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相羽総合サービス業務日誌2  作者: 笠平
久保田花凜 篇
4/9

Ⅳ・球 - スフィア 1999/2013

-1999年 とある潮風が強く香る夏の日-


 キーちゃんのお爺ちゃんが亡くなった。

 アタシ達をいっつも優しく見守ってくれた大好きなお爺ちゃん。

 心にぽっかり穴が空いたような気がする。


 キーちゃんの両親の時はあんなに群がった大人たちはほとんど現れなかった。

 今日の告別式も人のよさそうなお爺さんやお婆さんが数人、そしてアタシの家も含めて近所の人たちだけで行っている。


 アタシの隣に座っていたお婆さんから、お爺ちゃんや相羽さん夫婦はキーちゃんを強引に引き取った件で一族から恨みを買い絶縁されたと聞いた。お爺ちゃんの遺品整理をしていてもその痕跡が残り、破られた手帳やアドレス帳しか見つからず、電話のメモリーにも身近な親族の連絡先が2件だけしか残されていなかったという。


 キーちゃんを守るために、孤独な身となってしまった優しくも強いお爺ちゃん。

 一番この事を悲しむだろうあのコがここに来られないのがホントに辛い。


 アタシは2人分の気持ちを込めて、掌が潰れるくらい強く合わせて一心にご冥福を祈った。

 涙がいつまでも止まらない。


 お爺ちゃんに会いたい。

 また叱られても良い、ゲンコツを貰ってもいい。豪快に笑ってほしい。


 キーちゃんに会いたい。

 辛いとき、悲しいとき、いつも一緒だったあのコがいないだけでアタシはこんなにも弱くなる。


 小学校4年生の夏。

 アタシは、こんな狭い田舎町から抜け出し、一刻でも早く大切な親友と再会することを強く願った。


 このままじゃ駄目だ。今のアタシは一人ぼっちである。

 

 苦手な勉強も、もっともっと頑張んないといけない。

 色んなことを見て、色んなことを聞いて、しっかり覚えていかないと。


 この時から、アタシの将来像――

 あまり裕福ではない家計に負担かけないよう奨学金制度のある東京の国立大へ進学すること。

 好奇心旺盛で明るく、人に心配をかけない人間になること。

 そんな未来の一端が少しは見えていたのかもしれない。


 たくさんの人の暖かさに包まれながらアタシの少女時代は瞬く間に過ぎ去っていった。



◇◆◆◆◆◆



-2013年 とある木々が繁茂する清明の日-


「聖女――伝説ですか?」

「伝説という訳ではないよ、しっかりとした確証もあるんだからね」


 4月に入り、北陸支社の業務も順調に動き出していた。

 本社では入社式が執り行われ、新卒が4名、中途が1名入ったと聞く。アタシもとうとう先輩になったのだと思うと感慨深い。

 内部の基盤も固まり、本社から営業さんがくるまでの半月近く、はっきり言って暇そのものだ。

 現地スポンサーのカロッゾさんが気になる話しを持ちかけてきたのは、そんな閑散とした気持ちを持て余している時だった。


「えっと、要約しますね。昔々あるところに魔王にさらわれた可哀そうなお姫様がおりました」

「ん~、直接さらわれたワケでも、お姫様でもないんだが」

「カロッゾさんのご先祖様が、歯をキラリと輝かせて颯爽と助け出しました」

「歯が光っていたかは知らんが……」

「ロリコンだったご先祖様は、その少女を奥さんではなく養子に迎え入れました」

「おいこら!」

「やがて大きくなったそのコは、色々なキセキを人々に振る舞いました」

「うむ」

「失明していたカロッゾさんのご先祖様には、自らの目玉をおもむろに鷲掴みで抉り取って、そのドロドロ赤い液体を垂れ流した血塗れの眼球を、芋虫のように蠢く肉がプルプル飛び出る眼孔を覗かせながら、襲いかかる激しい痛みと苦しみが入り混じった無残な表情にもかかわらず、やせガマンの末の不気味な笑顔で差し出し、その眼球を与え見事に治し――」

「描写がエグイわ! ……伝承の目を差し出した、というのは眼球ではなく視力そのものの譲渡ね」

「なんだー、不思議パワーですねー。それから自らの身体をアンパン男のように配って回ったと」

「アンパン男が何なのか分からんが、舌も鼻も耳もみんな同様だ。聖女様は麗人だ、決して骸骨ではない!」

「そかそか。そこで数百年の時が流れ、最後に目撃されたのが、魔王退治の勇者様に光の力を分け与えた十数年前というわけね」

「勇者と言うのは少々語弊があるな。英雄殿の行為は称賛に価するが、彼の者の力は聖女の奇跡が発端だが、その功績は類稀なる努力の結果だ。勇ましさとは一線を画すものだろう。勇者と呼称するならば、それこそ僅かな力のみで困難に立ち向かった全兵に向けてとなるべきだな」

「うんー、確かに強いヒトよりも、弱いヒトのほーが同じ脅威に対してならよっぽど勇気あるだろーし、納得。勇者様じゃなくて英雄様だ」

「まぁ、キミたち異界の者にはピンと来ないかもしれないが、この国では英雄殿も聖女様も人の心に宿る大切な存在だ。架空の物語のような軽はずみな言動を取ると斬られかねんからな?」

「ぅえ……は、はい」


 成果を残しただけでは、ノーベル賞受賞者や金メダリスト的な扱いかと思ったが、日本人にとっての皇族……以上に、外国人にとっての宗教での信仰対象的なものなのだろうな。やばいやばい、気をつけなきゃ。


「それにしても、その聖女……様って、目も見えない、耳も聞こえないのに旅を続けてられたんですか?」

「いかにも」


「…………怖く……なかったのかな」


「どういう意味だ?」

「いえ、なんでもないです、はは、気にしないでください」

「あ、ああ」


 ふと、昔の泣き虫だった親友の姿が思い出される。


 見えないだけでも怖いはずだ。どうしてそのコはそこまで強くあり続けられたんだろう。

 今のキーちゃんだって、病気が治ったからあんなに別人のような堂々とした立派な人になれたっていうのに。

 アタシは昔と比べてちっとも強くなってないのがコンプレックスなんだけどな。


「よっし、決めた!」

「どうしたのかね?」

「カロッゾさん、アタシちょっと調べてみます!」

「調べるって……」

「はい、聖女様の伝説です」

「そ、そうか。こんなに興味を持ってもらえるなんて嬉しいよ」

「えーと、図書館……なんてあるんですか?」

「大学にもあるし、当家の様な上位貴族によっては自ら収集している家もある……古いものだと規模は劣るが聖堂や修道院に残っている物もあるな」

「それってアタシも入れますか?」

「ぁ、ああ。日程を出してくれたら便宜を図ろう」

「ありがとうございますー! よっし、やるぞー!」


 どうせまだ当分は暇だ。

 仕事はきっちりこなしているし、ボスも調べもの目的での外出許可くらいくれるだろうし……多分余計な宿題がいっぱいつくんだろけど。エゲツナイぜ、ボス。



 この機会に、この心の中にくっきり残る昔の古傷の縫い目の後を綺麗さっぱり消してやるさ。

 帰って一回り成長したニュー花凜をキーちゃんに見せつけてやろう。

 ……この平坦な胸以外はきっと大きくなっているハズだ。

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