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第十二話「後方撹乱作戦:その八」

 統一暦一二〇三年七月二十三日。

 レヒト法国北部、クロイツホーフ城南の森林地帯。黒狼騎士団長エーリッヒ・リートミュラー


 既に太陽は中天を越えた。正確な時間は分からないが、そろそろ午後一時は過ぎただろう。

 これほど時間を掛けたのに、まだ敵の別動隊を捉えることができない。それどころか、森の中で速度を上げられ、視界から消えつつあった。


(何がどうなっているんだ! なぜ奴らはこちらの動きが読めるのだ!? それにどうやってこの深い森の中を平原と同じように馬を駆けさせられるのだ!? 王国軍にそんな精鋭がいるとは聞いていないぞ!)


 部下たちに悟られないよう、心の中で罵倒する。


 それでもまだ余裕はあった。

 このまま敵をカムラウ河の方に追い込んでいけば、待ち伏せの網に捉えることができるからだ。


 見た感じでは騎兵が百ほどで、昨日までの襲撃から考えて、こちらに来ている騎兵の全数のようだ。


 森の中を走り続ければ疲労は当然溜まっていく。そのため、本来の力は出せないだろう。倍以上の戦力の待ち伏せを受ければ、壊滅させることは容易い。


 それから十分ほど走ったが、遂に敵を見失った。


「停止せよ!」


 我々も五キロメートル以上走り続けており、身体強化で底上げしているとはいえ、疲労が溜まっている。俺の直属ですら肩で息をしている者が多く、無理に走り続けるより、じっくりと敵を追い込んでいった方がいい。


