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第九十話「モーリス家の神童たち:後編」

 統一暦一二一三年三月一日。

 グライフトゥルム王国東部ヴィントムント市、モーリス商会本店。ダニエル・モーリス


 僕がリーデル商会に入り、帝国に多大な投資を提案するという策を実行することになった。その際、僕がライナルト・モーリスの息子であることを公表した方がいいのか悩んだ。


 僕としては後からバレるよりいいし、説得力も増すので公表した方がいいと思っているが、この作戦を考えてきた兄フレディの意見を聞きたいと思った。

 兄は先ほどまでの自信に満ちた表情から少し憂いを感じさせる表情に変えた。


「私としては素性を明らかにした方がいいと思っている。だけど、そうなるとお前が王国に帰れなくなるんじゃないかと心配している。敵国である帝国を発展させようとしているとしか見えないからな。だから悩んでいる」


 兄が僕のことを心から心配してくれていることが嬉しかった。


「イリス様がお考えの帝国への経済攻撃のことはどう考えている?」


 イリス様はモーリス商会に帝国内の流通を支配させ、穀物などの生活物資の価格を制御し、いざとなったら物資の供給を停止し、帝国内の経済を破壊しようとお考えだ。


 今はマティアス様が止めておられるが、再びあの方が暗殺者に襲われたら実行をお命じになるだろう。そのことが気になった。


「その点は問題ないだろう。息子の修行先として、うちと関係が少ない商会にするという話は広めている。それに調べてもリーデル商会の商会長しか、うちの傘下にあることは知らないし、ネーアーが直接命令を出していないから証拠は何も残っていない。だから、リーデル商会がうちの傘下に入っていないと主張しても信用されるはずだ。まあ、この辺りはネーアーが上手くやってくれると思っているがな」


 さすがに抜かりなく考えていたようだ。


「それなら素性を明らかにするよ。ライナルト・モーリスの息子だということを強調すれば、商売のために敵も味方もないと思ってくれるだろうし。第一、父さんも帝国のために働いているようにしか見えないけど、誰も文句は言わないんだ。父さんを見習って商人として大成するために実家と縁を切ったと言えば、意外に信じてくれる気がするよ」


「そうだな。それにお前が商会を継げなかったから反発していると見てくれるだろうし」


 父と兄が一年以上かけて世界中にある支店を回っていることは有名な話だ。当然、後継者は兄に決まったと思うだろうし、そうであるなら次男の僕が反発して独り立ちしてもおかしいとは思われないだろう。


「それなら派手に喧嘩して出ていくのもありだね。ライバル会社に入って、徹底的に戦うと宣言した方が信じてもらいやすいだろうから」


「それはどうだろうな。あざとくやるとボロが出る。自然体でいった方がいいと思うぞ」


 兄の言葉で冷静に考えてみる。確かにこれまで仲がよかった兄弟がいきなり喧嘩別れというのも不自然だ。


「兄さんの言う通りだ。将来兄さんの手助けができるように力を付けるために修行に出たという方が説得力はありそうだね」


「それがいいだろう。問題があるとすれば、お前が皇帝に勧誘されることだろうな」


「皇帝に勧誘?」


 意味が分からず聞き返す。


「ネーアーは皇帝から内務尚書にならないかと本気で勧誘されたそうだ。確かにネーアーは父さんが難しい帝都を任せただけのことはあり、優秀な商人だが、他国の商人を閣僚にしようとするほど、帝国には優秀な文官がいないらしい。お前が実力を示せば、勧誘してくると思うぞ」


 帝国の内務尚書といえば、財務尚書、軍務尚書と並ぶ重要閣僚だ。

 今は力を失っているが、皇帝を決める機関である枢密院議員にすらなれる。一商人よりもやれることは多いだろうし、面白そうだと一瞬思った。


「それも面白そうだね。だけど、多分ないんじゃないかな。僕がマティアス様に師事したことは皇帝も知っているんだ。皇帝が豪胆な人でもマティアス様の息が掛かっているかもしれない者を閣僚に勧誘しないだろうから」


「確かにそうだな。なら、明日この話を父さんにして了承が得られたら、今の方向で進めることでいいな」


「それで構わない」


 翌日、父にその話をすると、驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情で聞いてきた。


「これはお前たちだけで考えたことか? イリス様がお考えになったことではないのだな」


 父はイリス様が帝国に報復したがっているので不安に感じたらしい。恐らくマティアス様から釘を刺されているのだろう。


「私たちだけで考えたことだよ。イリス様はもちろん、マティアス様にも相談はしていない」


 兄の言葉に父は少し考えた後、小さく頷き、僕を見た。


「そうか……ならば、好きにやってみろ。但し、安全は最優先しろ。お前が無茶をしているという情報が入ったら、即座に闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)に連絡して、どんな状況でもここに送り返してもらう。理由は言わなくても分かるな」


「もちろん分かっているよ。僕と兄さんはマティアス様の弟子を自認しているんだ。当然マティアス様がお嫌いなことは分かっている。あの方は冷徹に見えるけど、こういった策略で安易に命を捨てることが何よりもお嫌いだからね」


 マティアス様が作られた士官学校の教本を読むと、目的を達成するために兵士が死ぬ策しかないなら、ためらわずに実行すべきだと書かれている。そのため、見た目の優しい雰囲気とは異なり、冷徹もしく冷酷だと思っている人は多い。


 しかし、お考えになった作戦は見事な勝利ばかりだが、驚くほど味方の戦死者は少ない。このことからも分かる通り、マティアス様はとてもお優しい方だ。


 特に戦いとは関係ない情報収集や情報操作で危険な行為は決してお認めにならない。

 それが凄腕の(シャッテン)であり、失敗する確率が無視できるくらい低くてもだ。当然、僕たちのような素人が命を賭ける作戦をお認めになるはずはないのだ。


 父は僕の言葉に大きく頷くが、真剣な表情を浮かべたままだ。


「私も皇帝がマティアス様のお命を狙ったことに対して、腹に据えかねているところはある。だが、我々は商人なのだ。利益を度外視で行動することはまかりならん。但し、適正な利益が得られるなら、好きにやっていい。もちろん自己責任でだがな」


 父も僕たちと同じく、マティアス様に暗殺者が送り込まれ、お身体を大きく損なったことに怒っているようだ。


「ネーアーには話を通しておく。不安があったら長距離通信の魔導具を使って、私に相談しろ。私が捕まらないならマティアス様に相談するんだ。但し、イリス様に相談する時は注意しろ。あの方の意見を聞いてもいいが、必ずマティアス様にもご意見を伺うのだ」


「分かった。僕もイリス様が少し冷静でない気がしているから。最愛の方を殺されそうになったのだし、お身体を無茶苦茶にされたのだから、仕方ないとは思うけど、マティアス様の戦略に齟齬が出ることは避けたいからね」


 イリス様もマティアス様と並んで天才的な参謀だが、ここ二年ほどは冷静さを欠いていることが多い。マティアス様が回復しつつあるから大丈夫だと思うが、警戒は必要だと思っている。


「分かっているならいい。それにしてもよく考えたものだ。マティアス様の弟子を自認するだけのことはある」


 父が認めてくれたことが嬉しかった。

 そこで父の隣で話を聞いていた母がパンと手を叩く。


「難しい話はこれでおしまいよ。ダニエルは明後日には出発してしまうのだし、短い時間を有効に使いましょう」


 母の言葉に全員が賛同し、僕たちはヴィントムントの街に繰り出した。


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