6 後悔
死にたい。
こんな事を思ったのは生まれて初めてだ。
学園を後にした俺は公爵家にある自分の執務室にある机に突っ伏している。
仕事で使う書類が机の上にあったのでその上に顔を乗せているいるため紙が少しぐしゃっとなっている。
しかしそんな事を気にする余裕もない。
ああ。なんで俺はあんな間抜けな返事を。。
かつてこんな後悔するような事があっただろうか。
そんな俺をよそ眼に従者であるリリックが腹をかかえて笑っている。
「いやいつまで笑っているの。もうだいぶ時間たっていると思うんだけど。」
「あはははは。ごめんごめん。あんなお前見たことなかったから可笑しくって。」
そう言いつつ、笑い疲れてはーはー言いながら落ち着こうと俺を見てはまだブッ!と噴き出して笑い始める。
「あはは。あーお腹痛いし涙出る。リアムの顔を見ると永遠に思い出し笑いしちゃうよ。」
と言ってまた、はははと笑う。
リリックがこんなに声をあげて笑うのもまた久しぶりに見たな。
淡いクリーム色で肩まであるさらさらストレートの髪を後ろで縛っている彼もまた容姿端麗である。
次期公爵の右腕として将来も約束されているから割とモテていることも知っている。
今日の自己紹介でも彼の時に女生徒が何人か興味を示しているようだった。
子供の頃はお互いただ一緒に過ごして遊ぶだけだったからよく笑い転げるようなこともあったな。
けれどいつしかお互い貴族としての責任からかただ遊ぶだけということもいかなくなった。
そんな彼が何年ぶりかに声を上げて大笑いしている。
貴重な彼の姿が見れただけでもまだ良いのだろうか。
いや、良くない。
断じて良くない。
「完璧な俺があんなあほな声を出すなんて。。」
思い出してはまた落ち込む。
「はー・・・笑った。うん、もう大丈夫。落ち着いたわ。」
俺で散々笑った後に勝手に落ち着いたリリック。
「それで何、あのロンハート嬢のこと気になってるってこと?」
「は?」
俺はうなだれていた頭を上に起こす。
気になる?この俺が?
「そんな訳ないだろ。ただあの目が。。」
「目?よくわからないけどリアムが女性のことを気に掛けるなんて珍しいな。」
「気に掛けてなんていない!ただ、今まで女性と言えば俺に好意を押し付けてくる存在ばかりだったから。そう、そこが気になっただけ!」
自分で話ながら自分が納得するような方向に考えをまとめる。
「リアムのこと好きにならない女性もいるんだな。」
何気なく言ったリリックの言葉がなんとなく引っかかる。
今まで女性の好意に嫌悪感さえ抱いていたが、いざ自分に興味がないという態度をとられると気になってしまうものなのか。
「ま、あんな変な返事するような奴好きにならないか。」
またははっと笑う。
「あの時は予想外なことされたからびっくりしただけ。俺がいつも通りにしていたら好きにならない女性はいないさ。」
なんて傲慢な考えだろうか。
しかしこんな考えになるくらいには女性から言い寄られてきたのは事実。
「そう、自分に好意を向けさせるよ。」
俺は自身ありげに答える。
「え、それで本当に相手が好きになったらどうするんだよ。」
「別にどうもしないさ。ただ俺は昨日の失態を取り戻したいだけ。」
うん、そうだ。今まで失敗のなかった人生の汚点を消すにはそれしかない。
そう自分を納得させる。
俺はさっきまでの落ち込みから立ち直り、明日なんて声をかけようと考えを切り替える。
今まで感じたことなかった少しワクワクした気持ちに気付かないようにして。
そんな俺の様子を自分の書類を持ちながら見ているリリック。
「リアムにとっては良い傾向になるかもな。」
聞こえないくらいの小声でボソッと呟く。
「何か言った?」
「いや、主人の意向に沿うのも俺の仕事と思ってな。」
本人が気づいていない感情がこれから育つかもしれないなら手伝うしかない。
陰ながらサポートしていこうと決意する。
リアムは心の引っかかりが少し解けたからか机の上にあった書類の山に手をかけ始める。
心の片隅には黒い目の女性。
後でリリックに彼女のことを調べてもらおうかな。
そういえば図書委員って何をするんだっけ。
自分で手を上げたくせに何もわかってなかった。
たった一日で気持ちが上がったり下がったり浮き沈みする。
色々な初めてのことが起きた日だったな。
悪い日ではなかったかもしれない。
そんな事を思いながら俺は仕事を再開し始めたのだった。