第2話「ドラゴンってどこにいんのよ」
――【起】旅立ちと空振りの日々
「――はあああぁぁ……ない……!」
王立図書館の棚に額を打ちつけ、俺は呻いた。
何日もかけて調べた。
図書館、地方役所、ギルドの記録室。
考古学者の書いた論文や古地図、精霊信仰の口伝まで片っ端から読んだ。
でも、出てくるのは「かつて存在した神獣」「空想に近い幻想生物」そんな扱いばかり。
「ドラゴンは、記録上すでに絶滅扱い。
現存の目撃報告は……約93年前が最後かねぇ」
ギルド付属の生態学者のおばあさんが、申し訳なさそうに言った。
それはつまり、“今”この世界にドラゴンはいないも同然ってことだ。
「絶滅危惧種って……マジでいねぇじゃねぇか……!」
俺は思わず、立ち上がって天井を仰いだ。
叫びたい。
いや、いっそ神霊核を暴走させて自爆したいレベルだ。
だけどできない。したら死ぬ。
燃料(=魔素)はもう残り少ない。無駄遣いは許されない。
そして何より……
ここで諦めたら、「せっかくもらった人生」を自分で見捨てることになる。
「……くそ……っ。何がチートだ。何が転生だ……」
この世界は平和すぎる。
英雄なんて必要とされない。戦う理由もない。
そんな世界で“ドラゴンを喰わないと死ぬ”俺だけが、異常だ。
でも、それでも。
生き延びるために、ドラゴンを探す。
もう誰も信じてなくても、伝説だと思っていても――
俺だけは、あきらめられない。
――【承】古竜の森の情報
「……面白ぇモンを探してんな、坊や」
酒場の裏路地。獣皮をまとった小柄な男――通称“千耳のカイ”は、濁った酒を呷りながらニヤリと笑った。
「ドラゴンって……あんた、何歳よ」
「最近転生したてです」
ふざけた返事にも、カイは笑い飛ばしただけだった。
そして、懐から一枚の古びた地図を取り出した。
「この“古竜の森”って知ってるか?」
「聞いたことは……あるけど、立ち入り禁止区域じゃ……?」
「十年前。そこの祠付近で“老いた炎竜”の目撃情報があった。
国はすぐ封鎖して揉み消したがな」
俺は、その地図をまじまじと見つめた。
今のところ、唯一の手がかりだ。
場所は王都から東へ三日。
森に入るには、周囲の村を抜ける必要があるらしい。
「魔物の巣窟だぜ? 行くなら……覚悟しな」
「……とっくにできてる。
行かないと、俺、死ぬんで」
◆
三日後。
問題の“古竜の森”へ向かう道中、俺はひとつの村に立ち寄った。
そこで出くわしたのは――絶叫と黒煙。
「村が……襲われてる!?」
視界の奥で、地を這う巨大な爬虫類。
地竜の亜種“バルゴア”――B級魔物だ。
この世界では滅多にお目にかかれないはずの存在が、なぜか村を蹂躙していた。
「ちくしょう、こんなとこで迷ってる暇は……!」
――警告:魔素残量12%
神霊核の表示が、俺の脳裏に赤く浮かぶ。
使えば確実に減る。下手をすれば死ぬ。
でも。
目の前で泣き叫ぶ子どもたち。
必死に守ろうとする村人たち。
「……誰かの命が消えるのを見てるだけなんて……ごめんだ……!」
右手を掲げる。神霊核が発動する。
「神剣展開、《エルナ・レイザ》!」
空間が割れ、純白の光剣が俺の手に現れる。
一閃。
――地を這う魔獣は、斬光とともに崩れ落ちた。
◆
「救世主さま……!」
「なんという御力……!」
「これが……伝説の加護か!」
気がつけば、俺は村の真ん中で囲まれていた。
老人たちは手を合わせ、子どもたちは目を輝かせる。
だが。
その裏で、俺の体はすでにガタガタに崩れかけていた。
熱い。内側から焦げるように。
魔素残量は……残り5%。
これ以上は、もう何もできない。
「早く……行かないと……」
古竜の森の奥にいるという、最後の希望。
“レッドドラゴン”に、俺の命運はかかっている――!
