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短編

黙れオマエラ地雷です

作者: 猫宮蒼



 とある作品の世界に転生した、と気づいたのは幼い頃だった。

 彼は前世でその作品をこよなく……と言っていいかは微妙だがそれなりに好きだった。

 この展開はどうなんだ? と思うような部分もあったけれど、そういった駄目な部分含めて楽しんでいたし、そういう意味では好きだったのだと言えるだろう。


 そんな作品の登場人物になっていた事に気づいた彼は、

「よし、それじゃきっちり原作通りにこなさないとな」

 と謎の使命感を発揮した。


 アルファドは帝国の騎士の家系に生まれ育ち、成長した自身もまた騎士となる。

 そうして敵対した国との戦いの中で、最後は戦死するのだが。


 惨めに死ぬわけでもなく、清々しい戦いの末の死。


 人間どうせいつかは死ぬのだから、最後がそうであるのなら、それはなんて満ち足りた事だろうか、と思ったのだ。


 前世は確かに平和だったけれど、でも精神的な不安は常に付き纏っていた。

 平均寿命が延びて長生きする人が増えた。けれど、結婚をしない人たちも増えて、老後は子供や孫がいるでもない人もたくさん増えた。

 独居老人、孤独死か。なんて新聞の見出しは数えきれないくらい見た。


 一人で生きていく事がダメとは言わないが、それでも最期に独りぼっちは寂しいな、と男は思っていたのである。

 結局前世でどういった死に方をしたのかは覚えていないけれど、だが、そこまで長く生きた気もしなかった。

 まぁ今更何をどう思ったところで、生まれ変わった事実は変わらないしこの先の展開を知っているのであれば、それに従おうとも思っていた。


 確かに最後は戦って負けて死ぬにしても。

 けれども、その先の展開は、作品として見るのなら間違いなくハッピーエンドなのだ。

 その結末を見届ける事ができなくてもそれがわかっているのなら、後悔しないというものである。


 下手に自分が死にたくないと展開を変えた結果、もっとひどい事になるかもしれないと考えるとまぁ原作通りに進めた方がいいよな、となったのだ。


 確かにいくつか気になって突っ込みたくなる部分はあった。

 けれども、駄目な部分もひっくるめて男は原作を愛していたのだ。


 そう、彼に自覚はないけれど好き、とか通り越して完全なる原作厨と言っても過言ではなかったのである。


 とはいえ、アルファドは自分のキャラの人生すべてを理解していたわけではない。作中に無い部分は当然知る由もない。

 だがしかし、原作での展開を思い返して、こういうキャラだからこそあの時ああいった言動をとったのだろう、という程度には把握できていたし、そういった大まかな枠からはみ出さなければ何とかなるだろうと思っていた。


 幼い頃はそれなりにのびのび育ちつつも、成長するにつれて帝国の騎士となるのだと意志を強くしその為の努力を惜しまない。

 そういった、どこまでもまっすぐなキャラを目指せばまぁ大体原作通りだった。

 時としてふと不真面目な部分も出すけれど、それだってちょっとしたアクセント程度だ。

 露骨に規律違反をするでもなく、周囲から見てもまぁそれくらいの戯れなら、と目こぼしされる程度。


 別段おかしな語尾だとかをキャラ付けでする必要もなく、男がアルファドとして生きていくことはそう難しいものではなかった。



 ところがだ、アルファドは原作通りに事を進めようとしていたのに、唐突にイレギュラーが発生した。


 騎士となってから、彼は手柄を打ち立て皇子の側近になるのだが。

 同じ時期に側近に取り立てられた相手が、アルファドにとって最高の相棒と呼ぶようになるくらい重要な相手なのだが。


 なんでか普通にいるのだ。

 まだそんな時期じゃないのに。


 原作でも別に幼い頃から知り合いだった、とかそういう事は一切ない。

 側近になった時が初めましての初対面である。


 思わずアルファドが湖面のような透き通ったアイスブルーの瞳をぱちくりとさせるのは仕方のない事だった。

 同時期に側近となりアルファドにとって最高の相棒だと言って憚らない相手の名を、ヴェルンといった。

 彼は身分こそ低いが、実力主義の帝国においてめきめきと頭角を現し皇子の目に留まったのだ。


 とはいえ、まだ騎士となる以前の状態なのでそんな雰囲気は一切ないし、なんなら人好きのしそうなにこやかな笑みで「よろしくな!」なんてアルファドに言う始末。


 えっ、何これ。どういう事? とアルファドが内心で思うのも無理はなかった。


 ヴェルンは人懐こい少年で、よくアルファドに声をかけては遊びに誘ったり将来騎士を目指すからという事で鍛錬に誘ったりもしてきた。


 遊びはともかく鍛錬は一緒にいてもいいだろう、と思ったのだが、なんというか距離が近い。

 パーソナルスペースとか気にしないタイプなのだろうか、とも思ったが、それにしたってアルファドに対しての距離が近すぎる。気付いたら近くにいるのだ。


 あまりにもおかしい。


 原作でヴェルンとは側近になった時に会うわけで。

 出会ってから話の中でアルファドが死ぬまでの間の期間はそう長くはない。

 だが知り合った時間がなんだとばかりに二人は意気投合し、まるで昔からの親友だったかのように息の合った動きでもって敵を翻弄し倒して武勲を重ねていくのだ。


 そう、知り合った時間が短くとも、幼い頃からの親友だったと思われるくらいに二人の相性が良いのは言うまでもない。原作がそれを証明している。

 けれども、では今のこの状況はなんだ? となる。


 この状態で騎士になって、二人が側近に取り立てられるのであればそれは。

 幼馴染として息の合ったコンビネーションを発揮できるだけの騎士ではないか。


 確かに作中で、息はピッタリだったけれどそれでも何度かはタイミングを合わせられず意図せぬピンチに陥る事もあった。知り合った時間がもっと長ければ、もしかしたらそういうミスはなかったのかもしれない。

