表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

第7話  ローゼン領主館での生活③

投稿します

第七話






 翌日から行動に移す。お嬢様の思惑通りと思うと腹が立つが、ここで拗ねていては話が始まらない。

この一月は言われたことをただ黙ってやるだけだったから、印象を変えていくのは比較的容易だ。まずは挨拶。仕事中必要以上に話す必要性は感じていないから、これをするだけ大分違うだろう。相手も十歳の子供に期待することなどたかが知れている。全体の仕事の流れ、任された仕事の範囲から、して欲しい行動を予測する。担当者の性格や考え方を把握するために、観察することが肝要だろう。




 今日も庭師見習いだ。庭師ゼフにはっきりと挨拶をする。ゼフは無表情だが昨日より機嫌がいい気がする。あとは仕事の全体像を考えながら作業に励む。そして観察。観察。

やはりゼフの手際はすこぶる良い。本格的な冬の到来に備えた囲いなどをみるみるうちに組み立てていく。・・・それにしても全然しゃべらないな、この爺さん。




 午後からはお嬢様の勉強の時間。昨日のこともあり最低限の挨拶のみであとは目も合わせない。

今日はテーブルマナーと楽器のようだ。この講義内容では僕に振られることもないだろう。正直ほっとした。徐々に頭角を現す方が角が立たない。ただ突っ立っているだけでは暇なので、お嬢様の観察に集中する。どのようなことが得意で、苦手なのか。どのような思考の傾向があるのか。今までは本当に興味がなかったから、これで十分有意義な時間潰しになる。



 途中で楽器の練習をやれと言われた。これには焦った。前世の記憶でも楽器は触れたことがない。必死に弦楽器と格闘した。お嬢様は音楽は得意なようで、余裕をもって課題をこなしていく。


たまにこちらをちらりと見て笑っていたような気がする。とても腹が立った。





一通りの活動を終え、自室に戻る。あとは日課の剣の稽古をして眠るだけだ。



 木剣を片手に裏庭に出る。正眼に構え、深く呼吸をしてから型をなぞる。ゆっくり、丁寧に。

自信の身体の動きを隅々まで、血の流れまで把握するよう意識しろとの父の教え通り、集中して行う。

一通りの型を終えた後は、実践を想定した素振り、シャドーボクシングのようなものをする。

想定するのは怪物と戦っていた父・・・は無理だから、稽古の時の父の姿。


それでも勝てそうな気はしなかった。




 稽古を終え部屋に戻り、簡単に汗を拭く。昨日までの僕なら布団にくるまってじっと眠気が来るのを待つだけのだが、今日は違う。今日ミレイさんに話をして借りてきた、「アストニア貴族の変遷」という分厚い本がある。貴族社会で働く侍女たちに必読の一冊であり、とりあえず貴族の名前を列挙しただけに思える内容はひどく退屈で、読破するのに恐ろしく忍耐がいるらしい。これを読みながらベッドに横になる。

すぐに眠気が来た。






 矢のように日々が過ぎ去っていく。悪夢を見なくなることはなかったけれど、多少は睡眠時間が確保できるようになったことで日中の効率が格段に良くなった。

庭師の仕事は冬支度が早々に終わったことで僕の手伝えることがなくなり、今は厨房で下ごしらえなどの手伝いをしている。料理長のトーマスさんはとても優しい人で、よく余ったパンや果物をくれる。




 そしてこの数週間お嬢様を観察して思ったことだが、どうやらこのお嬢様は物事を深く考えたり結びつけて考えたりするのが苦手なようだ。というよりも、習い事が多肢にわたりすぎて、覚えるのに精一杯といった感じだ。

いくら未来の王族とはいえ、この年齢からここまでやる必要があるのだろうか?


僕の知ったことでは、無いけれど。



おかげで僕は大いに自尊心を満たしている。


アストニア王国史の授業において、“4大列強国と言われる本国を含めた4ヶ国が、なぜ強国と呼ばれる立場になったのか歴史的背景を踏まえて説明せよ”との問いに関して、お嬢様が答えに詰まる中、僕はすらすらと答える。


「領地が魔の森と接していたことが最初の要因と考えます。有史より人類は魔物の襲撃に悩まされ、魔の森が活動期の時代には今より森の範囲は広がっていました。人類の生存のためにも、境界線となるそれらの地域に人や物資が集まっていたはずです。それらの中核をなしていたのがより当事者である4ヶ国の前身です。魔物から人類の生存圏を死守したその経験は屈強な兵士を生んだ。また魔物の活動が収縮したその後の流れも重要です。魔道具の技術が急速に発達したことにより、良質な魔石、つまりは魔物が頻繁に表れる4ヶ国はその資源を活用し技術力を大いに高め、確固たる地位を得るに至った」


満点とは言えないものの、自身より早くそれなりの回答を導き出した僕に大いに嫉妬した事だろう。

眉をㇵの字に寄せているお嬢様をちらりと見て、わざと興味なさげに視線を外した。





 本格的な冬が訪れた頃には、屋敷に努める使用人たちと大分打ち解けてきた。

皆の顔は覚えているし、護衛の兵士の人とも挨拶を交わす。その中でも特によくしてくれる人が何人か。料理長のトーマスさんはいっぱい食べてでかくなれと食べ物をくれるし、庭師のゼフ爺はほとんどしゃべらないけれど、この前は集めた落ち葉の焚火で蒸した芋をくれた。メイド長のミネルバさんは、息子さんのお古だという服をたくさん持ってきてくれる。

あとはミレイさんだ。彼女とは定期的にお茶会をしている。まあホットミルクだけれども。




今も僕の部屋でホットミルクを飲んでいる。話題は、最近のお嬢様について。


「最近のお嬢様はね。ちょっと心配なの。毎晩遅くまでお勉強をして、あんまり寝ていらっしゃらないみたいなのよね。お肌も荒れ気味だし」


「そもそもなんであんなに勉強する内容が多いの?王族の妻になるって大変なことだと想像はできるけど、ちょっと過剰な気がする」


かねてよりの疑問を口にしてみる


「本当はね、勉強のペースはもっと落としていいらしいのよ。最近は学園で習うような専門的なことも含まれているし。もちろんやっていた方がいいのはそうなのだけど」


「でもお嬢様はとても真面目で優秀だから、勉強のペースを落としたりしない。それに辺境暮らしでお友達も少ないから、お茶会とかパーティに参加する機会もほとんどなくて、時間を持て余しているのもあるわね」


「確かにお茶会とか全然ないね。普通はもっとあるものなの?」


「あるみたいよ?でもローゼン家は奥様を早くに亡くしているから、そういうことには疎遠になってしまっているの。旦那様は素晴らしい方だけど、もともとパーティとかお嫌いみたいだし、余計にね」


「パーティとかなさすぎるのも問題なのよねぇ。お嬢様も社交界の雰囲気とか全然わからないだろうし、マナーとか礼儀作法のレッスンも気が抜けないのよ」





 ―――お嬢様は今日も頑張っている。

僕は、この娘を嫌いになることが出来なくなっていた。



「面白い」「続きを読みたい」など思ってくださった方は、ぜひブックマーク、5つ星評価をお願い致します。今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