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番外編第五話「実弟ヘルマン・フォン・クローゼル」


 統一暦一二一三年四月十五日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、騎士団駐屯地。ヘルマン・フォン・クローゼル男爵


 今日意外な人物がラウシェンバッハ騎士団の駐屯地を訪れた。


「元気そうだな」


「ハルトさんもお元気そうで……」


 そう言うものの、言葉を濁してしまう。

 兄の親友ハルトムート・イスターツ殿はグランツフート共和国との国境の城、ゾンマーガルト城の城代兼守備兵団司令官として赴任する途中に、私の顔を見に来てくれた。


 ハルトさんはヴェヒターミュンデ騎士団の副団長だったので、形式的には出世ということになる。しかし、共和国との国境ということで兵力は二百名程度しかなく、五千の兵力を持つヴェヒターミュンデ騎士団の副団長職から左遷させられたのだ。


 兄の配下の者からの情報ではマルクトホーフェン侯爵が王国騎士団にねじ込み、ホイジンガー閣下が無理やり認めさせられたらしい。


「さっきウルスラと一緒に訓練を見たが、凄いものだな。マティが言っていたが、帝国の正規軍団と渡り合えるというのは本当のことだと実感したよ」


 ハルトさんは不満そうな表情は見せず、我が騎士団のことを褒めてくれた。私が左遷のことをどう扱っていいのか困っていることに気づいたようだ。

 彼の横にはヴェヒターミュンデ伯爵のご令嬢だったウルスラ様が頷いている。


「あれだけの精鋭がいるなら、ヴェヒターミュンデやリッタートゥルムの後詰めは万全だな」


「ありがとうございます。確かに兵士の能力は高いのですが、私を含め、指揮官の能力が追い付いていません」


「他の隊長連中のことは分からんが、お前は大丈夫だろう。マティが騎士団長に指名したんだからな」


 ハルトさんはそう言ってくれるが、実際に私の指揮では心許ない。


「兄の命令に従うだけならいいんですが、騎士団長として決断するのはまだ慣れていないんですよ」


 そんな話をした後、領都に向かう。

 領主館に入り、父リヒャルトと共に会食を行った。

 最初は昔話に花を咲かせていたが、酒が入ったことで父が憤りを見せる。


「ホイジンガー閣下もヴェヒターミュンデの要がハルトムート君だと分かっているはずだ。それなのに盗賊の取り締まりしかやることがないゾンマーガルトに左遷するなど、国の防衛を何だと思っているだろうか!」


「ホイジンガー閣下も苦しいお立場なんです。それに今回のことはマティに相談した結果のようです。なので俺はあまり気にしていません」


 ハルトさんはそう言うが、ウルスラ様はあまり納得されていないようだ。


「私もリヒャルト殿の考えに同意する。確かに千里眼のマティアス殿がハルトの左遷を認めたと聞いたが、私は納得できぬ」


「兄は何と言ってきたんですか?」


「共和国との連携を今以上に深めてほしいとのことだ。ゾンマーガルトなら部下に任せて、ケンプフェルト元帥閣下のいらっしゃるヴァルケンカンプに入り浸れると言ってきた。確かにケンプフェルト閣下のところで学んだ方がヴェヒターミュンデにいるよりいいかもしれん。そう思ったから左遷と言われても気にならないんだ」


 グランツフート共和国軍の軍神と言うべき、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥の下で学ぶというのは確かに魅力的だ。


「それにここにもちょくちょく寄せてもらうつもりだ。川を使えば、二日ほどで来れるからな。ここでラウシェンバッハ騎士団の演習に付き合わせてもらえれば、俺の腕を上げることができるだろう」


「それは助かります。ハルトさんの指揮を学ばせてもらえれば、私や連隊長たちも指揮官としての能力を上げられますから」


 ハルトさんは指揮官としては非常に優秀で、兄が手放しで褒める天才だ。もう一人の天才、ラザファムさんとは違うが、兵の士気を上げることに関してはケンプフェルト閣下に匹敵するらしい。


 そんな話をした後、自室に戻るが、ハルトさんと出会った頃のことを思い出していた。


 ハルトさんと初めて会ったのは今から十三年前の一二〇〇年の一月だ。

 兄が王立学院の高等部の兵学部に入学し、そこでハルトさんに出会い、うちに連れてくるようになった。


 当時の私はまだ初等部の学生で、兄が平民の友人を連れてきたということに驚いた記憶がある。今ではおかしいとは思わないが、当時は貴族街に住んでいたため、同世代の平民と出会う機会が少なく、兄が普通に友人として紹介したことに驚いたのだ。


