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筏家の最終兵器  作者: niko leitz
2/3

2 暗幕

彼の名前は大下小太郎と言った。齢35。いつもお気に入りの少し高級なクロスのペンが胸ポケットから頭をのぞかせていることが常になっている以外はデザイン的には何の変哲もないようなスーツを着ている。しかし当然リクルートスーツのようなものではなかった。生地は上質なものを使っていたし、それでいて動きやすいものになっていた。彼の職業柄、胡散臭く思われることも多いので、身なりには気を付けていた。俗にいう探偵、というものを生業としているが、やっていることといえば、誰かの不倫している相手を特定することや、あるいは何のためかは不明瞭なまま依頼される身辺調査くらいのものであった。彼は大変な夢想家であった。探偵というものを将来の夢に掲げていたことからもこれは推察されよう。実直ではあるし、なかなか集中力もあるのだが、単に推理するような能力に欠けているので、そこまでの名推理はできないのであるが・・・、現実的にはそうした能力もこの仕事には必要なかった。しかも彼は臆病であったし、それを自負していた。臆病というのは決して悪いものではなく、自分自身が助かるために本能的なもので、そういう性質のものだから、何やら怖い現場に出くわしたら一目散に逃げる、、、と言い張っている・・・。さらにこれをこの仕事をする上での信念であるかのようにとらえていた。

 彼は趣味として(これも探偵において必要になることだが)写真をやっていた。探偵であるから、あまり大きな音が立つようなカメラはよくないというので一眼レフを避け、しかし自分の趣味に合うようなカメラを追求した挙句、ツァイスのレンズが搭載されているコンパクトなデジカメになった。しかし、その筐体は堅牢でなかなかつぶれないので重宝していたし、無骨なデザインに彼は満足していた。彼は仕事のついでにストリートスナップをよく撮った。写真を愛する気持ちなのか、依頼者に提示する写真はすべて構図も整えられたそして被写体の妙に目立つ、いわば見栄えの良い「探偵写真」で、依頼者たちを満足させた。彼はそのうち、この職業は上手くいかなくなる、生涯を通しての仕事にはできないと考えていた。そのために、写真の腕も上げていずれは立派に写真家として自立できるくらいになろうとひそかに決心していた。

 その日も彼は詳細については全くわからないがある人物についての身辺調査を依頼された。依頼については客に信頼してもらうため、また、自らが何やら危ない事件に巻き込まれないようにということで実際に面接し、その依頼を受けることにしている。今回会った客はこれまでに何度か依頼をしてくれている客でなかなか人相もよく、依頼者に多い神経質的なまなざしではなくてどこか人を安心させるような余裕のある柔和な表情を浮かべている老紳士であった。こうした依頼者の特徴については大下は必ず詳細に覚えることにしていた。というのも、数少ない依頼の中で生計を立てるのであるならばそうした客が訪問した際に、どのような機嫌であって、どのようなことを要望しているのかということについて理解を示さなけばならないからだ。その客は入相のころに訪ねてきた。いつも張り切った肩で空気を後ろに追いやり迫力を前面に押し出すほどの恰幅であったのが今日に限ってはさらに大きく見えた。朗らかな声で来意を告げ、大下が案内し相談室へ案内するまでの間もその迫力はいつもに増していた。大下はその目には見え長いがいつもとは違う妙な迫力に今日の依頼内容はいつもと何か違うのではないかという一抹の不安を抱いた。しかし、やはり、そこまで能力が期待されるような人物でないにしろ大下は探偵なので感情を隠すのは得意である。少しの動揺も見透かされまいと気丈にふるまい、いつも通りにこの老紳士に何とか応対するように心がけた。

「それで、今回はどのようなご依頼でしょうか?」

「まあ、まあ、そう急ぎなさんな。何も怖いことはないからの。」

(何も怖いことはない、というのがこの老紳士の口癖だった)

「最近、隣町で噂になっている例の都市伝説を知っておられるかの?」

「都市伝説ですか?」

「ええ、なんでも街灯が間隔的には不規則ではあるがなんだかルールがあるように点滅をする、それもある時間帯から・・・。」

「いえ、そのようなことは聞いたこともございません。それと今回の依頼は何か関係が・・・」

「だからそうまあ、急ぐこともないじゃろ、あんたのところまで来るまでに結構時間がかかっとるんじゃから、長くはないわしの話くらいきいてくれんかの。」

大下は老紳士がどこから、この事務所まで来ているのか知らなかった。そのことになぜかはっとしたけれども何もそのことが仕事上に影響を与えない、と心のうちで思い直してそうしたはっとした刹那を忘却するように心がけた。