――【転】魔素の浪費と限界
村を守った代償は、あまりにも大きかった。
神霊核による魔物撃退から、わずか数時間後。
俺の体は、急激に“崩れ始めた”。
まず、視界。まるで万華鏡みたいに、現実がゆがむ。
耳鳴り。内臓のきしむ音が聞こえる。
皮膚――
鏡に映る自分の顔に、細かい“ヒビ”が入っていた。
まるで、陶器が砕ける直前みたいに。
「っ……くそ……!」
体が熱い。燃えるようだ。
だがそれは、生命力ではない。魔素の暴走だ。
脳裏に、赤い警告が浮かび上がる。
《神霊核:魔素残量 5%》
《次の行動で構造崩壊の危険あり》
その直後、あの“精霊の声”が、また響く。
「これ以上、能力を使用した場合――あなたの肉体は、構造的限界を超え、自己崩壊します」
「……マジかよ……」
チート能力。
万能の力。
だけどそれを使うたび、命が削れていく。
“魔素”さえあれば、神のような存在でいられる。
でも、“魔素”が切れたら――ただの燃えかすだ。
なぜ、こんな仕様なんだ。
なぜ、俺は“喰わないと死ぬ”システムに選ばれた。
汗が噴き出す。視界が赤黒く染まる。
“あと数時間”が、限界。
このままじゃ、ドラゴンにたどり着く前に――俺の方が砕ける。
「クソッ……こんな世界、何が平和だ……!」
魔素。
特級魔素。
ドラゴンの魔素。
早く、喰わなきゃ……。
――【結】レッドドラゴンとの邂逅
古竜の森。
濃い霧と、ねっとりした瘴気の中を、俺はふらつきながら進んでいた。
体温は下がりきっているのに、意識だけが異様に冴えている。
どこかで木々の枝が揺れた音がした。
風じゃない。生き物の気配――
そして、開けた場所へ出る。
朽ちた神殿跡。その中央に、それはいた。
全長十数メートル。褪せた紅の鱗。
両翼は裂け、片目は閉じている。
――レッドドラゴン。
明らかに老体。かつての威厳の残滓をまといながら、今はただ、石の上に横たわっている。
俺は息を呑んだ。
ようやく見つけた。
やっと、間に合った――
その瞬間、脳内に赤い閃光。
《神霊核:対象種確認。捕食条件、成立》
《戦闘状態へ移行》
《最適武装展開》
「や、やめろ……! まだ……!」
叫ぶ暇もなく、体が勝手に動き出した。
神霊核が、自律戦闘を開始したのだ。
拒否はできない。こいつは“喰らわなければ死ぬ”ようにできている。
――老いたドラゴンが、のろりと頭を上げる。
その瞳。衰えた中にも、どこか寂しげな光があった。
戦う気は――なかった。
だが、遅かった。
「神刃・連結《八重鋒陣》!!」
自動展開された神技。空間に現れる八本の刃が、円陣を描くようにドラゴンを包囲。
次の瞬間、激しい熱風と斬撃が交錯する。
吠えるような風圧。赤い鱗が、数枚、剥がれ飛ぶ。
それでもドラゴンは反撃しない。
老体の身に鞭打つように、ゆっくりと立ち上がる。
口を開き、細く鳴いた。
……悲鳴でもなく、怒りでもなく。
まるで、「終わりを受け入れるような声」だった。
俺は――
歯を食いしばりながら、叫んだ。
「やめろッッ!! 俺は……こんなことがしたいんじゃ……!」
けれど。
止まらなかった。
それが、“神霊核”という力の宿命――
刃が、最後の一閃を刻んだ。
レッドドラゴンの巨体が崩れ落ちる。
燃えるような紅の瞳が、俺を見ていた。
何も言わずに、ただ、静かに目を閉じた。
その直後。
神霊核が再び反応する。
《捕食対象、無力化完了》
《魔素吸収不能》
《状態:臨界》
「吸え……ない……? なんで……!」
息が詰まる。視界が白く、遠くなっていく。
神霊核が、吸収だけでは足りないと告げる。
“摂取”――つまり、“食べろ”と。