 だが、それは必ずしもといったものではない。

 知り合った時間が短かろうが長かろうが、上手くいく時はいくし駄目な時は何やったって駄目なんだし。


 作中でそうだったように、まだ幼い段階からヴェルンとの息はピッタリだった。

 このまま成長したら、きっと原作以上に強くなるのではないだろうか、とも思ったのだ。


 だがしかし。


 ある日の鍛錬が終わった後。


「俺たちずっと一緒だよな?」


 何かの会話の折にそんな風にヴェルンに言われて。


「気持ち悪い」


 アルファドは咄嗟にそう返していた。


「あ、わ、悪い、今のはなんか、女々しかったな……」


 と困ったように笑うヴェルンにアルファドも「こっちも言い過ぎた」とは言ったものの。


 アルファドの中で一つの仮説が浮かび上がった。



 つまりこいつも転生者じゃないか? というやつだ。


 アルファドは自分がそうだと自覚してから、原作の通りに話を進めるつもりであった。

 だが、他にも転生した者がいたとして、必ずしも彼ら彼女らがそうだとは限らない。

 原作でどうしても納得できない部分を変えてしまおう、と思った者がいるかもしれないし、原作で死んでしまう相手をどうしても救いたいと思う者がいてもおかしくはない。


 では仮に、ヴェルンが転生者だったとして。

 彼の狙いは何であろうか? と想像する。


 この作品はそれなりに人気があって、二次創作界隈もそれなりに賑わっていた。

 男性向けも女性向けも。

 どちらかといえば女性に人気のジャンルだったかもしれない。内容はどっちかといえば女性向けではない気がするのだが、登場人物の男性は確かに女性ウケしそうではあったのだ。


 考えて考えた末に、アルファドはもしやヴェルンの中身は腐ったお嬢さんか? と思い始める。


 女性向け二次創作だと野郎同士の恋愛がやたら人気だった。

 その中でも、アルファドとヴェルンの人気はかなり高かったと思われる。

 とはいえアルファドは前世でそういったものをあまり嗜まなかったので詳しくは知らないが、それでも二次創作にありがちなあれこれはふわっと把握している。


 物語の舞台が現代でない場合、現代を舞台にしたパロディがあるのも知っていたし、あえてキャラを性転換させたりするのがあるのも一応把握はしていた。

 性癖の数だけ色々ある、と友人に言われそういうものかと受け入れ納得しただけで、それ以上の深淵を覗こうとは思わなかったが。

 腐海は未知の世界だった。これだけは言える。


 最高のパートナーと言われるくらいの二人だった。

 男性同士の恋愛ネタにされるのはまぁ、そうなれば仕方のない事だったのかもしれない。

 確かその中に、もしもの話、IF展開とかそういうのを妄想するのもあった。

 アルファドとヴェルンの場合、もし二人が幼馴染であったなら、というネタが多くあげられていた気がする。


 もっとずっと昔からパートナーしてたらあの戦いも勝てたかもしれない、とかの無念からくるものであったり、はたまた普通に幼馴染としての二人の絡みが見たいという欲望からくるものであったり。


 そういう風に見方を変えて考えると、なんだかとてもしっくり来たのだ。

 ヴェルンがやけにアルファドにべたべたしてくるのが。


 アルファドは生まれが帝国の貴族で、まぁそれなりに顔も整っているし周囲の女性ウケもいい。

 そんな女性からちょっと熱のこもった視線をもらったりだとかすれば、自分に気があるかどうかはわかるというものだ。前世だったらきっとわからないままだっただろうに。


 ヴェルンはてっきり親友としての距離の近さだと思っていたのだが、しかしそうやって考えるとまるで自分に恋焦がれたお嬢さんみたいな部分が確かにあった。

 とはいえ、流石に本人に確認したくはなかった。

 前世女性で腐女子でしたか? なんて聞けるはずがない。


 一部のオタクは理解者だと判断したら初っ端からフルスロットルでエンジン全開にするタイプもいるので、下手にこちらが理解者だと思われたらBLオッケーな人だとみなされてしまうかもしれない。

 前世も今もアルファドは普通に女性が恋愛対象なので、いくらいい奴だろうと相性ばっちりだろうとヴェルンの事は親友どまりである。間違っても恋愛対象にはならない。


 もっとこう、前世の自分が戦国時代に生まれて衆道は嗜み、とか言える価値観だったらともかくそうではないのだ。いくら性差がどうだの多様性がどうのこうのと言われても前世も今もアルファドは普通に見た目も中身も女性が対象なので。



 仮にヴェルンの中身が腐女子で心は乙女でぇす、とか言われてもヴェルンの身体はどう見たって野郎なのだ。

 仮にそう言った関係になったとして、どっちがどっちに突っ込むんだ棒を、という話である。どっちがどっちでもアルファドからすれば冗談ではない。ノーサンキュウである。


 推しが仲良くしてるのを壁になって見守りたいタイプであれば良かったのだが、しかしヴェルンの行動を思い返すと積極的に自分とカップリングしようとしているように思えてくる。鍛錬後のシャワーとか一緒に入る? とか言われたりしたのも何かそういう展開を狙っているように思えてきた。

