第2話 ザルツ村の少年②
一区切りするまで毎日投稿します。
第二話
剣の稽古では一度も剣先をかすらせることも出来ていなかったから、強いことは知っていた。
村で一番体の大きな大工のアルドンさんも父にはかなわないようなことを言っていたから、すごく強いのだろうなとは思っていた。
でもこれ程だったとは!先ほどの静寂が嘘の様に歓声があがる。
そんな中父が集まってきた男衆とともに村の外に向かって出陣して行った。
「私たちも教会へ急ぎましょう」
母の呼びかけで残った村人たちは思い出したように教会へ向かい始める。
僕はもう一度父の姿を見たくて、振り返って父の姿を探した。意気揚々と進む男たちの中心で、ずっと険しい顔のままの父が少し気になった。
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。じっと待っているだけなのはどうしたって不安が募っていく。母は皆に献身的に寄り添っていた。皆も母と話をしたがった。
普段はいつもにこにこしていて、怒ると誰より怖いけれど、とても優しいやわらかな印象しかなかった母。けど今の母は違う。やさしく話を聞く姿は変わらないけれど、時に叱咤し、皆の不安を和らげていくその姿はまるでおとぎ話の女王様のようで。
今日は普段と違う両親の姿が発見できたななんてのんきに考えていた時、轟音とともに扉が破られた。
どれほどの力でぶつかったらこんなことになるのだろうか。扉を破って中に入ってきたのはアルドンさんだったもの。人の形を、していなかった。
何がなんだかわからなかった。気が付けば母の下半身は瓦礫の下敷きになっていて、僕の左肩には折れた槍が刺さっていた。
痛みと恐怖でうまく頭が働かない。母は大丈夫だろうか。父はどこにいってしまったのだろうか。
叫びだしたくなるのをなんとかこらえ、まずは母を助け出そうと瓦礫に手を掛ける。
歯を食いしばって力を籠めるも、瓦礫は僕の体よりも大きく、ピクリとも動かない。そもそも左腕に力が入らない。
それでも何とかしなければとなけなしの知識を総動員する。てこの原理というのがあったはず。手ごろな棒が近くになかったから、左肩に生えている槍を引き抜いた。不思議と痛くなかった。
片腕で四苦八苦しながら瓦礫に槍を差し込み、支点をつくって思い切り力を込める。ずずずとほんの少し瓦礫が動いた。少しずつ、少しずつ瓦礫を動かしていく。ようやく足の付け根のあたりが見えた。少し形がおかしい。血も水たまりのように広がっている。
くらりと、意識が飛びかけた。僕も血を流しすぎているらしい。
唇をかみちぎる痛みで意識を取り戻す。作業を再開しようとしたところで場違いみたいに優しい母の声を聞いた。
「マークレイ、わたしの可愛い可愛い宝物。母さんは大丈夫。大丈夫よ」
「瓦礫はいいから、もっとお顔をよく見せて」
なんだがうまく言葉を返せず、ただ言う通りに顔を近づける。
「いつ見てもきれいな蒼い瞳ね。父さんと同じ。勇気と叡智が秘められている」
「怪我をしているの?でも大丈夫。母さんがおまじないをかけてあげるから」
そう言うと母は僕の左肩に手をかざしながらつぶやいた。
『汝を癒せ』
母の手のひらが淡く光ったと思ったら、みるみるうちに肩の傷がふさがっていった。擦りむいた膝も、豆がつぶれた掌さえ治っていた。
「か、母さん、今のは・・・」
「よく聞いて、マークレイ。今すぐに南に走りなさい。川を渡り、森を抜けて領主様のところへ行くの。」
「母さんも、皆も怪我が酷くて走れないわ。だからあなたが一人で行くの。」
「皆を助けられるのはあなただけ。あなたが一生懸命走って領主様を呼んできてくれれば、皆も助かる」
「母さんたちはどうするの!?まだ魔物がいるんだよ!?」
尋常ではない母の様子に、漠然とした焦りが募っていく。
「よく耳を澄ましてごらんなさい。まだ父さんは戦っているわ。助けを待っている間は父さんが守ってくれるから、きっと大丈夫」
そう言いながら母がいつもつけていた指輪を手渡される。
「さあ行って、私たちの宝物。この指輪があなたを守ってくれる。あなたはちゃんとやり遂げる。父さんと母さんの自慢の息子。マークレイだもの」
飛び切りきれいで優しい笑顔で母は最期に言った。
「愛しているわ」
母の笑顔に背中を押され、僕は走りだした。教会の裏手から門をでて、そのまままっすぐ走って行こう。
道中の散らばる凄惨な光景は、あふれ出る涙でよく見えなかった。
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