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第6話  ローゼン領主館での生活②

今回は早めの投稿です。

第六話






「………ああぁぁぁぁぁああああ!!!!」




 飛び起きてあたりを見回す。

大きな衣装ダンスに机と椅子がひとつずつ。あの後からずっと使っている僕の部屋だ。

全身が汗でぐっしょりと濡れている。シャツどころかシーツまで替える必要がありそうだ。



…今日はもう眠れそうにない。まだ真夜中と言っていい時間だけれど、素振り用の木剣を持って窓を開ける。この部屋は一回の角部屋だから、窓から出ればすぐ裏庭だ。

何も考えずに剣を振るう。くたくたになれば、まだ少しは眠れるだろう。悪夢を見ない日はなかった。






 屋敷には様々な役割の使用人がいる。ローゼン領主の屋敷で働くようになって1ヶ月。

今日からマークレイの仕事は庭師見習いだ。



 早朝の日も登りきらない時間帯から、庭師ゼフに仕事を習う。ほとんど眠れていないから、眠気眼をこすり後ろをついていく。最初は雑草取りながら、庭に何があって、どのような仕事をするのか概要を説明される。あとは黙々と手を動かしていく。



外の仕事は良い。気分がまぎれて、余計なことを考えずに済む。

問題はこのあとだ。今日の予定は朝の庭師の真似事を終えた後、ずっとリーシャお嬢様のお付きの時間になる。





 リーシャお嬢様の習い事は多肢にわたる。なんでもお嬢様はこの国の第三王子と婚約しているらしく、将来国政にかかわる可能性が高い身として、様々な分野の教育が施される。

11歳の少女としては恐ろしく多忙だった。




 この時間が恐ろしく退屈だった。貴族のお茶会のマナーだとか礼儀作法などはすこぶるどうでもいいし、王国史や算術はすでに両親から習っていた内容だ。そもそも僕はおぼろげな記憶とは言え、前世で高等教育を受けていた。勉強のやり方のコツなんかはなんとなくわかるのだ。唯一期待していた魔力の扱いについては、お嬢様の魔力が膨大なためまだ安定しないらしく、もう少し先になるらしい。各教師には僕のことが伝わっているらしく、時々内容を振られたり実技に参加するよう言われるが、お嬢様よりよくできても角が立つし、興味もなかったから全て辞退していた。




 本日最後の礼儀作法の講義をあくびを噛み殺しながら耐え終わると、お嬢様がつかつかと歩み寄ってくる。

なんだろうかとぼんやり考えていると、いきなり頬をひっぱたかれた。




「あなたの普段の態度は目に余ります。授業は碌に聞いていないし、聞くところによると仕事も最低限をこなすだけ」

きつく睨みつけながら続ける。

「あなたの境遇は知ってるから何も言わなかったけれど、何を考えているの?」

いきなりのことに驚いている間にも言葉は続く。


「普通あなたの立場なら、今の環境は望んでも得られるものではありません。それをいつまでもうじうじと!!」


「あなたは恥ずかしくないの!?」


「ご両親は立派な人だったというけれど、今のあなたを見ていると疑わしいものだわ。さぞかし甘やかされて育ったのでしょうね!」



...こいつは今何と言った?



「少しはしゃんとしなさいな」


蔑むような目で僕を一瞥した後、どこかに行く。



この娘は今僕の両親まで侮辱したのか!?

何も知らない貴族のガキが!?



 目の前が真っ赤に染まる。

一瞬追いかけて怒鳴り返しながらひっぱたいてやろうかと考えるも、歯を食いしばって自制する。

この屋敷はあの娘の屋敷で、周りはあの娘の家に使える使用人。心なしか護衛の騎士も距離が近い気がする。

握りしめた拳はぶるぶると震え、悔しさのあまり視界がぼやけてくる。

死んでも涙など流すものか。一礼して部屋を後にする。すれ違うすべての使用人が僕を馬鹿にしているように感じた。






 その日の夜、一人自室で考える。思い出しては腸が煮えくり返るようだが、ここで脛を曲げて自棄になってはそれこそ両親に顔向けができない。仮にも前世の記憶があるのだ。二度目の人生のようなものだ。本当のガキのようにふるまうわけにはいかない。



遠慮をするのはお終いだ。僕の優秀さを見せつけなければならない。与えられる仕事を全て要求以上にこなし、勉強ではあの小娘を上回り続ける必要がある。

まずは睡眠時間をどうにかする必要があるな...と考えていると、ドアをノックする音がする。



「失礼します。ミレイです。今大丈夫ですか?」


お嬢様の専属メイドのミレイだ。追い返すわけにも行かない。返事をして入室を促す。

明るい茶色の髪をハーフアップにした、少し年上の愛嬌のある女性が入室してくる。


「ホットミルクを持ってきたの。少しいいかしら」


 

部屋に一つしかない椅子をすすめる。ホットミルクを受け取り一口飲む。蜂蜜入りだ。

甘くて美味しい。話を聞くぐらいはしてやろう思った。


「夕方のこと、お嬢様はさすがに言葉が過ぎたよね。だからこれはお詫び」


やはり先ほどの話だ。


「いえ、思い当たることもあるので。仕事に身が入っていなかったのは事実ですし」


「それでもよ。お嬢様も悪気があるわけではないの。むかしから不器用で真面目な方だから、言い方がきつくなってしまうの」


「あなたの境遇は使用人の皆が知っているわ。とてもつらい思いをしたのね」


「でもお嬢様の言わんとしていることも少しでいいからわかって欲しいの。あなたに、頑張って欲しいと思っているのよ?」




それでも言っていい言葉とそうでない言葉はある。

子供じみているなと自分でも理解しつつも、素直に頷くことはできなかった。

憮然としているこちらを認識しつつ、ミレイは他愛もない話を続ける。一人部屋はさみしくないかとか、仕事はつらくないかとか。



こちらを本気で案じているようだったから、ぽつりぽつりと会話をする。

ひとしきり話し終えた後、応援しているから、頑張ってねと言ってミレイは去って行った。





我ながら単純で笑えてくるが、使用人すべてが敵だという認識は改めよう。そう思えた。

ホットミルクが甘くてとても美味しかったから。



きれいなお姉さんが優しくしてくれたからではない。断じて。



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