 シャワールームとか二人で入るには狭いだろうと普通に断ったけど。


 仮に広々としていたとして、野郎二人で全裸でいたとしても間違っても自分がヴェルンに欲情する事はないのは言うまでもない。



 なんというかそんな考えのせいで、ヴェルンとこのまま一緒にいていいのか? という気しかしなくなってきた。

 最高の相棒、黄金ペア、何かそんな風に言われていた二人ではあるけれど、しかし本当にこのままいってその通りになるか? と聞かれるとアルファドにとっては疑問しかない。

 ヴェルンはアルファドの最高の相棒になろうとするだろうけれど、アルファドの中でちょっと勘弁してほしいな、という気持ちが芽生えているので正直距離を取りたくて仕方がない。


 原作の通りに進めるのなら、側近になるまで距離をとってもいいだろうとは思うのだが、しかし既に知り合ってしまった。再会した時に、向こうがどう出るかわからない。アルファドのこの考えがただの杞憂で済めばいいが、再会した時に運命だとかそんな風に演出されても面倒だし、長い間会えなかった分これからはよろしくな、なんて言われて付き纏われる可能性も考えられる。


 前世のままの自分なら自意識過剰か、で笑い飛ばせたがしかし今の自分はアルファドで、帝国貴族の一人で、なんというかそれなりにおモテになると言っても冗談にもならず普通に事実なのだ。

 多少なりとも危機感が出るのは仕方のない事だった。


 どうにか原作展開で進めたいけれど、その最大の懸念材料が相棒であるヴェルンとか、これ大丈夫か……? とアルファドは頭を悩ませる事になったのであった。



 さて、そんな中、それでもどうにかやんわりとボーイズラブな展開にならないようにしつついずれ皇子の側近となるべく鍛錬を重ねていたのだが。



 もう一人、イレギュラーが現れた。


 彼女の名前はカレン。


 こちらも原作に登場するキャラの一人ではあるのだけれど、重要なキーパーソンというほどでもない。


 ただ、皇子の側近になってから、つまりはヴェルンと知り合ったのと大体同時期に知り合う女性である。


 アルファドとほのかに良い仲になりつつある女性であった。

 とはいえ、アルファドは最後戦場で死ぬので、彼女は帰らぬ人となるアルファドを待つ事になる女性であり、またきっと後からアルファドの死を知り悲嘆にくれるだろう存在である。


 良い仲、といっても恋人とまではいかなかった。

 ただ、お互いがお互い淡い想いを胸に秘めているような、傍から見てオマエラはよくっつけ、と言いたくなるようなじれったい関係。

 この戦いが終わったら、伝えたいことがあるのです。なんて明らかなフラグを立てて回収していくのだ。


 もしカレンとの出会いがもう少しだけ早かったなら。

 もし最後の戦いに赴く前にもう少しだけ仲が進展していたのなら。


 きっとアルファドはあの戦いで何が何でも生きて帰るという執念を持っていたかもしれないし、その結果生きて帰った可能性もあった、とはこれまた二次創作を嗜む人たちの考察である。


 つまりカレンはアルファドにとって何が何でも生きて帰ると思わせるだけの執念を抱かせるまでの情を作るに至らなかったのだ。


 アルファドが死ぬ時、死ぬときはもっと惨めに、死にたくないと思うような死に方になるのだろうと思っていた。ところが全力を出し切って負けて、そうして命が終わろうという時彼にあったのは何もかもをやりきったという充足感。

 アルファドは最期、笑って逝ったのだ。

 カレンの事など思い出す事もなく。


 戦いの途中で、もし未練となって彼女の存在がちらついていたのであれば、違った展開になったかもしれない、と思われるのもまぁ納得はできた。



 だがしかし、こちらもまさかこんな早くに出会うとは思っていなかった。


 そりゃあ、自分が転生者で、恐らくヴェルンも転生者、とくれば他にもいたとして何もおかしくはないのだけれども。


 確かに出会うタイミングがもうちょっと早ければ、二人の仲は進展して恋人になっていたかもしれないし、婚約者になっていた可能性もある。そうなれば、最後の戦いでアルファドだって遺される者たちについてちらっとでも考えただろう。

 原作のアルファドはカレンの事も家の事も特に思い出さなかったようだけど。

 ただ、戦場でヴェルンと二人、敵対していた相手と全力を出して戦って、二人して死ぬ。

 アルファドにとっては、それが、その人生の幕引きが最高で最良だった。それだけの話だ。


 今更だけど、ヴェルンはそれでいいのだろうか? とも思った。

 自分は原作の通りに話を進めたいからそこで死ぬことに何の問題もないけれど、ヴェルンは。

 あれは、自分と最後一緒に死ぬことを果たして良しとしているのだろうか?


 まぁ最後がそうだとわかっているからせめて生きてる間は……と考えている可能性もある。どのみち本人の口から転生者であるなんて話はされていないし、今後についてなんて先の話すぎて考えてるかどうかも疑わしい。


 いや、もしかしたら。

 ヴェルンの中の人が本当に腐女子で、そういう終わり方もエモーい! とか思ってたら軽率に死にに行く可能性はある。それはそれで何か嫌だが。


 いくら原作に忠実にいきたいとはいえ、最高のパートナーだと思っている相手がそんな考えでもって一緒に逝くとかそれは少しというか大分解釈違いなので。



 カレンもまた、今のうちに幼馴染としてアルファドとの仲を深めようとしてるようではあった。


 だがしかし、アルファドの中身は今本当の意味でのアルファドではない。どちらかといえば原作厨である。だからこそ本来のアルファドならどう行動するか、を常に念頭に置いて行動しているほぼアルファドではあるのだが、真の意味でのアルファドではない。なんだかややこしいが。


 そんなアルファドが、どっちが受け攻めかは知らんが内面ボーイズラブしようとしてくる暫定腐女子と、出会いを早めてさっさと恋人になりたい恋愛脳ヒロインもどきに好意を持つか、と言われると。


