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相羽総合サービス業務日誌2  作者: 笠平
久保田花凜 篇
3/9

Ⅲ・水 - アルケー 1998/2013

-1998年 とある桜吹雪が舞い散る春の日-


 ある日キーちゃんに訪れた突然の悲劇により、2人に別れの時が訪れた。


 キーちゃんのご両親が出張先のテロに巻き込まれ亡くなったのだ。

 財産を得るため群がる大人たちがキーちゃんのお爺ちゃんの家に集まってくる。

 みんな親権などオマケ程度にしか思っていない……ひどく濁った目をしていた。

 来る日も来るも隣のキーちゃんの家からお爺ちゃんの怒声が聞こえてきた。

 キーちゃんはアタシの部屋で、一緒にベッドの上で毛布に包まれながら小さく震え続けている。


「カリンちゃん、私……カリンちゃんと離れ離れになっちゃうの?」

「……そんなの……アタシだって…………やだよ」


 やがてどちらからともなく静かに抱きしめあい泣き出した。

 

 一週間後、キーちゃんのお爺ちゃんがアタシたちを呼んで、一組の夫婦を紹介してきた。

 お爺ちゃんは、唇を噛み締める表情をしている。


「こちらは遠縁に当たる相羽さんだ。彼らならきっとこの娘を幸せにしてくれるだろう」


 お爺ちゃんはずっとアタシたちの為に色んな大人の人と話し合いを続けていた。

 そんなお爺ちゃんが選んだ人達なのだから……きっと間違いはないはずだ。

 アタシ達はお互い泣きながら、2人を引き離そうとする大人たちへずっと無力な抵抗を続けていたが、それも今日までだった。

 アタシもキーちゃんも何が一番正しいのかは子供ながらに理解できていた。


「カリンちゃん……約束覚えてる?」

「うん……もちろん、だよ」

「私はカリンちゃんよりも一足先に東京で待ってるから。必ず……迎えに来てね」

「うん、今度こそいつまでも傍にいて守ってあげるから」

「絶対……待ってるから。カリンちゃん、大好きだよ」

「アタシだって。一番大切な親友なんだから」


 キーちゃんはそんなアタシの声に悲痛そうな顔を浮かべる。

 最後くらい笑顔を見せて欲しかったが、仕方ないか。


 翌朝、相羽さん達はキーちゃんを車に乗せ、静かに去っていった。

 

 いつか絶対に約束を果たすんだ。

 アタシは最後まで泣き叫びながら、無情にも走り去る車の影をどこまでも追いかけ続けた。



◇◆◆◆◆◆



-2013/02/22-


「これが新支社の鍵だ。頼んだぞ、高井さん」

「お任せください……こっちが入口、そして居住用各部屋……ふむ……」

「くれぐれも、くれぐれも頼んだぞ」

「はい、身命を賭して遂げてみせます」

「ならば良い。だが用心だけは事欠かないようにな」

「承知しています」

「まぁ、高井さんならあの問題児どももうまくまとめてくれるだろう」

「……あのー、社長?」

「ん、なんだ?」

「どうして3階……久保田の部屋ですか、鍵がこんなにたくさんあるんですか?」

「当然のことだ、カリンの魅力に引き寄せられて夜這いをかけようとする不埒な輩を即刻排除するためだ。私以外の侵入者に支払う給与はないと思ってくれ。勿論この錠前20個以外にもオートロックで、時限式、カード式、音声認証式、指紋認証式、網膜認証式、14桁パスワード式、ネットワーク照合式、DNA――」


「久保田……部屋に入れるといいな……」



◆◇◆◆◆◆



-2013年 とある異界の風が吹き付ける仲春の日-


 ――白豚先輩の妄言は真実だった。


 よく分からないが、ATMはこっちの世界にないし、お金も全く違う代物らしい。

 アタシの『錬金』という能力は、こっちとあっちの通貨を滞りなく両替・換金できるものらしい。

 ボスが「流石は久保田、これで支社の口座はそのまま使える。でかしたぞ」と大層喜んでいたが、なんのこっちゃ、という感じである。


 そんなボスの『統治』という能力はハンパない。なんと異世界にいながら、この建物のガス・水道・電気・通信に至るまで全てがそのまま使えるらしい。とりあえず、お風呂とテレビが使えるだけで万々歳だ。ボスにこそ「でかしたぞ」と声をかけてあげたい気分だ。


