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エッセイ

フランスパンに明日はない

作者: 蘭鍾馗
掲載日:2026/02/08

 フランスパンが好きだ。

 どうしようもなく好きだ。


 ◇


 午前11時。

 近所の小さなパン屋で、1日1回フランスパンが焼き上がる。そのタイミングを見計らって、焼きたてのバゲットを買いに行く。


 小さな店なので、一度に5人しか入れない。なので店の前には行列が出来る。寒い日は並びたくないが仕方ない。列の後ろに並ぶ。

 

 やがて順番が来る。


 トレーとトングを取って、店の中をぐるりと回る。バゲットが入った籠はレジの近くだ。途中に小さなフィセルもあるけどパスする。大きさ以外に違いはない筈だけど、火の通り方の違いなのか、味と食感は断然バゲットの方がいい。


 バゲットを一つ買う。


 ◇


 その足で、近くの酒屋に行く。

 お気に入りの、安くてうまい銘柄の赤ワインを買う。買ったら、バゲットが冷めないうちに家に帰る。


 冷蔵庫にはウインナが一袋あったはず。

 取り出して、茹でる。


 ようやく準備完了。


 ◇


 モニターの前に座る。

 今日は何、見ようか。

 そうだ、「ライフ オブ パイ」にしよう。綺麗な画面と不思議な物語が見たい。


 ディスクを入れて、再生ボタンを押す。

 映画が始まる。


 ◇


 本当は、フランスパンは、映画鑑賞に向いてない。

 頭の中に、固い皮のところを齧る咀嚼音が響くからだ。でも、そんな事は気にしない。


 映画が始まる。


 パリパリの皮が割れると、しっとりした中身が舌に触れる。この皮と中身のコントラストがいい。この幸せは、焼きたてのやつでないと味わえない。


 そして、ワインを一口、飲む。

 口の中に残ったバゲットが、ワインで喉に流し込まれる。それからウインナ。

 これの繰り返し。


 幸せである。


 画面では、パイの乗った船が沈む場面が映る。

 恐ろしくも幻想的な夜のシーン。

 そして、虎との漂流が始まる。


 パイよ、私だけ幸せでごめん。


 ◇


 残念なのは、バゲットは映画の途中で食べ終わってしまう事。ウインナは、その前に無くなる。

 仕方がない。

 あとはワインを飲みながら、続きを観る。


 それでも、幸せである。


 ◇


 映画が終わる。

 面白かった。

 良い映画は、何度観ても良い。


 なんだか眠くなって来た。


 ◇


 起きたら、夕方だった。

 

 バゲットは、もちろん残っていない。

 買う時、必ず保存用の袋を付けてくれるのだが、私はこれを使った事がない。

 一晩置いたら、焼き立てのあの幸せは蒸発して何処かに消えてしまうからだ。


 ◇


 フランスパンに、明日はないのである。




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― 新着の感想 ―
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赤ワインとフランスパン、酒の飲めない私にはできない、お洒落な組み合わせ…!パンのちょっとした塩味がおつまみ感覚なのかな?と思いました。 焼きたてフランスパンまるかぶり、うらやましいです。 私は厚めに切…
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