 まぁ、持つはずもなく。



 大体の話。


 もう少し早く出会っていたならば、と思うのはあくまでのその作品を見ていた者たちの想像であって必ずしもそうなるというわけではなかった。公式からそういう情報が投下されていたわけでもない。

 だから、それはこの作品を好きだった人たちのちょっとした願望にすぎないのだ。


 人生にはタイミングというものが存在する。

 確かに、あと少し早く出会っていれば、と思うような出会いは確かにあるけれど。

 もし本当に早くに出会えていたとして。

 その後理想の関係になれるかどうかは確定していないのだ。


 実際アルファドは早められた出会いのせいで原作から展開がずれている事に忌々しさを感じていたし、そうなればいくら原作で好意的な関係であった相手だろうとももうそんな風に思えるはずもない。


 出会うタイミングはあの時で良かった。

 付き合う時間が短かろうとも、付き合いの濃さで二人が関わってきたのであったのならば。

 もしかしたらその時なら、アルファドだって多少考えを改めたかもしれなかったのに。


 ヴェルンとカレンは本来ならばお互い出会う事はなかった。

 アルファドと知り合ったのはほぼ同時期ではあるけれど、行動範囲が異なるためにヴェルンとカレン、という二人が遭遇し何やら話をするような展開などあるはずもなかった。

 だがしかし、二人して幼馴染の立場を獲得しようとしたがために、二人は出会う事になったのである。


 片や現実にBL持ち込んでんじゃねぇよと凄み、片やはぁ!? 夢小説でも実践してんのキッモ! と凄み。


 まぁ両者実に醜い争いである。

 ここでどっちもキモイわ、とか言おうものならきっとあの二人は突然結託してアルファドを敵とみなすのだろう。女ってそういうとこある。偏見だろうとなんだろうとアルファドはそう思っていた。


 いっそお前らが付き合えばいいんじゃないか? ってくらい顔を合わせるとバリバリにメンチ切りあって言い合いしてるのだが、一応アルファド本人の前では醜い争いは繰り広げたりはしていなかった。まぁそれでもアルファドはそれを目撃していたし、それを見て「うわぁ」とドン引きしていたのだが。



 こんなんだったらもう原作に忠実とか無理かもしれん……とアルファドは嘆いた。


 それでもまだ希望を捨てきれなかったのだが。


 だがしかし、とっくに原作は崩壊していたらしい。まぁ今更だが。



 ある日、カレンに言われた。どうせなら早いうちに結婚しませんか? と。

 確かに原作で、もしアルファドが死なずに帰っていたのなら。間違いなく二人はそういう関係になっていただろう。だがしかし、今現在の二人の関係は一方的にカレンがアルファドに言い寄っているだけでしかない。

 原作のカレンとこのカレンは最早別物だ。アルファドが愛する事はまずもってない。

 だというのにカレンはアルファドが自分と結ばれるのは絶対だと信じて疑ってすらいない。原作をぶち壊すような事をしておいて。


 そもそも、カレンとアルファドは身分が異なる。

 アルファドは帝国貴族だが、カレンは実のところ貴族ですらない。ただ、カレンの家は貴族と関わる事もあるからアルファドと知り合えたに過ぎない。


 原作で二人の仲が中々進展しなかったのは、そういう事情もあった。

 だが、今は。


 今のカレンは。


 アルファドと親しいわけでもないのだ。


 そのくせ貴族相手に突然自分を嫁にしろとばかりの言い分。

 それが、本来ならばどれだけ自分の立場を危うくする発言なのか、カレンはさっぱり理解していないようだった。


 だからこそ、処分するのに躊躇いはなかった。


 いくら貴族だからとて、民を気軽に殺すような事は流石に許されていないのだが、それでもこの場合は許された。まず貴族でもないカレンは貴族であるアルファドに結婚しろと言い寄った。これが恋仲であったなら話はまた違ってきたのだが現状アルファドとカレンはそういった仲にすらなっていない。

 貴族の地位を欲した女が強欲にも貴族に言い寄り、果ては家を乗っ取ろうとした、ととられてもおかしくない程の事だったのだ。


 カレンの中ではいずれそうなると確定していた事だったとしても。

 現時点でアルファドはカレンと恋人のようなやりとりを一切していなかった。第三者から見てもアルファドに惚れた女が言い寄っている、という風にしか見られなかっただろう。


 一人の女が己の立場を弁えずにやらかしただけ、今回の件はつまりそういう風に片づけられた。


 カレンの家族には少しだけ申し訳ないな、と思わないでもなかったが、しかしカレンの両親はまさか娘が立場も弁えずに帝国貴族に言い寄っていたなど思いもしなかったようで、逆に娘がとんだ失礼をと謝られてしまった。


 原作のカレンは、確かに自分の立場を理解していた。だからこそ、二人の仲はあまり進展していなかったのだ。ただ、原作でもしアルファドがあの後も生きていたならば、きっと彼は色々な障害を取り除いてカレンを選んだかもしれない……と思わせていただけで。


 カレンという邪魔者が消えたことでヴェルンもまた露骨に態度には出さなかったが、それでも一目瞭然だった。

 俺たちの間に入り込む隙なんてないのにな、なんて言っていたが女を始末したからとてアルファドがヴェルンと結ばれるわけもない。そもそもお前とも別に相棒と言える仲ではないというのに。


 出会った直後は確かにともに鍛錬などもしていたが、ヴェルンの中の人はそういったストイックにひたすら黙々とやらねばならぬ事はあまりお気に召さなかったのか、最近はすっかりサボりがちであった。


