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第7話 喰竜派の襲撃と“黒炎の密猟者”

──【起】村を発とうとするが、不穏な気配──


 


クラム村の空は晴れていた。

重い雪雲も去り、凍った空気の奥に、ほんのわずかに春の兆しが滲んでいる。


敬(たかが数日。それでも……なんだか名残惜しいな)


神霊核にかすかな温もりを感じながら、火野 敬は荷物をまとめていた。

隣ではレイナが、武具の点検を済ませながらちらりと村の出入り口を見やる。


レイナ「そろそろ出よっか。吹雪が来る前に峠を越えたいし」


「……うん」

短く返した敬は、それでも何かを振り返るように、村の奥──あの家を見た。


その扉が静かに開いて、ヴァルが顔を出す。

その後ろでは、寝台に横たわる母親が、微笑みながら手を振っていた。


ヴァル「母さん、ちゃんとご飯食べてたよ。……ありがとうな、あんたら」


敬「……助けたのは俺じゃない。薬と、お前の頑張りだ」


レイナ「それに、まだ治ったわけじゃない。あの薬は時間稼ぎ……忘れないで」


ヴァルは小さく頷いたあと、無言で荷物のいくつかを持ち上げた。

自分も一緒に来る、という無言の意思表示だった。


敬が何か言いかけたその時――


……キィィン……


風の中に、微かな耳鳴りが混じった。

それは気のせいにしてしまいそうなほどにか細いが、確かに“血”の匂いを含んでいた。


敬(……この風、おかしい)


次の瞬間、神霊核がわずかに明滅した。

魔素に反応したわけではない。これは、危機を告げる拒否反応だった。


敬(誰かが、何かを狙ってる……)


隣のレイナもまた、同時に顔をしかめていた。

視線は村の北の森。そこから、かすかに雪煙が立ち上っていた。


レイナ「この感じ……あの連中、来たかもね」


敬「“あの連中”……喰竜派?」


レイナ「今は確信ない。でもね、竜の死骸を放っておくような奴らじゃないよ。アイツらは、喰えるものは何でも持ってく」


敬は、再び荷物を背負い直した。


敬「……出るぞ。手遅れになる前に」


ヴァルが目を丸くする。


ヴァル「えっ? 何か来るのか?」


敬「来るかもしれねぇ。けど、今度は俺たちが先手を打つ」


吹雪の向こうに、不穏な気配が濃くなり始めていた――。


──【承】焔角率いる密猟部隊が急襲、ドラゴンの骨を強奪しようとする──


 


一面の雪野に、赤黒い霧のような気配が漂っていた。

それは氷竜の亡骸が眠る、村の北の外れ──“白の断層”の下。


風を切って飛ぶ獣の気配、踏み締める足音、そして……


「……竜の遺骸を、土に埋めて終わりとは。実に、もったいない」


その中心に立つ男の声は、仮面越しでもはっきりと冷たかった。

黒装束に身を包み、角のような意匠がついた鉄仮面。

第4話で姿を見せた、あの仮面の男──**焔角えんかく**が、再び現れた。


敬たちが到着したとき、彼と数人の密猟者たちはすでに作業を始めていた。

氷竜の死骸の心臓部を覆っていた氷が、鈍く赤く発光している。

彼らは**“魔核探知具”と吸収器**を使い、魔素の残渣を強引に抽出しようとしていた。


 


敬「……やっぱり、来やがったか」


焔角「やれやれ。神霊核の適合者様が、ご自らお出迎えとは」


仮面の奥にある視線を感じながら、敬は拳を握る。

背後ではレイナがすでに武具を抜いていた。


レイナ「この魔具の数……普通の密猟者じゃない。戦闘部隊だよ、こいつら」


敬「しかも、場所もタイミングもドンピシャ。狙い撃ちじゃねぇか」


 


焔角はゆっくりと手を掲げ、密猟者たちに命じた。


焔角「神の残飯──つまり“遺骸”は資源だ。

   そして、神霊核を持つ者は……我らが次に食う“器”だ」


 


その瞬間、地面に仕掛けられていた魔素罠が起動。

氷の下から飛び出す拘束鎖。虚空から圧縮魔素の束縛弾が発射される。


 


敬「くっ……!? 魔素感知式の拘束罠か!」


レイナ「やばい、囲まれてる!」


敬はとっさに身体を翻すも、氷原の魔素濃度は未だ極低。

《魔素充填:14%》では、反応すら鈍い。


ヴァルが矢を放ち、数人の密猟者を牽制する。


ヴァル「ふざけんな……あれは俺の母さんを救った竜だ!」


だが、相手は精鋭。

密猟者の一人が空間魔具を展開し、矢の軌道を歪めて無効化。

焔角が静かに手を掲げた。


焔角「安心しろ、少年。ドラゴンの命も、人間の命も、我らにとっては“同等”だ。

   どちらも喰うに値する──」


 


赤黒い焔が、仮面の奥から漏れ出す。

その焔は魔素によるものでなく、あたかも竜の怨嗟が昇華したような異質な熱。


レイナがすぐさま叫ぶ。


レイナ「アンタ……“竜喰の魔融印”使ってる!?」


敬「なにそれ……!」


レイナ「ドラゴンの魔核を体内に移植する、禁術よ! 奴、半分竜になってる!」


 


風が唸る。仮面の下、焔角の目だけが爛々と輝いていた。


焔角「さあ、神霊核の適合者。貴様も“喰われる者”か、“喰らう者”か……選べ」


敬は剣を構え、呻くように呟いた。


敬「──選ぶまでもねぇだろ。

  喰われるぐらいなら、喰い破ってやるよ。てめぇらごと!」


 


決戦の火蓋が、今、切って落とされた──!