 老紳士が話した内容というのはこうだった。その点滅を繰り返す街頭は何かの暗号であってそれを機にして何かが行われているが、その何かについては決して誰も知らない・・・。

「しかし、それじゃあ何もわかっていないのと同じですよね。その街頭の点滅があるルールで、つまり信号になっているというのは単に憶測でしかありませんし、そもそも街灯がそのような点滅になること自体がめずらしくってそういうように何か不思議な具合に感じる人がいる、とそういうことでしょう。」

「そうじゃろうか。まあ、いい。それで、今回の依頼についてなのじゃが・・・。」

ついに本題が来た。と大下は緊張する。

老紳士が写真を提示する。

「・・・今回の身元調査の対象は、少年なのですね。」

その写真に写っていたのはどこか物憂げな表情の少年だった。

「して、この少年をどうしろと・・・」

「だからどういう少年かということをおぬしに聞きたいのじゃ。つまり単に身元をしらべてくれさえすればよい。」

老紳士の常に微笑んだ口元から何もきくな、と言わんばかりの断定が言い渡されると、客が第一であるこの零細事務所の局長であり唯一の社員である大下はこれに従うよりほかなかった。

「ではよろしく頼むの。」そう言って大まかな期日を伝え気さくに片手で握手を求めたのち、彼は階段を下って外に出ていった。


 大下は臆病であるから準備に余念はない。ひそかにその少年についての調査を始めるための準備をしていた。写真の少年は2年前の姿であるらしい。老紳士はいつもヒントの多い写真を大下に預けていた。大下はこのことから老紳士はたぶん自分で簡単に調べ上げることができるだろうが、それを自分でしては危ないので自分にその代わりをやらせているのだ、と思っていた。写真には看板と(関西に限定されるお菓子を宣伝したものであった)体操服のズボン(体操服など制服関係は案外簡単に絞り込める)、それからどこか中学生の制服を着た誰かの後ろ姿が写っていた。これだけのヒントがあれば活力があって時間がよほどある素人でも簡単に特定できるであろう。しかし、老人はこうも言っていた。「その写真を撮られて以降どこか別の場所に引っ越したそうな。」大下はまず初めにこの少年がもともと住んでいたであろう場所を特定した。そしてその苗字が「筏」であることを確認すると綿密に筏家という名称が近隣の大きな農家などの家計ではないか、もしくは地名ではないか等考えあぐねた挙句、絶対に聞き取りをしないという制限を(臆病であるから)自分にかけて実際にもともと筏家が住んでいた場所に行った。そしてその家紋を発見して家紋からたどり、そもそもその筏行雄の祖父がある程度に有名な建築家であることがつかめ、それによって一気に調査の展開が進んだ。  ここまで 個人がやるのはなかなかだろう。

そして現在の住まいが隣町の例の点滅する街頭のある周辺であると知ったととき、あの不可解な老人に何か一杯食わされたように感じた。

これを追求したのが期日の3日前2月の寒い時分であった。隣町の居酒屋でただ今回のひどく中身のあるようで実はほとんどが徒労のようになってしまっている今回の謎な調査とそういった調査で何とか食いつないである自分の身の上を思って感傷に浸りながら、自らの愛機になっているカメラにそっと手を触れた・・・途端に大きなミッションをクリアしていないことに気づいたのである。老紳士の依頼の最後に現在の行雄の写真を撮るように、というものがあった。


大下にとっては痛恨のミスである。しかし、そもそも行雄の家にあれだけ密着していながらも姿を見ていないことを思い、なかなかに手ごわいぞ、と思い始めた。不倫などをする人々は意外にも行動がパターン化してわかりやすく写真の一枚なぞ簡単に撮れてしまうのだが・・・中学生であるはずの行雄の姿が見えていないのはおかしい。つまり不登校なのだろう。それに大下はあの不気味な館の概観を思い出していた。あれが建築家の集大成であるとすれば相当変わった祖父であったのだろうなどと考えながらひそかにどのようにして写真を撮ろうかと考えを巡らせていた。


不登校児は人との接触を特に拒むものが多いと聞く。人間観が悪くてそのように不登校になった場合もだろうが、もはや同様の学校という社会に対しての属性が薄れているくらいにまで登校を拒否した生徒ならば再度登校を試みるというのは異文化に触れる体験に近いものがあるらしく、特有の苦労があるらしかった。このことから予想して、大下は行雄がもし登校するとして、それは早朝であるというように仮に断定を試みた。

 夜明け、大下は居酒屋を抜け、近くの個人経営のカメラ屋さんを尻目に静かである通りに出た。そして身を隠す場所に持ってこいの小さなスペースに体をひそめ、通りをうかがっていた。



そこで、大下は赤き血と信じられないものをひそかに行雄と目撃するのであった。 (続く)


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