表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

第1話:転生したけど使い道がない

――【起】過労死 → 異世界転生

 


 ──ピピピピピ。


 


 モニターのブルーライトが、目の奥にじわりと焼きつく。


 午前3時27分。

 東京・新宿、某IT企業。

 騒音のない密室で、俺はキーボードを打ち続けていた。


 


「……はは、あとエクセル八枚……余裕だな」


 笑ったつもりだったが、口元は動かなかった。

 胃が焼け、頭は痺れ、指先は感覚がなかった。


 


 これで何日目だ? まともに寝ていない気がする。

 上司は言った。「終電逃すのは努力不足」って。


 じゃあ、俺は──


 


 そこで、心臓が一発、強く脈打った。


 まるで中から握り潰されるような痛み。

 息が詰まり、視界がぐらつき、世界が斜めに傾く。


 


 ──あ、やば。


 それが最後の思考だった。


 



 


 次に目を覚ましたとき、そこは……「空」だった。


 


 真っ白な空間。上下も距離もない不思議な場所。

 そして、目の前には人影──ではなく、どこか精霊的な存在が浮かんでいた。


 人とも神ともつかない、光の塊が、ふわふわと浮いている。


 


「……お疲れさまでした」


「……え?」


「あなたの魂、限界超えてました。ブラック耐性S。ある意味で英雄級」


 


 声は優しく、どこか事務的だった。

 神なのか? 天使なのか? その正体は不明だが──


 


「異世界転生、適合条件クリアです。

 あなたには特別に、“神霊核しんれいかく”を付与しましょう」


 


「し、神霊核……?」


 


「そう。思念操作、現実改変、自己再構築、空間生成……。

 なんでもできます。“万能”です」


 


 ……まるで、ゲームのチートコードみたいだ。


 でもそれを聞いても、俺は思わず苦笑した。


 


「死んでから、人生ガチャの当たりが来るとか……皮肉すぎだろ……」


 


「おめでとうございます。

 なお、転生先は“ゆるふわ観光王国・ルカノア”。

 魔王も戦争もない、超平和国家です」


 


「は? チート能力いらなくね?」


 


 俺のツッコミを無視して、光の精霊はニッコリと(気配で)笑った。


 


「それでは──異世界ライフ、どうぞごゆっくり」


 


 そして次の瞬間、光が爆ぜ、俺の意識は宙に溶けていった。


 


 



 


 ──転生先、ルカノア王国。


 


 のどかな田園、ぬるい気候、人懐っこい笑顔。

 驚くほど優しい世界に、俺は着地した。


 


 だが──そこには、重大な問題があった。


 


「この世界、マジで使い道がねぇ……!」


 


 超万能の“神霊核”を手にした俺。

 でも、この世界には争いがない。


 ギルドの仕事も、温泉ガイドやパンフレット配りばかり。


 


 かくして、俺の“チート能力”は、何の役にも立たないまま眠ることになるのだった──。



――【承】平和すぎる世界

 


 異世界に転生した俺は、すぐに「歓迎式」なる儀式を受けた。


 ……といっても、王国の偉い人が「ようこそ観光立国ルカノアへ!」とやたら明るく挨拶してくれるだけだったけど。


 


 この国、ルカノア王国は“世界一平和な国家”らしい。


 戦争? ない。

 魔王? 歴史上存在せず。

 盗賊? 基本いない。現れてもすぐ捕まる。


 


 人々は、朝はパンケーキを焼き、昼は観光客をガイドし、夜は星空を眺めて寝る。


 そんな“絵本の中”みたいな毎日が、この国の標準だった。


 



 


 で、俺はというと──


 


「いらっしゃいませー。ルカノア温泉郷、こちらでーす!」


 


 冒険者ギルド所属、“観光サポート部門”勤務。


 やってることは、ほぼ旅館の呼び込み。


 


 他にも、


【仕事内容】:パンフレット配布


【クエスト名】:猫探し(※実績あり)


【特別任務】:地図のルート修正


 


 ……いや、まあ。

 世界が平和なのは素晴らしいんだ。命の危険もないし。


 


 けどなぁ……。


 


「俺の力、猫の名前を検索するくらいしか使ってない……」


 


 “神霊核”って、万能チート能力だぞ?


 任意の物体を構築し、元素を再編成し、精神波すら操れると説明された。


 なのに、今の俺の用途は──


猫の名前を思い出すための記憶再現


温泉の成分を勝手に分析して、お客さんに説明


パンフレットが足りない時に、即座にコピー生成(※怒られた)


 


「なにしてんだ、俺……」


 


 転生初日こそ「チート能力キター!」とテンション上がっていた。

 けど、蓋を開けてみればこのざまだ。


 


 神霊核が完全に「便利グッズ」扱いされている。


 おまけに、観光客のじいちゃんに「魔法少年くん」とか呼ばれてるし。


 



 


 そんなある日。

 俺はふと、体に“違和感”を覚えた。


 指先がピリつく。喉が乾く。胸の奥がザラつくような感覚。


 


「……なんか、変だな」


 


 頭がボーッとして、思考がまとまらない。


 それでも無理やりギルド仕事をこなしていたが、夜になって──


 


 ──ドクン。


 


 突然、胸の奥で何かが“脈打つ”ように響いた。


 ……心臓、じゃない。

 それはもっと深いところ。魂の核に触れるような──


 


《神霊核:警告──魔素維持燃料、残量わずか》


 


「……は?」


 


 空間に文字が浮かぶ。俺の脳内に直接、声が響いた。


 


「使用者へ告知。

 神霊核の維持には、“魔素”の定期補給が必要です。

 現在、残量4.8%。速やかな補給を推奨します」


 


 魔素? 補給? なんだそれ?