『ハルトムート・イスターツ君だ。今後、うちに出入りすると思うからよろしく頼むよ』


 兄の紹介でハルトさんは軽く頭を下げた。


『ハルトムート・イスターツだ……です。よろしくお願いします……』


 その時のハルトさんは少し警戒していたようだ。あとで知ったのだが、マルクトホーフェン侯爵家の次男とトラブルがあり、それでハルトさんに危害が及ばないように兄が家に招くようにしたらしい。


 それからすぐにハルトさんとは仲良くなった。ラザファムさんやイリスさんもそうだが、ハルトさんも東方系武術を学んでおり、一緒に訓練に参加するようになったからだ。


 また、エッフェンベルク家のディートリヒと一緒に兄の勉強会にも顔を出し、いろいろと教えてもらっている。


 そんな中、印象深かったのは兄がハルトさんのことを高く評価していたことだ。


『ハルトは偉大な将軍になる素質がある。ラズとは違う意味で天才的な将になると思うよ。もしグランツフート共和国に生まれていたら、元帥にまで昇進しただろうね』


『王国では無理なんですか?』


 当時の私は王国軍のことをほとんど知らなかった。ハルトさんは武術の腕も凄いし、兵学部の実習でも優秀な成績を上げていると聞いていたので、疑問に思ったのだ。


『守備兵団の団長として将軍と呼ばれることは可能かもしれないが、今のままでは騎士団長になることは無理だろうね』


 その時の兄の顔に憂いがあったことはよく覚えている。

 今では騎士団改革の立役者であることを知っているから違和感はないが、当時は何に憂いているのか理解できなかった。


 私が理解できないと思ったのか、兄はいつもの笑みを浮かべて話し始めた。


『ヘルマンもいい指揮官になる素質があると思うよ』


『僕が! 本当に!』


 意外な言葉に驚いた記憶が蘇る。


『お前は素直で人の意見をきちんと聞く。貴族の子息にしては珍しいし、得難い素質だ。それにハルトとわだかまりなく付き合っている。これも得難いことだね』


『人の話を聞くのは兄さんだからだよ。それにハルトさんは尊敬できる人だし、当たり前のことだと思うんだけど』


 当時の私はまだ十五歳にもなっておらず、兄が言いたいことがよく分からなかった。


『王国軍の大半は平民の兵士なんだ。それに今後は平民の隊長が増えてくる。恐らくだけど、最初は貴族の指揮官と上手くいかないはずだ。そんな時、平民と普通に話せる貴族の指揮官がいれば、兵士はその指揮官のために頑張るだろうし、隊長たちも協力してくれる。これは凄いことなんだよ』


『確かにそうだけど、誰でも平民と仲良くした方がいいと分かるんじゃないかな?』


『それが分からない人が多いんだよ。それにお前は平民がどう考えているか、ハルトを通じて肌で感じている。彼らが貴族に対してどう考え、何を警戒しているのか、それを理解しているということはとても大事なことなんだ』


 このことも当時は全く理解できなかったが、王国騎士団に入り、中隊を指揮するようになった時に、そのことは嫌というほど理解できた。


『あとはラズやハルトのやり方を見て、いいところを参考にすればいいよ。指揮官に必要なことは知識だけじゃないからね。彼らをよく見ておけば、将来必ず役に立つよ』


 兄は私が兵学部に入るつもりだと知ると、騎士団の指揮官用の教本を使って、必要な知識を教えてくれた。そのお陰で第五席という私にしては上出来すぎる席次で卒業することができた。


 この成績を一番喜んでくれたのが兄だった。


『やっぱりヘルマンは優秀だよ! これで将来ラウシェンバッハの守備隊を任せることができる!』


 今では騎士団になっているが、当時はまだ黒獣猟兵団も結成されておらず、守備隊も少なかったので首を傾げた。


 私の卒業の年、兄は獣人入植地を訪問しており、遠くない未来に騎士団ができると思っていたのだろう。


 その後、兄の活躍を見て、私は誇らしかった。

 しかし、兄は病に倒れ、更に暗殺者によって一時は命が危ぶまれた。今も健康とは言い難く、私はそのことが悔しくて仕方がない。


 兄が倒れてから子爵家を継いではどうかと言ってくる人が多い。ほとんどの人が善意で言ってくれているのだろうが、私は一度もそんなことを考えたことはなかった。

 兄は私にとって兄弟である前に尊敬すべき師なのだ。


 もし、兄がいなければ私がここまで評価されることはなかっただろう。仮に子爵家を継いだとしても今のように発展することはなかっただろうし、今頃は帝国領の一部になっていたはずだ。だから、私が子爵家を継ぐという選択肢などないのだ。


 私が今やるべきことは、兄が戻ってくるまで領地を守ることと、騎士団を鍛えておくことだ。

 私はそのことを改めて心に誓った。


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