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第六話「大賢者との協議:前編」

 統一暦一二〇三年二月十四日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ネッツァー邸。マルティン・ネッツァー上級魔導師


 日が落ちてから二時間ほど経った頃、大賢者マグダ様が国王フォルクマーク十世との謁見を終えて帰ってきた。


 いつも精力的なマグダ様にしては疲れた表情で、国王との謁見が上手くいかなかったことは容易に想像できる。


「マルティンよ。坊を呼んでくれぬか。あの者の意見が聞きたいのじゃ」


 既に午後七時を過ぎているが、私は即座に了承した。


「承知いたしました。大至急来てもらうよう連絡します」


 しかし、その必要はなかった。

 私が手配しようとしたところで、マティアス君がやってきたためだ。


「このような時間に申し訳ございません。大賢者様がお戻りと聞きましたので、相談したいことがあり、お時間をいただければとやってまいりました」


 どうやら(シャッテン)にマグダ様が戻ったら連絡を入れるよう、指示していたらしい。


 マティアス君も十八歳になり、以前のような儚い少年という印象はない。しかし、今日はいつもの優しさを感じさせる笑みを消し、その代わりに愁いを帯びた表情を浮かべており、その女性的な容姿と相まって妖艶を感じさせる。


「ちょうどよかった。マグダ様からマティアス君を呼ぶように命じられたところだったんだよ」


 私の言葉で、王宮で何かあったと悟ったようだ。


 応接室に入ると、マグダ様はいつもの老婆の姿ではなく、本来の妙齢の美女に戻っておられた。しかし、その表情は先ほどと同じく曇ったままだった。


「早かったの。儂が呼ぶことを予想しておったのかの?」


「そういうわけではございませんが」


「まあそれはよい。坊に相談したいことがあるのじゃ」


 マティアス君はマグダ様の言葉に小さく頷く。


「私の方も大賢者様に相談したいことがございます。恐らく同じ内容ではないかと思いますが、まずは大賢者様からお話しいただければと思います」


 大賢者様の考えを読んでいるらしい。この点は以前から全く変わらないと感心する。


「そうじゃな。まずは儂から話そう」


 マグダ様はそうおっしゃると、表情と同様に愁いを帯びた口調で話し始めた。


「国王に謁見したのじゃが、相談を受けた。アラベラをどうすべきかという相談じゃ……」


 第一王妃マルグリット殿下暗殺から既に十日以上経っている。マルグリット殿下は病死、アラベラは事故で怪我を負ったと発表があったが、その後新しい発表はない。


「……国王としては内心ではアラベラを許せぬが、マルクトホーフェンが反旗を翻すことを恐れておる。宰相のクラース侯は穏便に済ますべきと主張しておるらしく、国王は儂にどうすべきか聞いてきたのじゃ」


「それでどのようにお答えを?」


 マティアス君が先を促す。


「信賞必罰は国のよって立つところじゃ。ジークフリートが魔人などという愚かな話は儂が一蹴しておるから、アラベラの行いに正当性はない。ならば罰するべきじゃと伝えた」


 マグダ様のご意見は正論だ。


 アラベラはジークフリート王子が魔人であり、自らの命を賭けて王国を守るために排除しようとしたと主張している。


 しかし、助言者(ベラーター)であるマグダ様が、ジークフリート王子が魔人でないと宣言すれば、その根拠は完全に崩れる。実際、アラベラの主張は後付けであり、証拠など何もない。


「それで陛下は何とおっしゃられたのでしょうか?」


 マティアス君は冷静に質問を口にする。


「マルクトホーフェンが恐ろしいと。アラベラを罰すればマルクトホーフェンが兵を挙げる。そうなれば王都は火の海になると怯えておった。一国の国王としての矜持など欠片もなかったわ」


 マグダ様は吐き捨てるようにそうおっしゃった。

 しかし、マティアス君は冷静さを保ったままだ。


「陛下のご懸念は的外れなものではないですね。マルクトホーフェン侯が騎士団を招集したという情報もありますし、先代のルドルフ卿が王都に入り、いろいろなところに声を掛けているようです。それに城門の衛士も買収されている可能性があります」


 既に調べていたらしく、マグダ様もそのことに感心する。


「さすがは坊じゃ。で、儂からの相談じゃが、アラベラの処遇についてどうすべきだと坊は考えるのじゃ?」


 マグダ様も内戦の危機を放置することはできないとお考えのようだ。


「その前にお伺いしたいことがございます」


 そう言ってマティアス君は居住まいを正す。


「ジークフリート殿下についてですが、大賢者様は(ヘルシャー)候補とお考えなのでしょうか? それともまだそこまではっきりせず、フリードリッヒ殿下やグレゴリウス殿下を含め、候補者が現れないこともあり得るとお考えなのでしょうか?」


 叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の目的であり、最高機密にマティアス君は切り込んできた。


「ジークフリートがここ数百年で最も可能性が高い候補者であろうということは言える。じゃが、(ヘルシャー)として覚醒する者かはまだ断定できぬ」


「では、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)は、ジークフリート殿下をどう扱われるおつもりでしょうか?」