 今まで何の問題もなく使えてたじゃないか。


 


 だが次の瞬間──俺の体がぐらついた。


 


 視界が歪み、膝が崩れる。

 呼吸が浅くなり、全身から冷や汗が吹き出す。


 


「おい……なんだよこれ……!」


 


 必死に立ち上がろうとするも、体が言うことをきかない。


 そして再び、あの声が淡々と告げた。


 


「維持魔素、緊急補充が必要です。

 対象候補:高濃度魔素種──ドラゴン」


 


 その言葉が、俺の“平和ボケ転生ライフ”を真っ二つに割った。





――【転】突然の異変

 


 その異変は、ある日の昼下がりだった。


 観光案内板を修復していた俺は、急に足元がグラリと揺れたような錯覚に襲われた。


 


「……ん? なんか変な感じが……」


 


 目の奥がチカチカする。

 喉が渇いて息苦しい。熱がこもるような不快感が全身を包む。


 


 何より、胸の奥が“ギリギリと軋むように”痛んだ。


 まるで心臓とは別の臓器が、ゆっくりと死にかけているような感覚。


 


 ──そして、脳裏に声が響いた。


 


《神霊核:魔素維持燃料の枯渇》

《機能低下中。緊急補充を推奨》


 


「……っ、なんだ……これ……!」


 


 システムメッセージのような文字列が、視界にじわじわと浮かび上がる。


 息ができない。体温がどんどん上がる。

 景色が、ぐにゃりと歪んでいく。


 


 そして再び、あの“転生時に出会った精霊の声”が聞こえてきた。


 


「使用者・相馬 敬。

 あなたに付与された“神霊核”は、高出力型チートシステムです。

 維持には、特級魔素の定期摂取が必須です」


 


「特級……魔素……?」


 


 床に膝をつき、俺は必死に呼吸を整えながら問い返した。


 精霊の声は変わらず、静かに、冷静に続ける。


 


「この世界において、特級魔素の最適供給源は――

 《ドラゴン種》です」


 


「……は、あ?」


 


 冗談じゃない。

 ドラゴンって、あの伝説の生き物だろ?


 ギルドの掲示板でも“絶滅危惧”って書かれてたぞ?


 


 けど、その疑問を押し流すように、激痛が走った。


 


「がッ……あ……ぁあああああっっ!!」


 


 全身が焼けるように熱い。

 骨の奥がギシギシと軋み、皮膚がヒリついて崩れていく。


 


 俺の体は、チートの代償を“現実の痛み”として突きつけてきた。


 


「繰り返します。

 神霊核の維持には、“ドラゴンの魔素”を摂取してください。

 さもなくば、あなたは崩壊します」


 


「ふざけんな……そんな話、聞いてねぇよ……!」


 


 体を引きずりながら、地面を殴る。


 だが、どうあがいても“燃料切れ”は止まらない。


 “神”からもらったチートは、まさかの高燃費・ハイリスク型だった。


 


 力を得た代償は、「ドラゴンを喰らい続けること」。


 


「チートって、そういう……もんだったのかよ……!」


 


 だが、悔やんでも仕方ない。


 生きたいなら、探すしかない。


 倒して、喰らって、生き延びるしか――ない。


 ――【結】ドラゴンを探す決意

 


 意識が戻ったのは、ギルドの医務室だった。


 ギルド職員のミナが青い顔で看病してくれていたらしい。


 


「……ひとまず回復はしてるけど、しばらくは安静に……」


 


 そう言われたが、俺の頭の中はそれどころじゃなかった。


 “神霊核の維持には、ドラゴンの魔素が必要”


 ──つまり、「食わなきゃ死ぬ」。


 


 これがチートの代償? 笑えねぇ。

 俺、別に世界を救う英雄じゃないぞ? 観光案内係だぞ?


 


 でも、現実は変わらない。

 このままでは、崩壊するだけの余命ゼロ生活。


 



 


 回復直後、俺はギルドの依頼掲示板に駆け込んだ。


 


 ドラゴンに関する依頼。討伐でも調査でも何でもいい。

 だが──


 


「……掲載停止中? は?」


 


 そこに貼られていた紙には、こう書かれていた。


 


【王国法令 第204条】

“ドラゴン種は自然保護対象の絶滅危惧種につき、

あらゆる接触・狩猟・干渉を禁止します。”


 


「……おいおい、マジかよ……」


 


 守られてんのかよ、ドラゴン。

 観光保護の対象って、そういう意味かよ……!


 


 俺が求めてるのは観光じゃねぇ、生存なんだ!


 



 


 でも、誰に何を訴えても無駄だった。

 王国は平和で、法律は徹底して守られる。


 誰も“ドラゴンを狩ろう”なんて思わない。必要がないからだ。


 


 じゃあ俺は?

 この世界に必要とされない異物は、静かに死ねってか?


 


 ──ちくしょう。


 


 涙が出そうになった。

 でも、代わりにこみ上げたのは、熱だった。


 


 死にたくない。ただ、それだけだ。


 


 家族に会えないまま死んだ俺が、ようやく与えられた新しい人生だ。


 ここで終わってたまるか。


 


「見つけて……倒して……喰うしか、ない……!」


 


 生き延びるために。


 世界の理不尽を、力でこじ開けるために。


 


 俺は決意した。

 ドラゴンを探し、狩り、喰らい、生き延びる旅を始める。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