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第3話  ザルツ村の少年③

一段落です

三話




 瓦礫が邪魔でずいぶん遠回りをしたけれど、教会の裏手の南門が見えてきた。

ああでも、少し考えたらわかることだった。アルゴンさんがピンポン玉みたいに飛んできたことも、教会が砂場のお城みたいに崩れたのも、尋常じゃない怪物の仕業だってことを。すぐ近くで暴れているに決まっていることを。



 そいつは見上げるほど大きかった。人と同じ二足歩行で、腕は丸太の様に太い。その手には馬鹿みたいに大きな斧を持っており、それを嵐の様に振り回している。

頭があるべき場所には、禍々しい牛の頭がついていた。寝物語に聞かされてきた伝説の怪物、悪神の大眷属が一つ、ミノタウロス。そいつが男たちを吹き飛ばしていた。



 まわりには動かなくなった村人や、魔物の死体がそこかしこに落ちている。

動いているのはミノタウロスと、大きな楯を持った男と、槍を持った男、片腕の剣士のみ。

皆をよく知っている。片腕の剣士は、父だった。




 ミノタウロスが振り下ろした斧を、大楯の男――鍛冶屋のガントさんが受け止める。それなりに離れている僕の体の芯まで震えるような轟音がした。その隙に左右から父と槍の男――警備隊長のマルキンさんが攻め立てる。

同じような攻防を何度も繰り返していたのだろうか、よく見るとミノタウロスの身体は傷だらけだ。


けれどその時は違った。ミノタウロスは父たちの攻撃などまるで意にも介さず、再度斧を振り上げ、ガントさんに叩きつける。何度も、何度も。

狂ったように叩きつける様はおぞましく、十を超えて繰り返したころ、べしゃりと、ガントさんが潰し斬られた。




 咆哮をあげながら父とマルキンさんが怒涛のごとく攻める。ミノタウロスも無事ではない。大きな角は片方が折れ、左腕はちぎれかけている。ひと際鋭い踏み込みから、マルキンさんの槍がミノタウロスの片目に突き刺さる。決まった。とその場の皆が思った。


一度距離を取ろうと槍を引き抜こうとするマルキンさん。けれど槍が抜けない。怪物が恐ろしい形相に貌をゆがめている。


「槍を離せっ!」


ほんの一瞬だけ槍を離すのが遅れたのだろう。

絶叫をあげた怪物は、ちぎれかけた左腕を振り回してマルキンさんを吹き飛ばした。マルキンさんは壊れた人形みたいに跳ね転がって壁に激突した。


もう起き上がることはなかった。





現実離れした光景に圧倒され、棒立ちのまま眺めていたのがいけなかったのだろう。ミノタウロスと、目が合った。


「・・・マーク?そんな、嘘だろう!?」


父もミノタウロスの視線を追って初めて僕に気が付いたようだった。



憤怒の形相のままミノタウロスが向かってくる。身体は動き方を忘れてしまったようで、あまりの恐ろしさに息すら出来ない。


死の足音を聞いた気がした。





瞬く間に怪物は目の前に迫り、僕より大きな斧を振り上げている。

それが振り下ろされる直前、



「ふざけるなぁぁぁああああっっ!!!!」


英雄が怪物の前に立ちふさがった。





 ギギギギギギィィィン

剣と斧が創り出す嵐のすぐ後ろに僕はいた。

父は蒼く輝き、怪物は赤黒く光っている。

何重にも重なる光の剣閃は、まさしく神話の光景そのものだった。




永遠にも感じる剣戟の中、ついに父の剣が怪物の斧を断ち切る。

その瞬間、怪物ははじかれたように後ろに跳躍し距離をとった。




断ち切られた斧を投げ捨て、両手を地面につき四足歩行の恰好になる。今までよりずっと大きな赤黒い光が怪物の身体からあふれ出し、やがて片方の残った角に収束した。


勝負を決めるつもりだ。




父は数歩前に進んで止まり、剣を上段に構える。


『起動せよ。彗星剣』


そうつぶやいた瞬間、剣の柄の中央に納められた蒼い宝玉が、まばゆい光を発しだした。




大気すらも、息をひそめたようだった。

世界から音が消えた。





怪物はひとつの巨大な砲弾となり、僕らを粉砕せんと突撃してくる。それを同じく巨大な光の剣が迎え撃った。

衝突の瞬間、僕の目は光で塗りつぶされた。




 少しずつ視界を取り戻し、周りの光景が目に入ってくる。まるで隕石が落ちてきたようにえぐれた地面と、真っ二つに斬られた怪物。

そして、胸の真ん中に深々と角が突き刺さった父の姿だった。





 あれほど輝いていた剣はその形を失い砂の様にさらさらと風に飛ばされていき、父が膝から崩れ落ちる。

慌てて抱き留めるも、支えきれない。父の身体に力は残されていない。何か言わなければと口を開くけれど、うまく言葉になってくれない。


「・・マー・・クレ・・イ、良かっ・・・。ごめ・・ね。愛し・・・てい・・・・」


母と同じ言葉を最後に残して、父は逝った。





 どれくらいそうしていただろうか。

暖かさを失った父の身体を抱きしめながら、ただ涙を流していた。

頭をよぎるのは優しい両親とのかつての日々と、己の無力。なぜ自分たちがと、理不尽な世界への憤り。



ただただうずくまっていると、ふと音が聞こえることに気が付いた。



ずりり、ずりり、ずりり



何かを引きずりながら進んでいるような音。少しずつ大きくなっている。



 振り返って目に入ってきたものは、普通より二回りは大きな狼だった。

黒い毛並みは血で赤く汚れ、よだれにも血が混じっているけれど、目だけは爛々とこちらを睨んでいる。

父が致命傷を与えたはずの魔物が、這いずりながら絶望を与えにやってきた。




いくら瀕死であるとはいえ、僕に抗うすべはない。こんなとこまで追ってくる魔物だ。逃げ出そうとした瞬間、何が何でも飛び掛かってくるだろう。それに、あのケダモノの前に父の身体を残して逃げたくもなかった。



なぜ僕ばかりこんな目にあう?

ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!!!

今にも死にそうなくせに、魔物がこちらへ不格好に走り寄ってくる。



諦めてたまるか。父と母が命を懸けて守ってくれたのに、こんな奴に殺されてたまるか!

近くに武器になりそうなものは見当たらない。父の剣は砂のように崩れてしまった。

何かないか?あれだ、青い光だ。母が癒してくれた時、父が怪物と戦っていた時、輝いていたあの光だ!



魔物はすぐそこまで迫っている。



どうやったら出来る?

あれはきっと魔力を纏ったんだ。子供は魔力が安定しないから、10歳を過ぎてからしかやり方を教えてもらえない。この冬から教えてもらう約束だったのに!


知らない。知らない。・・・知るか!


出来ないはずがない。ぼくは誇り高きロランとアイシアの息子。マークレイだ!

出来ないわけがない!!




右手の掌を目の前の魔物へ向け、腹の底から声を出す。


『燃えろぉぉぉおおお!!!!!』



なぜそう叫んだかはわかなかった。

でも僕の掌からは確かに焔の渦が出てきて、狼を飲み込んだ。



そして僕は意識を失った。



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