2 出会い
入学式当日。
いつものように目を覚まして支度をする。
入学式だろうとなんてことはない。
特に変わることもなく食事を済ませて馬車に乗り込む。
向かいには従者のリリックが既に座ってなにやら書類とにらめっこしている。
「朝からそんな眉間にしわ寄せない方がいいよ。」
自分の声に反応してこちらを見る。
「期限が近い書類を部下が見落としていたため急ぎでみなければならなくなりました。部下教育が出来ていない自分のせいです。学園に着いてからも少し仕事をしてから教室に向かうので先に行っていてください。」
部下の不始末を文句も言わずにやるなんてリリックは真面目な男だ。
リリックはまだ学生なので執事見習いという扱いだが、実際は幼少期より公爵家に仕えていたためお屋敷の中でもかなりの古株になる。
しかもあまり感情を表には出さないが後輩思いの熱い男でもあるためけっこう慕われている。
そんなリリックを従者に持てて自分はまた恵まれていいるなと再認識する。
窓から流れる城下町を見ているとすぐに学園に着いたようだ。
城下町の中でもお城により近い場所にあるのがこのバレンシア学園だ。
元々は王族や上位貴族のみが通う学園だったのだが、年々より多くの優秀な若者を育てようという意識が高くなり門とを広げている。
門の周りには同じく私用の馬車で通学しているものもいれば、乗り合いの馬車、徒歩で来たり様々な学生がいる。
私用の馬車乗り場まで移動すると俺は目の前の忙しそうな従者を置いて先に降りる。
主人をエスコートしない従者などうちのリリックくらいだろうなと少し笑みを浮かべる。
気心をしれた仲だからこそお互いを尊重できる関係でいられるんだ。
さて、入学式の時間にはまだ少し早く着いてしまったようだな。
普通ならば早めに入学式場に行ったり、入学生代表スピーチの練習でもするのだろうが。
いかんせん下手に人のいるところに行くと話しかけられてしまうのもまた億劫だ。
そういえば、校舎裏の桜が満開になったってリリックが言っていたな。
幼稚舎から学園に通う身としては毎年咲く見事な桜は一応見ておかないとな。
そう思い特に花が好きなわけでもないが人目の少ない校舎裏へと自然と足が進んでいた。
歩くにつれ桜のピンク色が目を覆っていく。
桜がアーチのように道沿いに佇んでいるその光景はまるで幻想のようだ。
「さすがの俺も、この光景だけは心にくるものがあるよな。」
桜並木を見上げながら歩いているとこちらに向かってくる女性の人影が見えた。
この時間にこんな場所で人なんて珍しい。
あまり意識はそちらにはいかなかった。
元々自分から誰かに話しかけることなんてないからだ。
公爵という肩書でいつも誰かが向こうから声をかけてくる。
それを煩わしいと思ったのはいつからだろうか。
なんて物思いにふけっているいると、遠目に見えた人物は自分とすれ違っていった。
自分で言いのもあれだが、だいたいの女性は俺のことを見て頬を赤く染めるか、積極的な女性は話しかけてきたりもする。
だからなのか、珍しくなにもアクションを起こされなかったことに驚く自分がいた。
桜を見上げながらそういうこともあるか、自分で自分を納得しかけていた時
「 あの 」
やはり話しかけられた。
まあそうか、やれやれ、と思いながらもキチンと外面用の笑顔を顔に張り付けながら振り向く。
その時風が吹いて桜吹雪が二人の間を舞う。
桜の間から見える黒髪、黒目。
貴族の間は珍しいその色合いにまず瞳を奪われる。
少し猫のような目をした彼女がこちらに視線を向けている。
なんでだろう、彼女の意思がこもったような黒い目から視線が外せない。
話しかけてきたのは彼女の方なのに何故か自分が緊張している。
まるでこれから告白されるのでないか、という緊張感。
桜吹雪が落ち着いて見える彼女の全貌は黒い髪にスラリとした体形、整った顔立ち。
なにを言われるのだろう。
彼女の言葉を待つ。
「落としましたよ。」
「・・・え。」
間の抜けた自分の声が出る。
「ですから、落としましたよ。このハンカチは貴方の物ではないですか?」
彼女が差し出してきた青い色のハンカチは紛れもなく自分のハンカチだった。
「あ、そう、です。」
またもや間抜けな声が出た。本当に自分の声なのだろうか。
「では。」
ハンカチを俺に渡したら彼女はスタスタと去っていた。
何故か俺は桜吹雪の中の彼女のあの目が印象に残り、入学式ギリギリまでその場から動けずにいた。
これからずっと後に気づくことになるけど、きっと俺はこの時既に恋に落ちてたのだろう。
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