バエがばえる
あい。
エンドレス夏休みの四十路無職病人です。
ばえ。
今日は、ばえ、辺りを行きます。
ばえ。
これはね、言葉としては『舞台映えする』、とか昔から使われておりましたから、直ぐに意味自体は判りました。
映える。
(はえる)
なににも勝り目覚ましく、心に映り消えゆかない映像の美しさ、素晴らしさ……!
ひとたび見えれば、はゆる思い……。
ときめく胸……、もうあなたから目が離せない、
嗚呼、あなたこそ私の運命……!
私の射抜かれた恋心は巖さえ穿つほどの愛の雫を永遠に落とし続けるでしょう……!!
と、いうような。
一見しただけて引き込まれる、そういう様に対して言われるのが『映える』画。
その前で人々はうっとり、或いは惚れ惚れとする。
そんな意味合いの讃辞の言葉が『はえる』。
……しかし、なんで単体で単語として使うのに、濁点を付けるのだろう。
言葉が濁ってしまうではないか。
きちゃなくなっちゃう。
きちゃない印象に置き換わっちゃう。
ばえ!
そう言われると、なんか、周囲を確認したくなる。特に、顔面付近を。
だってそりゃあ、バエって聞かされたら。
あの厭らしく汚く飛び交う羽虫の、その羽音が纏わりついてくるじゃあないですか。
彼奴らと人類との闘いの歴史は長いのです。
ヒトは、遺伝子に刻まれているレベルで彼奴らの気配を感じると、手で払いたくなるものなのです。
バエ。 バエ!!
バエるわ〜〜。
……うそ?! どこ、何処に集られてるの?
やだ! いやだ!!
顔? 肩?!
え、わたし何か芳しい落とし物とか踏んだ?
あ、もしかして、わたしじゃない?
蝿、どこ? でかい? 小さい?
コバエ?! ショウジョウバエ!??
……バエる、って、語感。あまりにも恐ろしすぎない?
そこから連想されるのは!
蝿が!!
群れをなして腐臭のもとに集まるさま!!!
いやだ!
……あい。
そんなわけで、バエ、と聞くと、わたしは。
全力で周囲を確認し、手を振り回して逃げたいような、そんな気持ちになるのです。
『ばえ』単体使いは、昔の田舎のあの肥やしの臭いを連れてくるのであります。洗濯物とかに付くと……、取れない……うぇぇえぇ……凹
『ばえる』と言われちゃうともっとゾゾゾワっとなりまする。
だって! 彼奴らが!!
塊になってるみたいなんだもん!!!
病人にとって蝿はそりゃあ嫌なもんなのですよ。
……ん?
えっ?
やめて?!
大量の有機肥料を病床に置いて行かないで!!
お願いだから……庭のミントへの贈り物ですよ……、とか言わないでぇ!!!