 原作ではお互い切磋琢磨しあう関係であったというのに、それをやめてしまったのであれば。


 アルファドにはわかりやすいくらい先が見えていた。



 原作ではお互い出会う以前、それぞれが研鑽を重ね上を目指してきた。

 しかしヴェルンは早々にアルファドと出会い、最初のうちにお互い鍛錬などをしていた時点で、既に相棒の座を獲得したと思い込んでしまった。

 既に二人の実力差は互いが互いに切磋琢磨する以前に、とうに離れてしまったのである。


 ヴェルンは最初、そんな簡単な事にも気づいていなかったが、しかし周囲のアルファドの腰巾着、と言う揶揄する言葉にわかりやすいくらいに動揺した。

 本来ならば二人は息の合った相棒だとかまさに憧れの存在だと言われるほどであったはずなのに。

 しかし聞こえてくる言葉のほとんどは、本来ならば伯仲していたはずの実力はとうに離れ、故にヴェルンは実力者のお零れに与ろうとする腰巾着だと言われている始末。


 そんなはずないよな……? と震える声で、揺れる目で問いかけられたがアルファドは否定しなかった。


「俺はお前がいなくとも問題ないがお前はどうだ? せめて一人で武勇を示せると証明すれば、周囲の声も聞こえなくなるだろう」


 そう突き放せば、ヴェルンは面白いくらいに動揺していた。

 そうして気付いたのだろう。このままではアルファドと同じように皇子に側近として自分が取り立てられる事はない、と。

 焦った人間が何をするかなんてわかりきっている。

 そういう時、人間は手っ取り早く目に見えた功績に縋ろうとする。

 ヴェルンもまた例にもれず焦って参加した戦場で周囲の様子もロクに確認せずに突っ込んでいって、そこで大怪我を負った。

 原作のヴェルンであったなら余裕で手柄を立てていたであろう戦場でだ。


 日常生活にも支障をきたす程の怪我で、騎士を続けるのも絶望的。それ故にヴェルンは帝国騎士を辞する事となった。


 原作よりも早い段階で出会って、アルファドとどうこうなろうと考えた二人は、結局原作以上に悲惨な展開に自ら足を踏み入れたのだ。



 ヴェルンがいなくなった後で、アルファドは原作通りに皇子の側近となった。原作通りでないのはそこにヴェルンがいない事。本来二人いたはずのそこに一人だけ、というのは中々に大変だったけれど、それでも原作の展開にそこまでの変化はなかった――ように思えた。


 原作に無い展開に見舞われたのは、それからすぐの事だった。


 とある戦場。そこでアルファドは皇子に言われていた仕事を済ませ、そうして戻る手筈だった。

 原作にもこの展開は一応あった。そこで、この話の主人公が危機的状況に見舞われる。今更だがアルファドが原作と言っているストーリーの主人公はアルファドではない。彼は敵国側の人間だった。


 昔英雄と呼ばれていた男の血筋。本来はそんな事知らないままだったはずの少年。それが、この物語における主人公だった。

 戦いとは無縁だったはずが、運命のいたずらによってか巻き込まれ、そうして大きな戦いの中に身を投じる事となる、ぶっちゃけると巻き込まれ系主人公である。


 その彼が、こちらの国の兵士に追われていた。

 それは原作にあった展開なので問題はない。

 問題は――


(本来いるはずだった彼の仲間がいない……!?)


 これである。


 この時、原作では主人公は仲間と力を合わせてどうにかこの場を脱出する。既に戦場の一番騒がしい場所からは離れているとはいえ、それでも敵をみすみす逃してなるものかと追う者たちはいたし、実際ここはもう戦場からそこそこ離れた場所であると言ってもいい。

 本当なら、仲間と力を合わせて追手をある程度減らし、どうにかこの場から離脱できているはずなのに仲間がいないから追手を減らすにしても難しく、下手にその場で戦えば囲まれて一方的にボコボコにされるのは明らかだった。相手は一人。戦力はこちらが上。それをわかっているから、主人公を追っている者たちも諦めたりなどするはずがない。


 このままだと間違いなくそう遠くないうちに主人公は逃げ場を失う。

 彼の存在はまだ帝国にとって脅威だと思われていないようだけれど、いずれは脅威となる存在だ。彼の手によって最後、帝国は終わりを迎えるのだから。

 それを知っているのなら、帝国貴族であるアルファドなら彼を見捨てればそれで、帝国は安泰になるとわかっている。けれどもそれは、原作からは随分とかけ離れる展開でしかない。

 既に原作から離れているのはわかっているが、それでも。


 ここで、彼に死なれるわけにはいかない。



 そう思ったアルファドは、本来ならば助ける必要のなかった主人公を助けるべく、自分の味方であろうはずの兵士たちを切って捨てた。


 助けがきた、と思ったその目は一瞬で驚愕に彩られていた。

 どうして味方であるはずの兵士を帝国の騎士が倒しているのか、とかそんな疑問を思い浮かべるよりも早く、主人公でもある少年は咄嗟に動いていた。

 自分を助けてくれているのはわかっている。わかっているのだがしかし――


 それでも彼は、アルファドを手にしていた刃物で刺し貫いた。


 助けたはずの人物に殺されかける、その事実にきっとこの騎士は驚いてどうして、と思うはずなのだ。

 そんなの想像するまでもなくわかりきったことだ。

 それでも、主人公たる少年は躊躇わなかった。


 躊躇ったのは、この後だ。


 ここで彼も死んでいれば、脅威は減る。自分たちの陣営は今はまだちっぽけな存在で、だからこそ帝国というのはとても大きな敵だった。その敵が少しでも減るのなら。

 そう思っていたのだけれど。


 主人公に殺されかけているというのに、騎士である彼はしかし驚きに目を見開くでもなく笑ったのだ。


「……ぁ」


 わかったうえでそれを選んだのだ、と理解した時には。

 彼は地に倒れていた。



 ――さてその後。


 アルファドはなんとしぶとい事に生きていた。

 なんだ死んでなかったのか、とちょっと残念にも思った。

 だってもう原作がそこそこ破綻してる気がしたので、正直もうどうでもいいかなとか諦めの気持ちだって芽生えていたのだ。

 ただ、それでもここで主人公死んだら駄目だろ、という執念でもって助けたのだが。

 あの場にいた帝国の兵たちは皆殺しにしたので、自分が帝国を裏切ったとかそういう報告はされないと思っているけれど、だからってのうのうと帝国に帰って皇子の側近続けるのもなんかこう……と思う程度には思う部分があるわけで。