【転】

氷竜の墓標を背に、白銀の雪原が血と魔素の気配で歪みはじめる。


敬は喰竜派の密猟者たちに囲まれ、瞬時に戦闘態勢に入った。冷気の中で神霊核が鈍く脈打つ。だが、そのとき——


「“継ぎ喰う者”――神霊核の適合者、火野ひの けい。やはり、貴様か」


低く、よく通る声。仮面の男、焔角が歩み出て、仮面越しに鋭く敬を見据えた。


「……なんで俺の名前を」

敬が低く問うと、焔角はかすかに首を傾げる。


「神霊核適合実験。覚えていないか? あの“屠竜陣”で生き残ったのは、お前と、もう一人だけだった」


敬の胸が一瞬だけ熱く脈打った。忘れたはずの記憶——極限状態での実験、竜の咆哮、仲間の断末魔。そして、あの“喰う”感覚。


「お前がここで“生きている”ことこそ、我々の証明だ」

焔角の声には、狂信めいた確信が宿っていた。


「喰竜派」は、ドラゴンの力を人が取り込むことこそ進化だと信じている組織。


「我らと来い。貴様の才能は、兵器として捨てられるには惜しすぎる。共に“世界を食らう”のだ」


……その言葉に、敬の奥底に眠る本能がかすかにざわめいた。

だが——


「悪いけどな」

敬は、静かに前を見据える。


「俺は、喰って生きる。でも、誰かを喰って生きるつもりはねぇ」


敬の掌に、微かに魔素が収束していく。冷え切った空気に、わずかに赤い光が滲む。


「神霊核、起動……!」


《魔素残量:残留率5%》

《緊急展開モード──構造限定》


敬がポーチから取り出したのは、小型の魔素散布装置。

本来は魔物の誘引や結界形成に使うものだが、彼は起動コードを逆に走らせる。


「散布限界濃度、突破させる……!」


バシュッ、と音がして、辺りの空間に魔素の霧が広がる。だがそれは通常の魔素ではない。過剰散布によって**視界を歪ませる濁素だくそ**となり、密猟者たちの索敵を狂わせる。


「……視界と魔素を、混ぜる気か……!?」


レイナの声が雪煙の向こうから聞こえる。その表情には呆れと、どこか頼もしさが混じっていた。


「よし、局所戦に持ち込むぞ。レイナ、ヴァル!」


敬は刀を抜き、凍てついた地を蹴る。

その一閃が、喰竜派との全面戦争の狼煙となった——。


【第7話・結】

──雪原に、赤が咲く。


密猟者との死闘の中、敬が背後の気配に気づいた瞬間だった。


「敬、危ないっ!」


ヴァルの叫びとともに、少年の小さな背が彼の前に躍り出る。

焔角の部下が投げた“束縛針”が、ヴァルの右腕を貫いた。


「ぐっ……!」


鮮血が舞い、雪に染みこむ。


「ヴァル!」


敬が駆け寄ろうとするその瞬間、ヴァルは歯を食いしばって笑った。


「……あんたが、“食う理由”をくれたからさ……今の俺、生きてるって思えるんだ」


その言葉に、敬の胸の奥が軋んだ。

だが次の瞬間、爆ぜるような怒声が響いた。


「てめぇら……ふざけんじゃないよッ!!」


レイナだった。

普段は飄々としている彼女の顔が、怒りに染まりきっている。


両手に握ったのは、解体用の肉裂きにくさきなたと魔力補助杭。

魔素が薄く、戦闘補助が困難な中でも、その怒りと腕力は密猟者の男を地に伏せさせた。


「“命を喰う”って言葉を、簡単に口にすんじゃないよ……」


彼女は血飛沫の中でゆっくりと立ち上がる。


「命を喰う覚悟がねぇ奴には、あたしが**“解体”**ってやつを教えてやるよ……!!」


その言葉に密猟者たちは後退し、空気が張りつめる。


敬はヴァルを守るように前に立ち、焔角に視線を向けた。

仮面の奥の男は、面白そうに口元を歪めて笑った。


「……まだ“喰い時”ではないか」


焔角は一歩下がり、冷たい風にその仮面をなびかせながら言った。


「その命、“熟れる”まで預けておこう。……次に喰うときが楽しみだ」


そのまま、焔角と密猟者たちは霧のように雪原から姿を消す。


静寂。雪が、赤を隠すように舞い落ちていた。


ヴァルは倒れこみながらも、無事だった。


レイナは彼の止血をしつつ、怒りがまだ引かないのか無言だった。


敬は空を見上げながら、拳を強く握る。

氷点下の空の下、彼の胸には確かな感情が灯っていた。


(食うだけじゃない。

守るために、この力があるなら──)


神霊核が、かすかに脈打った。

氷竜の墓標に、確かな“進化の意思”が芽生えていた。

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