「ここからカムラウ河までは八キロほどだ! 全部隊で横陣を作り、敵を川の方に追い込んでいくぞ! 奴らを狩りだすんだ!」


 小休止を取りつつ、他の部隊に伝令を出す。

 俺の部隊は敵を追って街道から三キロほど東に入っているから、当初の隊列は完全に崩れており、それを組み直す必要があるからだ。


 十分ほどで近くの部隊とは連絡が取れ、俺の本隊約二百名は最も東を担当する。

 確認はできていないが、各隊は百メートルほどの間隔を空けて東西に一列になっているはずだ。これで三キロほどの幅があるから、敵を逃がす恐れはないだろう。


 この位置から城の方に向かうはずはないので、北東に向けて進んでいく。


 進み始めて二十分ほどで、敵の騎兵を見つけた。

 さすがに森の中で馬を走らせるのは負担が大きかったのか、どこかで休んでいたらしく、思ってより近くにいた。


「敵を見つけたぞ! 全力で追いかけろ!」


 距離は二百メートルほど。

 敵は慌てて馬に鞭を当てる。そして、丘を回避するためか、北西に向かって走り出した。


「横の隊に伝令を送れ! 包み込むように川に追い込むのだ!」


 やはり敵は精鋭のようで、森の中でも少しずつ引き離されていく。

 それでも敵騎兵の足跡ははっきりと残っており、ここまで来たら逃がす可能性はない。


 二十分ほど走ったところで、敵の騎兵の姿を捉える。

 速度は明らかに落ちており、馬のスタミナが切れたようだ。


 こちらも精鋭を集めているが、全力疾走を続けており、息が上がっている。もちろん俺の息も荒い。それでも俺はこれまでの苛立ちを鎮めるため、攻撃を命じた。


「敵を殲滅する! 俺に続け!」


 敵もこちらに気づいたのか、速度を上げようとするが、徐々に距離を縮めていく。


「あと少しで敵を追い詰められる! 気合を入れて進め!」


「「オオ!!」」


 疲労は溜まっているが、部下たちの士気は高い。


 敵まで五十メートルを切った。

 既に敵の焦った声まで聞こえるほどで、これで奴らを殲滅できるとほくそ笑む。

 この時、俺は他の隊を引き離してしまったことを失念していた。


 敵を追いかけて森の中に突入する。

 その時、俺の後ろで悲鳴が上がった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


「敵の伏兵だ! 左右にいるぞ!」


 小賢しいことに昨日と同じ手を使ってきたようだ。

 俺は敵騎兵を追いかけることに集中しすぎて、伏兵のことを失念していた。


「落ち着け! 敵は少ない! 前の騎兵も襲ってくるから気を付けるんだ!」


 矢継ぎ早に命令を出すと、兵たちは落ち着きを取り戻した。


「黒狼騎士団のリートミュラー団長とお見受けする! 尋常に勝負しろ!」


 二本の剣を構えた若い小柄な男が生意気にも勝負を挑んできた。


「雑兵とやり合う気はない!」


 そう言って周囲の兵に対応させ、騎兵に向かおうとした。


「あああぁぁぁ!」


「強いぞ! うっ!」


 二人の兵の悲鳴で意識を双剣の男に戻す。


「雑魚に用はない。それともこのハルトムート・イスターツと戦うのが怖いのか?」


 疲労とこれまでの失態に、二十歳そこそこの若造に煽られてしまった。


「貴様如き、一刀で叩き潰してやる! かかってこい!」


 二十年以上、戦っているから王国の連中の実力は把握していると思っていた。

 しかし、ハルトムートという若造は疾風のような足捌きで近寄ってくると、俺の前に立つ部下を斬り捨て、更に俺に向かってきた。


 その実力は本物で、思わず戦慄が走る。

 しかし、それでも負ける気はしなかった。


 二本の剣を巧みに使ってくるが、実戦経験が足りないのか、微妙に踏み込みが甘く、隙が多いのだ。

 左から襲い掛かってくる剣を弾き、右から来る斬撃を、身体を捻らせることで回避する。


「その程度の腕で挑んでくるとは笑止! 己の未熟さを後悔しながら地獄に落ちろ!」


 捻った身体の反動を利用し、ハルトムートの無防備な左半身に剣を叩きつけようとした。

 しかし、後ろからの殺気を感じ、攻撃を諦めて斜め前に飛ぶ。


 その直後、首筋に風を感じた。


「これを躱すか!」


 驚きの声が上がる。振り返ってみると、ハルトムートと同じくらいの若造が剣を振りぬいた状態で立っていたのだ。

 その若造は見事な鎧を身に纏っており、貴族の子息だろうと考えた。


「二人がかりは卑怯などとは言わないだろうな」


 ハルトムートが不敵に笑い、無造作に近づいてくる。

 先ほどまで見せていた隙はなく、もう一人の若者が攻撃するために囮になったようだ。


 その小賢しさに頭に血が上りそうになるが、戦いの場で冷静さを失うことの危険性を思い出し、ゆっくりと息を吐き出した。


「思ったより単純じゃないな。ラズ、どうしたらいい?」


 ラズと呼ばれた男は真面目そうな表情を崩すことなく、答えた。


「私としては撤退したいのだが……」


 その言葉に俺が割り込む。


「逃がすと思うか? 貴様ら二人が我が軍を翻弄したことは分かっているのだ」


 証拠はなかったが、俺は直感で理解していた。この二人が騎兵と歩兵を指揮していたのだと。


「一応有利なようだが、あまり時間は掛けられないか……」


 ハルトムートは周囲を一瞥してそう呟く。

 俺も同じように周囲を見ると、俺の部下と王国軍が激闘を繰り広げていた。

 それも俺の直属が押されていたのだ。


 確かに奇襲を受けて混乱していたが、王国軍に後れを取るようなことはないはずだ。

 そう考えてもう少し見てみると、逃げていた騎兵が反転しており、伏兵と協力していたのだ。


 ギリッという歯ぎしりの音が聞こえた。

 完全に嵌められたことに、無意識のうちに苛立っていたようだ。


「貴様らを倒せばいいだけだ! 二人まとめて叩き斬ってやる!」


 俺は吠えながらも冷静さを保ちながら、二人の間に斬り込む。

 一対一なら互角以上に持っていけると確信しているが、連携される前に力技で押し切ろうと考えたのだ。


 この考えは悪くなかった。

 反撃の糸口を与えないように連続攻撃を繰り出していくと、二人は完全に受けに回ってしまう。


 二人に先ほどまでの余裕はなく、声を出すこともできない。

 周囲も同じように混乱が収まりつつあり、敵を圧倒し始めていた。


 あと少しで勝利を掴めるというところで、伝令らしき兵が走りこんできた。


「グライフトゥルム王国軍約八千がクロイツホーフ城を攻めております! 大至急、城にお戻りください!」


 ここに来て、敵の別動隊の本当の目的を理解した。

 敵は俺と黒狼騎士団の大部分を森の中に引き込み、その隙を突いてクロイツホーフ城を攻め落とす作戦だったのだ。


「くそっ! やられた!」


 別動隊に引きずり回されたと気づき、怒りが爆発するが、すぐに命令を発した。


「戦闘中止! 城に戻るぞ!」


 俺の言葉で戦っている部下たちも動きを止める。


 城には七百ほどの兵が残っているが、昨日までの戦いで負傷した者が二百名以上いる。そのため、実質的な兵力は五百ほどしかない。カムラウ河沿いの一千の兵が戻ったとしても、八千の兵で攻められたら陥落は免れないことが分かっているからだ。


「雑兵など捨て置け!」


 俺の命令で部下たちが走り始めた。

 敵の騎兵が追いすがり、部下たちが次々と命を落としていく。


 それでも敵も疲労していたようで、俺が数名の部下と殿に立つと、追撃をやめて引き上げていった。

 それを見届けると、俺は全力で西に向かって走り始めた。


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