「目が覚めましたか……?」


 恐る恐る覗き込んできたのは主人公だった。

 聞けばあの後、自分を担いで本拠地まで戻って来たらしい。つまりそれって自分は捕虜とかそういう……? と思いつつもあえてそれについて聞かなかった。どうせ後でわかるだろうし。勿論アルファドが捕虜になるという展開は原作に無い。ないけれど、流石にこの状況からわからないとかは有り得なかった。


「どうして助けた」

「すみません、その、助けてもらったのに殺そうとして。こっちもちょっと必死で」

 あまり動かない首をそれでも動かして周囲を見回す。

 本来ならば主人公の周囲にはたくさんの仲間がいた。

 だがしかしここにはアルファドの他、主人公だけだ。


 有り得ない、と思った。


 彼は、かつての英雄の血を引く存在だ。

 それを御旗に戦いに駆り出された。そんな彼を案じて力になろうと昔からの彼の知り合いや友人が、本来ならばいるのだ。

 こんな、敵国の騎士を連れ帰ってきたというのなら、それこそこちらが彼に何かをするのではと疑って警戒して部屋の隅からこちらを睨みつけている者がいてもおかしくはないはずなのに。


 見回した限りは、この部屋にはアルファドと主人公の二人だけ。


 なんだこの状況、と思うのも仕方のない事だった。



「その、貴方も転生者で?」

「……否定はしない」


 あまりにも直球で言われたために、なんだそれはと知らないふりをするのも躊躇われた。


「一応聞きますけどそのぅ……僕の尻の穴に興味は」

「あるわけないだろふざけてんのか殺すぞ」

「良かったぁ~~~~!!」

「ぐっ……!」


 喜色満面でベッドに寝ているアルファドの上に倒れこむようにした主人公だが、アルファドとしてはそれどころではない。傷口が開いた感触がした。痛い。

「あっ、すいません。つい、嬉しすぎて」

「一応言っておくが自分の恋愛対象または性的な対象は身も心も女性である事が最低条件だ。これは差別ではなく好みの問題だと思ってくれていい」

「わかりますわかります、僕もそうです。いいですよね、女性。やわらかいしいい匂いするし。あとは精神的にメンヘラとかヤンデレじゃなかったらもう顔とか体型とか多少の事はどうでもいい気がしてきました」

「お前……」


 なんかもうそれだけで大体察した。


 思い返せば主人公、見た目はハニーフェイスで一見すると弱そうなのだが、しかしいざ戦いになると勇猛果敢に敵に挑むタイプだ。そのギャップがよい、と人気もあった。

 ちなみに、その外見のせいか二次創作、それも腐女子界隈で彼は総受けだとか言われる存在でもあった。


 先ほどの会話から、もうそれだけで察するしかない。


「もしかしてここに他の仲間がいないのは」

「えぇそうです。彼らも転生者だったんです。そしてなぜか僕にビーエル展開をお望みでした」

「そうか……」


 察するに余りある。


 アルファドは主に腐女子たちからそういう目で見られていたといっても、その相手はヴェルンがほとんどで、極少数、皇子とそういう関係を妄想していた者もいたようだけど、相手は限られていた。

 だがしかし主人公はその限りではない。

 何せ彼は主人公。関わりを持つ相手もそれなりにいて、腐った思考のお嬢さんたちの嗜好によって相手も変わる。ヴェルンのような中の人がそういったタイプの仲間が転生して身近に常にいたのであれば、それはもう大変な苦労をしたのだろうなと言われずとも把握できてしまう。


 ボーイズラブな展開だけを回避するだけで済めばいいが、しかし主人公の周りにはギャルゲーかな? というくらい女性も多く存在するのだ。

 カレンのように自分が主人公と結ばれるのだと思うような相手がいたとしてもおかしくはないし、原作通りの性格をしていればまだしも、そうでなければとても厄介。

 先ほどの言葉から、メンヘラとかヤンデレがいたんだろうなと察するのは余裕だった。


 そうでなくとも原作で主人公は大変な苦労をしているというのに、いらん苦労まで倍増して襲い掛かっているとか、一体どんな星の下に生まれたらそうなるんだ。主人公だからってだけではないぞ絶対に。


「で、そのお仲間は?」

「前の戦いで命を落としました」

「そうか」


「原作はご存じですか? もうこれ詰んでません? どうしたって原作崩壊してますよね」

「そうだな」


 否定はできなかった。


「とりあえず終わりだけはどうにかつじつま合わせておけばいいかなって思い始めてるんですけど、悲しいことに戦力が足りないんですようち。かろうじて、軍師さんは転生者じゃないから普通に協力してくれてるんですけれども……」

「お前は原作通りに進めたかったのか?」

「え? それは勿論。そうなると自分はこの戦いが終わったあと、新たな御輿に担ぎ上げられるけど、その後はもう話も終わった後だから、隙を見てとんずらすればいいかなって」

