第5話 ローゼン領主館での生活①
遅くなりました。ヒロイン登場
第五話
陽の光がカーテンの隙間から差し込み、朝の訪れを告げる。
ゆっくりと、マークレイは瞼を開いた。
清潔なシーツと暖かな毛布に包まれながら、ここはどこだったろうかとあたりを見回す。
大きな衣装ダンスと、小さな机と椅子がひとつずつ。どこかの屋敷の部屋だろうか。
部屋には自分のほかに誰もいない。身を起こしてみるが、ひどくだるい。
どうしてここにいるのかと、うまく働かない頭で思い出そうとしていると、ノックとともに一人の女性が部屋に入ってきた。
「失礼します。朝食を持って来まし・・・もう起きて大丈夫なのですか?」
簡素なドレスを着た初老の女性が粥の入ったトレーを手に尋ねてきた。見覚えがあるような気がする。
「あの、ここは・・・?」
「落ち着かれたようで何よりです。ここはローゼン領領主のお館です。」
「申し遅れましたが私はメイド長のミネルバ。まずはお食べなさい。簡単に説明します。自分で食べられますか?」
卵粥を食べながら話を聞く。3日前に領主に保護された後、昨日この屋敷に着いたらしい。
そう言われると確かに馬に揺られたような記憶がある。落ち着いたらすぐにでも領主が話をしたいそうだ。
・・・ちゃんと話を聞かなければならない。あの後どうなったのか。
了承の意を伝え、残りの粥をかきこむ。ちゃんと自分で食べた。
最低限の身だしなみを整え、ミネルバさんと領主の部屋を訪ねる。
部屋の奥に大きな執務机が一つ、厳しそうな顔をした男が座っている。領主だろう。手前には応接用のソファとテーブル、壁にはハルバードが立てかけられている。その他には目立ったものは何もない。来る途中の廊下でも感じたが、イメージしていた貴族の豪華な屋敷とは大分違う。最低限の装飾こそなされているが、どちらかというと機能性を重視した砦のような印象だった。
「ガイウス様、少年をお連れしました」
ミネルバはそう告げると、領主の指示のもときれいな礼をして部屋から退出していく。
「掛けなさい」
促されるままにソファに腰かけると、ガイウスが正面に座った。
「まずは自己紹介をしよう。私はガイウス。君が住んでいたザルツ村を含めたローゼン領を治める領主だ。君の名を教えてくれるか?」
ただの子供でしかない僕に丁寧に話してかけてくれる。
「はい、村の村長ロランの息子、マークレイと申します。この度は命を救っていただき本当にありがとうございました」
ガイウスは頷くと、鷹のような目で僕を見据えながら問いかける。
「マークレイ、あの夜何があった?覚えていることを話してくれ」
僕は全てを話した。魔物の襲撃があったこと、父が男衆を率いて迎撃に向かったこと、教会に避難していたこと、僕一人で領主に助けを呼びに行こうとしたこと、物語の怪物を父が倒したこと。事実がしっかりと伝わるように、なるべく淡々と話した。
あらかた話し終わると、ガイウスは腕を組み、厳しい顔をして何事か思案している様子だった。少しの沈黙の後、口を開いた。
「話してくれてありがとう、マークレイ。私からはその後のことを話そう」
村は自分を除いて全滅した。その事実を告げられる。そうだとは思っていた。でも改めて事実を突きつけられると、世界から色が褪せたような気がした。
「そう・・・ですか」
うつむいていると、領主が何かを差し出してくる。
「形見だ。大事に取っておきなさい」
父が大事にしていた家族写真が入ったロケットと、母の髪飾りだった。
慌てて手に取り胸にかき抱く。我慢していたのに、涙があふれてきた。
くしゃりと、頭を撫でられる。
「よく頑張ったな」
父と同じ、大きな掌だった。
涙がどうにか落ち着いたころ、領主が話を続ける。
「お前のこれからの話をする。よく聞きなさい」
背筋を伸ばして、話を聞く体勢をとる。
「今回の件、ザルツ村は恐ろしい魔物の襲撃を防いだ多大な功績がある。あのまま領内に魔物が流れ込んでいれば、被害は相当なものとなっただろう。よって、唯一の生き残りであるお前に褒美を与える。しかしお前はまだ子供だ。成人するまで私がお前の後見人となることを褒美とする。お前がなりたいものになれるよう、可能な限り手を差し伸べよう。なに、悪いようにはしない。お前の父ロランと私は、古い友だったのだ。」
にやりと笑いながら話を続ける。
「成人するまでこの屋敷に滞在することを認める。ただし、ただ飯をやる気はないぞ」
「まずは使用人として働け。そしてこちらが主だが、娘の付き人でもやってもらおうか」
「なに、付き人といっても遊び相手のようなものだ。年の近いもの同士、お互い得るものがあるだろう。娘の勉強の時間には同席を許すゆえ、良く学び、見識を深めなさい」
普通、戦災孤児のような場合は孤児院に送られることを鑑みれば、これは破格の報酬である。
深々と頭を下げた。
そうと決まればと、早速娘を使用人に呼びに行かせた。
ほどなくして一人の女の子が部屋に入ってくる。
「リーシャ・フォン・ローゼンと申します。以後宜しくお願い致しますわ」
淑女然とした礼をしたその少女は、銀色に近い薄い水色の髪に、釣り目がちで大きな瞳をした、勝気そうなお嬢様だった。
それが僕と彼女の、初めての出会いだった。
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