが残っていた。丁度いい。


「あー、先輩。お願いあるんだけど」

「何だい?」

「先輩パソコン得意でしょ、これ代わりにスキャンしてくれないかな?」

「うわっ、またこりゃ年季が入っているね。まぁ、可愛い後輩の頼みだ、任せといて」

「らっきー。お願いしますー」


 アタシは白豚先輩に面倒な作業を押しつけると、2階にある居住スペースの男性用客間に向かった。キーちゃんからは「あまり2階には行くな、男臭くなるぞ」と言われていたが、なんのことやら。


「カロッゾさん、いますかー?」

「空いているよ、入ってきたまえ」


 失礼します、と言い客間へ入る。3顔にあるアタシの部屋と同じ間取りと広さだ。元々は他の従業員や遠方の顧客用に用意されたスペースだったが、電気ガス水道のありがたみが病み付きになったこのスポンサー様が今ではすっかり占拠されている。内装もすっかり煌びやかな貴族仕様だ。


「これは久保田さん、どうしたのかな?」

「えっとー、これなんですけど」


 アタシは手帳の表紙をカロッゾさんに見せた。


「ああ、これは当家の祖先の日記……というよりメモみたいなものだな、これが何か?」

「いや、図書館で手に取ったら崩れちゃって。係の人に怒られちゃって直しに戻ってきたの」

「それは手間をかけるね。まったく、ウチの従者は真面目な者揃いなんだが融通が利かなくて困るな、年代ものなんだから崩れて当然だろうに。本当にすまなかった」

「いえー、大した手間じゃないので。じゃあ直ったら返しに行きますので」

「本当に助かる、ありがとう」


 カロッゾさんの承認も得たし何も問題ない。

 そろそろ頃合いかと1階へ降りた。


「お、久保田君、終わったよ」

「白豚先輩、ありがと!」

「……すっかりそのあだ名定着したね、まぁイイケド」


 アタシは、綺麗に擦り直されたメモを1枚ずつ重ね合わせ、PCモニターの表示順番に合わせ綴じていく。


 ――それに気付いたのは、作業を進め10ページ程のことだった。


「あれ?」


 何か違和感を感じる。

 真っ黒に塗りつぶされたこのページ。……文字が見える?


 PCモニターの写真の明るさを上げると、ぼんやり文字が浮かんできた。


「なになに、王国歴503年 リカルド・ユーキエ 義娘の献身にて目に光が戻る」


 これは、多分義娘は聖女様の事だよね。リカルドはそれを救ったカロッゾさんのご先祖様か。


 更に下の方にはもっと暗く何重に塗りつぶされた文字がある。

 アタシは明度・彩度のバーをグリグリ変えていく。


「うーん、もーちょっと」


 色調を黒から青、青から水色と変える。


「もーちょい」


 一文字ずつ切り張りして、字の形を整えていく。

 お、なんとか読める。


「えーと 何々……王国歴502年、さっきの前年か。なんだろー」


「リ……カ……ル……ド……ユ……、……リカルド・ユーキエ、ご先祖さんね」


 そして続く言葉にアタシは息を飲んだ


「逝……」


 え?


「去……」


 逝去? 目が治った前年に、どういうこと?


 伝承の張本人は聖女が目を治す前に……亡くなっていたの?

 

 聖女の逸話は史実には一切記録されていないと聞く。

 その一端が今、垣間見えた気がした。

 今のアタシの背景は漫画で言うと必殺技を喰らったくらいの衝撃の集中線が入っているハズだ。めちゃくちゃ波動を浴びせられたようにショックを受けている。



 見えなかった手がかりが、何かつかめたような気がしていた。

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