9 会話
「昨日はありがとう。」
馬車乗り場から本棟への道までに会おうと思っていた黒髪の人物に偶然会う。
会ったらすぐに言おうと決めていたため、声をかけた後にすぐさま昨日のお礼を伝えた。
ロンハート嬢は少し考えた後に
「ああ、図書室のことですね。わざわざありがとうございます。」
笑顔で答える彼女。
お礼をお礼で返されてしまった。
こういう時はなんて返事すればいいんだ。
俺ってこんな会話下手だったっけ。
焦る俺は横にいたはずのリリックを見るがその姿は何故かいない。
リリックの裏切り者!この場にいないので心の中で叫ぶしかなかった。
実際には気を利かせたリリックが気付かれないようにスッと席を外したのだが。
なんて言おうか迷っている俺にロンハート嬢が話しかける。
「モンドール公爵様も大変ですね。立場上仕方ないとは思いますが、おもてになるのも困りものでしょう。私は地方が長いので貴族同士のことはあまり存じ上げませんが。」
「ロンハート嬢は高等部からだからより貴族間のやりとりが新鮮かもね。」
ハハと少し自傷気味に答える。
「ふふ、完璧な公爵様でも困った顔することがあるんですね。」
軽く笑いながら彼女は前を向いて歩いていく。
困っている人は助けるのが当たり前でしょうと言わんばかりのように。
自分が困っていた顔に気付いてくれた。
どんなに心の中で嫌な気持ちになっていても、絶対に表には出していなかったのに。
それがどんなに衝撃的なことか彼女は知る由もない。
その時前を向いて歩く彼女の横顔が印象に残ったんだ。
いつも自分を捕らえて離さないあの黒い目が前を向いているその横顔が。
その後は1週間に1回の委員で一緒に作業をする際に話したり、委員以外でもたまに何気ない話をするようになった。
授業の話だったり、お互いの話だったり本当に何気ない話ばかりをした。
何故か俺がロンハート嬢と話す時は決まってリリックは姿を消す。
いなくなったかと思えば、ロンハート嬢と話し終えた際にすっと戻ってくる。
戻ってきた際の生暖かい目がなんだか癪に障る。
「休館日?」
そんな日々を繰り返していたある日のことだった。
既に何回か委員の仕事をこなしていたため慣れた道のりを歩いていると司書員に話しかけられて教えてもらったことだ。
「そうなの、私が急遽学会に行かないといけなくなってしまって。申し訳ないけど今日は図書室は休館日になるの。ロンハート嬢には先ほど会った時に話しておいたから。」
申し訳なさそうに頭を下げる。
その際に彼女の大きな三つ編みが肩より前に落ちる。
「大丈夫ですよ。」
「ありがとう。あ、お願いごとのついでで悪いんだけど、図書室の中に忘れ物をしたって子がいてね。鍵を渡すから代わりに開けてくれないかしら。」
「いいですよ。」
二コリとほほ笑む。
すると司書員は頬を染める。
最近ロンハート嬢で麻痺していたけど、通常の女性はこうだよなと自分の容姿の良さを再認識する。
「お、終わったら鍵は職員室に戻してくれればいいから。」
少し照れながら、そう言うと本当に急いでいたのか足早に去っていった。
俺は司書員から受け取った鍵を持って図書室まで向かう。
元々向かっている途中だったためそこまで時間もかけずに目的地へとたどり着く。
「あ、モンドール公爵様。」
司書員が離していた忘れ物を取りに来たであろう眼鏡をかけた男子生徒が図書室の扉の前に立っている。
「君が忘れ物をしたのかな?」
男子生徒相手でも笑顔は忘れない。
「あ、はい。申し訳ございません。公爵様の手間をとらせてしまって。」
彼は恐縮する。しかし憧れる眼差しは残したままで。
女性だけでなく男性からも好かれているのが自分の普段の振る舞いがわかるようだ。
扉を開けようと扉に意識を向けると【本日は休館日です。】という看板がかけられている。
俺はもらった鍵を使い図書室の扉を開ける。
ガラガラ。
「どうぞ。」
忘れ物をした彼は中に入っていき、思い当たる場所まで行く。
「ありました。わざわざありがとうございました。」
深々とお辞儀をして図書室を後にする。
これで自分のお役目は終わったのでリリックが待っている馬車まで戻ればいいのだが。
何故か俺は窓際にある一つの椅子を引きそこに座る。
「ふー。」
座るとすぐ横にある窓から外をみる。
ここは別棟なので校舎裏にある木々たちが見える。
そう、入学式にロンハート嬢と会ったあの桜並木だ。
今はもう桜も散ってしまい新緑の強い緑色が目の前に広がっている。
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