8 お礼
いきなり後ろから話しかけられたことにより自分に話しかけようとしたその令嬢は驚いて振り向く。
令嬢が振り向いた先にはロンハート嬢。
「何かお困りのようでしたので、よろしければお手伝いさせて頂きます。」
二コリと彼女は微笑む。
当然図書室での用など彼女にはないはわかる。
少し焦ったあとに戸惑ったように、
「いえ特にありませんわ・・」
とすごすごと図書室を出ていく。
続けてロンハート嬢が言う。
「他にもお困りの方がいらっしゃったら教えてください。」
周りにいた女生徒たちがビクッ!と体を大きく動かす。
図書室を普通に利用している人たちからの冷ややかな視線。
さすがにここで愚かな行動をすることは出来ないと悟ったのか女生徒たちはそそくさと図書室を出ていく。
すると図書室は本来の静けさを取り戻したようだ。
俺はその光景がまるで神殿のような神々しさえ感じた。
そしてその空間を作ってくれた彼女が振り向いて俺に言う。
「大きな声を出して申し訳ありませんでした。作業に戻りますね。」
軽く笑顔を作った後に自分の作業スペースに戻っていく。
しばらく思考停止した後、思った。
もしかして彼女は俺を助けてくれたのだろうか。
そうだとしたらお礼を言うべきではないか。
いや、でも普通に図書室の使い方として注意喚起しただけなのかも。
それならここで俺がお礼を言うのも変か。
普段湧きあがらない感情に支配されたせいなのか正常な思考ができない。
お礼を言うべきか言わないかが頭の中をぐるぐる巡る。
手はきちんと作業してはいるのが救いだが。
2時間ほどたって委員の仕事が終わることになり、二人で図書室を後にして廊下を歩いていく。
ロンハート嬢は仕事中にあったなにげない話を振ってくれている。
そんな彼女に答えながらも頭の中は先ほどのお礼を言うか言わまいか。
俺はいったい何がしたいのか。
なんでこんななんてことないことで悩んでいるか。
そんなことを考えながら歩いていると馬車乗り場まで来てしまった。
自分は私用の馬車置き場、ロンハート嬢は乗り合いの馬車乗り場のため途中で別れることに。
「ではモンドール公爵様。私はあちらですのでここで。」
彼女が行ってしまう。
慌てて出た言葉は
「ま、またアした!」
・・・声が裏返ってしまった。
公爵家の馬車に揺れながら帰宅中、ずーんと露骨に落ち込む俺。
それを向かいで見下ろすリリック。
「で、今日はいったいどんな失態をしたんだよ。」
少し呆れ気味に言う。
「聞いてリリック!」
俺はうなだれていた顔を上げてリリックに大きな声で話しかける。
「うわ!いきなり大きな声だすなよ驚くわ。」
驚いたリリックではあるがここ数日今まで見たことないリアムの一喜一憂する様子を楽しんでいるようだ。
俺は今日起きた出来事を話す。
「リリックはどう思う?!お礼を言うべき?!いやもう遅い?!ていうか俺はいったいなんでこんなことで悩んでいるの?!」
早口でリリックを責めるように話す。
「初恋を覚えたこどもかよ。」
自分に聞こえるか聞こえないかくらいでリリックが呟く。
「どうでもいい相手になんて思われようと気にしないだろ?気にするってことは、リアムが彼女から変に思われたくないってことじゃないのかな。」
今度ははっきりと聞こえる大きさで話す。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でリリックを見る。
「間違ってたらどうしようって考えてるって、言い換えればかっこ悪いところは見せられないってことだろ。それってどういうことかわかる?」
確信めいたことは自分で気づかせたいリリックは敢えて遠回しな言い方をする。
かっこ悪いところを見せたくない。。つまり。。
「そうか!」
俺は気付く。
そんな俺を見て嬉しそうなリリック。
「彼女を好きにさせようとしてたところだからだ!」
ずこっと顔を横にするリリック。
「そうだ!だから考えがいつもより明確にならないんだ!」
自信満々に呟くお俺に対して
「まあ今はそれでもいいか。とりあえずロンハート嬢のその時の行動はどう考えてもリアムのために起こしたことだから、明日改めてお礼を言いなよ。」
「わ、わかった。」
神妙な面持ちで言う。
はたから見たら誰もが見とれる銀髪碧眼で、数多の女性を虜にしてきた彼がこんなことで悩むなんて思ってもみなかったが、一人の人間らしい悩みを得たのも良いことだとリリックは思う。
「ただ悩むことが幼稚すぎるけどな。」
初めての感情で右往左往するこどものような彼を呆れつつも微笑ましい顔で見つめるのだった。