 私も気になるところだ。今後の組織の行動に直接影響を与えるからだ。


「保護せねばならぬと思っておる。幸い国王はジークフリートを北部のネーベルタール城に隠すと言っておる。アラベラやマルクトホーフェンを排除できずとも、あの城であれば、陰供(シャッテン)を配すれば、守り抜くことは難しくないのでの」


 ネーベルタール城は王国の最北端にあり、反マルクトホーフェン侯爵派のノルトハウゼン伯爵領、カウフフェルト男爵領の先にある。


 海からの奇襲は考えられるが、魔獣(ウンティーア)のことがあるから、精々五十人程度にしか送り込めない。そのため、城の守備兵と(シャッテン)を適切に配置しておけば安全確保は容易だ。


 マティアス君は一点を見つめたまま考え込む。

 十秒ほど沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「先ほどの問いに対する私の考えですが、アラベラ殿下の罪は不問とするしかありません」


 意外な答えに、私だけでなくマグダ様も驚きの表情を浮かべた。


「マルクトホーフェンの暴発を防ぐためかの。そうすることでジークフリートを守ることができると」


「それもあります。ですが、別のことを考えています」


「それはなんじゃ?」


 マグダ様が疑問を口にするが、私も同じだ。彼の言いたいことが全く想像できない。


「ジークフリート殿下が(ヘルシャー)となる方ならば、人格を形成する幼少期及び少年期に、試練が必要ではないかと思うのです」


「試練じゃと……」


 マグダ様は予想外の言葉に絶句する。もちろん私もだ。


(ヘルシャー)はこの世界を管理する者。世界の様々なことを知る必要があります。大賢者様や叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)といった強力な庇護者に守られながら王宮にいては、本当の世界を知ることは叶わないでしょう。ならば、アラベラ殿下やマルクトホーフェン侯爵家という明確な敵を残しつつ、王宮以外で成長していただく方がよいのではありませんか」


 その言葉にマグダ様は考え込むように目を瞑った。

 今まで何度も候補者がいたが、いずれも覚醒しなかった。理由は分からないが、マティアス君は安全な王宮内にいたからではないかと考えたようだ。


 確かにこれまでは我ら叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)が手厚く保護していたため、命の危険に晒されたことはなかった。また、教育は施したが、実際に民たちの生活を見る機会はなかっただろう。


 マグダ様は考えがまとまったのか、ゆっくりと目を開く。


「さすがは坊よの。そこまで考えておるとは……確かにこれまでは過保護であったかもしれぬし、今回はよい機会かもしれぬ。じゃが、先ほども申したが、信賞必罰は国を統治する根本。第二王妃が第一王妃を弑したのじゃ。アラベラに罰を与えぬことは許されぬことではないかの」


 マティアス君はその問いを想定したようで、迷いもなく答えていく。


「最初にその決断をしていれば問題はなかったと思います。ですが、マルグリット殿下が病死、アラベラ殿下が事故で負傷したと十日以上前に陛下の名で正式に発表しております。発表直後に訂正したのであれば、侯爵家の関与を否定し、アラベラ殿下個人の罪として問えたでしょう。ですが、時機を失しています。このタイミングで覆すことは王家の権威の失墜だけでなく、マルクトホーフェン侯爵への挑発ともなりかねません」


「言わんとすることは分かるが、正義に(もと)ることではあるの」


 マグダ様は強い視線をマティアス君に向ける。しかし、彼はその視線にも怯むことはなかった。


「それ以上に危険なことはこのタイミングで覆せば、大賢者様がそれを迫り、陛下が自らの判断を変えたことを世間に知らしめてしまいます。これにより叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の行動が制限され、(ヘルシャー)復活という大いなる目的の達成の障害ともなりかねません」


 マグダ様は(ヘルシャー)の側近である助言者(ベラーター)であるが、同時に叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の最高指導者でもある。


 魔導師の塔は政治的に中立であることが求められており、それを破ったことを自ら公表することになりかねないとマティアス君は主張した。


 マグダ様はマティアス君の鋭い舌鋒にやや押されながらも反論する。


「儂は助言を求められただけじゃ。その助言に従うかはフォルクマークが決めること。そうではないかの」


「それは詭弁でしょう。もし、このことを他の塔、真理の探究者(ヴァールズーハー)神霊の末裔(エオンナーハ)が知れば、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)を必ず非難します。非難だけならいいですが、彼らも国家への関与を始める恐れがあります。何といっても三塔盟約を定めた助言者(ベラーター)様自らがその約定を破ったのですから。そうなれば、この大陸に災いが訪れることになりますが、それでもよろしいのですか?」


 マティアス君は感情を高ぶらせることなく、淡々とした口調でそう告げた。

 マグダ様は渋々といった感じで、マティアス君の言葉に頷く。


「坊の言うことはもっともなことじゃな。で、坊はどうすべきじゃと考えておるのじゃ? 説明してくれぬか」


 マティアス君は小さく頷くと、ゆっくりとした口調で説明し始めた。


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[一言] どうせ考え無しだから あらゆる角度から 「嫉妬に狂って暗殺したらしい」 とでも触れ回れば暴走して また何かやらかすのではないかと そうすれば今度はそれを名分にして 処罰し放題ですし その時…
[一言] 踏み台にするのか~。結局内戦することになりそうな気もするけど…タイミングを作らなきゃいけないとか無茶振りですね。
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