 象徴みたいなものであって自分が新たな王に、とかそこまでは望んでないし、仮にそうなっても政治なんてできないから傀儡政権になりそうだし。

 ある程度後を任せられそうな人はいるから、終わったらそっちに任せるつもりだったんです。と言われて。


 アルファドはそこまで考えてたけどしかし戦力が不足し始めてそれも怪しくなってきたと嘆く主人公に同情した。


 正直この戦い、帝国が勝つと間違いなくロクな結末にはならない。ますます力をつけた帝国はきっと次に他の国に戦争を吹っ掛けるだろうし、そうなると戦火は広がる一方。

 帝国はあくまでこの戦いに負ける必要がある。

 それもあったからこそアルファドは原作に忠実に行こうとしていたというのもある。


 今の皇帝もそうだが、いずれ皇帝になるだろう皇子も野心家というかなんというか、ここらで一発鼻っ柱を叩き折られでもしない限りは止まらないだろうなと思える人物なのだ。

 仮にまだヴェルンもカレンも生きていたとして。そしてうっかり帝国側が勝利したとしたならば。


 原作では、アルファドとカレンの淡い恋のようなものはきっと育ったかもしれない。けれど、次なる侵略戦争を仕掛けるべく帝国は忙しくなるだろうし、間違いなく穏やかな生活を送るだとかの平和はやってこないと容易に想像できた。


 もしかしたら恐らく転生者だったカレンやヴェルンもそれを踏まえた上で、前倒しに関係を作ろうとしていたのかもしれない。いやどうだろう。何かあの二人は己の欲望第一な感じが凄くしたから何とも言えない。


 一時的だろうと何だろうと平和を勝ち取るには主人公サイドの勝利が必須である。

 ところが主人公サイドも転生者が複数いたせいで、しかも己の欲望をぶつける事に意識が向いてる連中ばかりでとても大変だったらしい。本当だったら頼もしい仲間になってたはずなのに、しかし実態はロクに強くもなければ主人公の事を隙あらば押し倒そうとする頭の中身が発情しっぱなしのサルばかり。


 アルファドの所はヴェルンとカレンしかいなかったので比較的スルーしたり適当に話題をそらしたり相手にしなかったりでどうとでもなったけれど、主人公の所はそうもいかなかったと聞けば、アルファドの主人公に対する同情票が留まるところを知らなかった。可哀そう。自分も大概だったけど、上には上がいるんだな。まぁ自分はその立場になりたいとも思えない上だけど。


 いかに天才軍師を味方につけたといっても、その作戦を実行できる相手が圧倒的に不足しつつある現状。

 本来ならもうちょっと余裕がありそうな主人公たち一団は、発情した転生者たちのせいで戦力が大分少なくなってしまった。というか正直初期の人数くらいしか残っていないときた。えっ、それ勝てる? とアルファドですら不安を抱くレベル。


 帝国側の双璧と言われていたアルファドとヴェルン、という厄介な二人を相手にする展開はなくなったようだけど、それにしたって主人公サイドの弱体化が凄い。


 他になんとか仲間になってくれそうな相手はまだ数名いるようだけど、それにしたって……といったところである。何より、主人公を支え導く兄貴分的立場の奴がいなくなってしまったのが痛い。

 時として主人公の危機を身体を張って守ったり、別行動をして彼らの助けに回ったり、主力でありサポートであった存在がいないというだけで主人公にかかる負担がとんでもなかった。


 仮に今この場にいたとしても中身が発情転生者ならどのみち役に立たなかっただろうけど。



 このままではしかし帝国が勝利してしまうかもしれない。そうなると大陸中に戦火が広がる。

 考えられるバッドエンドがもろ間近に迫っていた。


「……最終的なつじつまを合わせれば、どうにかなるだろうか」

「わかりません。でも、ともあれ勝たなきゃ帝国は止まらないし大陸中が危険に満ちるのは避けたいし……」


 頭を抱える主人公に、アルファドは少しだけ考えた。


「兄貴分的立場を代わりに私がやろうか」

「えっ」

「原作に忠実にいきたかったがこっちもヴェルンが既に退場している。本来ならばそっちと戦うのはもう少し先だが、そっちの戦力は減ってるしこっちもヴェルンとともに挑むなんてのはもう無理だ。

 そして原作に忠実にいきたかったから、自分は最後に全力で戦って負ける予定だった」

「それは、死ぬつもりで……?」

「あぁ、やるだけやって負けて死ぬんだ。悔いもなさそうだっただろう? 少なくとも原作では」


 実力をロクに発揮できないまま負けた、とかであれば後悔もしただろうけれど。

 本当に最後の一滴まで絞り出すくらいの勢いで全力で戦って、その上で負けたのなら後悔も何もしようがない。負けたことに対する口惜しさはあったかもしれないが、それでも。

 それでもアルファドは未練なく逝けただろうと思うのだ。


 だが現状、そんな未来は果たして本当にやってくるのかも疑わしい。

 何故って主人公サイドの転生者どもがこぞって主人公とどうにかなろうとして強くなる以前に頭の中身が発情してたから。

 そのせいで恐らく主人公サイドで外せないイベント戦みたいな部分でまず負けたのだろうな、とは簡単に想像できてしまった。ゲームだったら負けてもリセットするだとか、ロードし直してやりなおしもできただろうけれど生憎ここは転生した以上現実として受け入れるほかない。