 また、ネクラ先輩の『獣使い』が地味にイイカンジである。

 これまで試した中で、ペリカン・カンガルー・灰猫が召喚できた。

 飛脚さんは来てくれない。

 なんのことかというと、あっちから運送会社さんを呼び寄せる能力との事だ。

 うん、まさかトラックで荷物運んでくれるだけでもビックリなのだけど、もはや運送屋さんも自社のロゴやキャラクターだけで客に依怙贔屓されることになるとは思いもしないだろう。

 ボスとネクラ先輩のおかげでネット通販も使えるし、アタシがいるから支払いも問題ない。


「流石ですね、白豚先輩。よーく分かりましたよ」

「そうだろうそうだろう」

「で、そんな先輩の能力なんですけど……どんなチカラがあるんですか?」

「え、いや、こうやって『鑑定』して皆の能力を伝えてあげたじゃないか」

「はぁっ? まさかそんだけですかー?!」

「うん……」

「…………」

「…………」


「……役立たずですね」

「……うん」


 流石に同情しようもない。

 さて、仕事だ。

 アタシは会計ソフトを立ち上げ、帳票入力作業に取り掛かった。


「ボス~、この大竹商会さんの支払い区分、日付が入ってませんよー」

「おー、すまない。それは私の私物だ、分けといてくれ」


「ネクラ先輩~、来週までに小型ラックあと5台購入お願いします」

「……わかった、やっておこう」


「カロッゾさん、こっちの商会向けの領収書の書式これでいいですか?」

「これはまぁ立派な紙だ。見やすいし問題なかろう」


「白豚先輩~、お茶~」

「はいはい、ただいまー」


「ボスっ、今週分の入出金チェックお願いしますー」

「おう、そこに置いといてくれー」


「ネクラ先輩、発送分の請求書3件終わりました」

「……助かる。箱の上に貼ってくれ」


「カロッゾさん、こちらが現時点での事務所の資産一覧です」

「ご苦労。後で当家の者に物価の比較検証をさせよう」


「白豚先輩~、おやつ~」

「はいは……って、おい! さっきから総務と雑務一緒にすんな!」

「へ……違うんですか?」


 法務に庶務も含まれる中小企業の総務のお仕事。

 ただでさえ初日でやることなさそうだから仕事を振ってあげただけなのに心が狭い男だ。

 メンバー4人と外部スポンサー1名。少数精鋭の現状なんだから、梁山泊に集う猛者たちのような気構えでやって欲しい。アタシだって少しは楽したいんだよー。



◆◆◇◆◆◆◆



-2013/03/12-


『もしもし、高井さんか。私だ』

「これは社長。こんな夜更けに電話なんて、一体どうされました? 初回報告なら既に三柴さんへメールした筈ですが。なんならこれから口頭でも――」

『そんな些事、佳織さんに任せておけば問題ない。……それよりもだ』

「はい、なんでしょう?」

『カリンは部屋にいるのか?』

「え、ええ。多分今頃自室で寛いでいるはずですが」

『そんなバカな?!』

「はぁ?」

『なら、何故……浴室もベッドも何も録画されていないんだ。これでは裸も寝顔も見られないではないか!』

「あ、あのー」

『くぅぅ、あのまったく成長してない生のぺったんを15年ぶりにじっくり拝めるチャンスが……』

「あのー」

『あの天使のような寝顔を新しいポスターのコレクションにする計画が……』

「あのー」

『変な虫が寄りつかぬよう私財を投じて最新鋭の撮影機器をセットしたはずなのだが……』

「社長ー?」

『ん? なんだ?』

「久保田なら、昨夜『鍵が多くてうざったい、女性のお客さんが来たなら相部屋でもいいよ』と言って隣の客間に引っ越しましたが」


『そ……そん……な…………』


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