 命のやりとりをどうあがいてもやるしかない状況下で、強さを捨てたのであれば。

 死ぬのは当然である。


 聞けば主人公もまた鍛錬だけは欠かさなかったのだとか。そうしないと死ぬしなんだったら野郎に尻の穴を狙われるので。聞けば聞くほど悲しくなってくる。

 途中までは、それなりに戦えていたようなのだ。ただ、途中からもう実力的についてくるのもやっと、となっていったようだけど。


 既にヴェルンが退場しているのだから、ちょっと事態を先倒しにしてアルファドも敗れた事にして、代わりに自分がこちらの戦力を担えばよいのでは? そうすればまぁ、いなくなった連中全部の肩代わりはできずとも、少なくとも原作を知っているアルファドならば、主人公の役に立とうと思えば立てる。兄貴分の代理をするのも可能だろう。それだけの実力はあると断言できる。


 もう、どうあがいてもあのエンディングにたどり着けそうにないのであれば。


 せめて平和的な終わりを迎えるためのつじつま合わせくらいはしておくべきなのだろう。

 とても業腹だが。


 本音を言えば原作通りに進めたかった。

 けれども、きっとあの時主人公を助けようと動いた時点で、自分がそんなことを言う資格は消えてしまったので。


 途中経過がめちゃくちゃになろうとも、せめて最後くらいはどうにか原作に近づけようと思ったのである。



 ――結末は、どうにか無事に訪れた。


 そりゃあ敵対している騎士、それも将軍とかそういう立場になってるやつが突然こっちの仲間になりましたよ、とか他の主人公の仲間たちからすれば、罠では? と疑うだろう。おかげで最初はとてもギスギスしていた。

 けれども、主人公が何より自分を信用してくれていたのと、自分もまた主人公大変だな、の気持ちで労わり手伝いとあれこれやっていくうちに。


 言葉より行動とはよく言ったものだ。


 思っていたより早くにするっと受け入れられた。

 原作だったら絶対にない展開だった。

 これというのも原作崩壊に導いた他の転生者たちのせいだとは思うが、自分も主人公もそこに一枚噛んでしまったようなので彼らだけが悪いとも言えない。


 流石に帝国と敵対する時に堂々と顔を晒すのはなー、と思ったので一応顔はしばらく隠してたけど、それも途中までだった。


 本来なら死んでたはずの戦いは自分は帝国騎士としてではなく、主人公たち反乱軍の一員となっていたのでしれっと生存していたし、アルファドがアルファドとして決してみる事のなかった最終決戦は普通に顔出した状態で挑んだ。

 かつての仲間を裏切った騎士の風上にも置けない奴、という誹りを受けたがそれも致し方なし。


 最終決戦の場となった建物が、皇帝の、皇子の死と同時に崩れ始め主人公たちはそれに巻き込まれる前にと全力で逃げ出した。


「アルファド!」


 自分はさて、どうしようかと悩んだのだ。


 本来ならばここまで生きているはずのない存在。

 原作を変えてしまったからこそ生きているイレギュラー。


 最後のつじつまを合わせるためだけに寝返って裏切り者になった、騎士として最低の輩。


 確かここで主人公を庇って崩れる建物から兄貴分が本来なら……と思ったからこそ、それならば自分は最後までその役割を肩代わりしておけばいい、と思って。


 だからそうして、実行しただけなのに。


 泣きそうな顔と声で主人公は全力で自分を引っ張って、そうして離すものかとばかりに力を目一杯込めて駆け出した。


 ほかの仲間たちはとっくに先に行ってしまっているので主人公と二人きりでとにかく駆け抜けていく。


「お前は裏切り者なんかじゃない。原作にどこまでも忠実にあろうとしてたじゃないか!」


「お前の忠誠は帝国に捧げたんじゃない。その忠誠はこの世界に捧げられていた!」


「だから、だからこんな所で簡単に死ぬな!!」


 なんだそれ、随分無茶苦茶な言い分だな、なんて思ったけれど。


 あまりにも必死に言われて、あぁそうか、別に自分はあえて何かを裏切ったとかではなかったのかもしれないな、と都合のいい考えがよぎる。



 まぁそうなると、主人公と一緒に脱出して、その後は帝国が崩壊して、そうして一つ、新しい国が出来上がって。

 新たな王となるはずだった少年はしかし王の座を辞退して、人知れず旅に出るのだ。


 本来ならばそこには彼を支えてきた兄貴分や友人がいたはずなのだが、既にそこには誰もいない。

 たった一人で旅に出るかもしれなかった彼の隣に、本来ならばいるはずのない男が一人。



 本当だったら、今頃彼は兄貴分や友人に囲まれて、笑っていたはずなのだ。


 兄貴分でもなければ友人ですらない、隣にいるのはかつて敵対していた立場の男が一人であるけれど。


 それでも少年が原作のラストと変わらぬ笑みを浮かべていたので。



 つじつまを合わせるように、男もまた微笑んだのである。

 こういう話書いといてなんだけどBLもGLもノーマルなカップリングだろうとも夢小説だろうとも基本的に面白かったら割と何でもありっていう雑食派です。とりあえず二次創作は公式や一般に迷惑が掛からないようにやってるならいいんじゃない? っていう派閥。


 次回短編予告

 なろうテンプレにありがちな真実の愛によるあれこれ。文字数少なめでとてもサックリ読める感じだよ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] エ?この作品の派生としてBLが続出してもOKと? 怖っ
[一言] 全てが終わった後主人公と戦って、 仮に死ねればいいけどそうならなかったとき完全に「蛇足で自分の都合押し付けた上で無駄に相手に犠牲を払わせた」だけになるからなー…… それならまぁ原作本編に登場…
[良い点] 主人公が原作主人公に同情する理由がきちんと描かれていた所 [気になる点] 主人公の目的が「死力を尽くして戦い、悔いなく死ぬ」という武士のようなものなので、最後は主人公と冒険に出るのではなく…
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