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第八十二話「帝国の現状」

 統一暦一二一二年七月一日。

 ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。皇帝マクシミリアン


 リヒトロット皇国攻略作戦を命じてから三ヶ月。

 侵攻作戦は順調で、既にグリューン河の主要都市を陥落させている。


 投入した兵力は第二軍団の第一師団一万、指揮するのはクヌート・グラーフェ将軍だ。

 グラーフェは1209年の皇都攻略作戦時、ホラント・エルレバッハ元帥指揮の下、シュヴァーン河方面で戦ったが、その際は自慢の突破力が使えなかった。

 そのうっぷんを晴らすかのように今回は余の想像を超える快進撃を続けている。


 既にグリューン河流域は我が帝国の手に落ち、皇国が滅ぶのは時間の問題だろう。

 これほど早期に決着が着きそうなのは、ラウシェンバッハが病に臥せっていることもあるが、前回まで手こずった皇国水軍が想像以上に弱体化していたことが大きい。


 三年前の皇都攻略作戦時でも名将イルミン・パルマーがいなくなった後は以前ほどの脅威を感じなかったが、今回は戦力も揃えられていなかった。


 皇都陥落後でも八百隻近い軍船があったはずだが、今では三百隻を割り込み、水上からの支援攻撃を無視できたほどだ。


 諜報部の調査では士官や水兵が皇国の未来を危ぶみ、グライフトゥルム王国に亡命したためと判明した。

 恐らくラウシェンバッハが皇国水軍を余に奪われぬよう、手を回していたのだろう。


 病床にあってもこのような嫌がらせができる。もし、健康であったなら、皇国攻略自体に大きな影響が出たはずだ。


「ラウシェンバッハに謀略を仕掛けたのは正解だったな」


 執務室にいる総参謀長ヨーゼフ・ペテルセン元帥に話しかける。

 彼はいつも通り、酒を手にしており、今日も白ワインのようだ。リヒトロット市を得てから、良質な白ワインが手に入るようになったためだ。


 但し、皇都陥落の前に職人たちが西部に逃げたり、グライフトゥルム王国に亡命したりしたことから、この先は品質が著しく落ちるらしい。ペテルセンはそのことに憤っていた。


「その通りですな。第二王妃アラベラは思った以上に使えます」


 そう言いながら笑っている。

 アラベラの下には侍女に偽装した工作員を送り込んである。また、マルクトホーフェンの腹心の下にも諜報部の手の者が入り込んでおり、いろいろと仕込みができるのだ。


「ただ暗殺を封じられたのは痛かったですな。まさか、大賢者様を使ってくるとは思いませんでした」


 ペテルセンの言う通り、助言者(ベラーター)である大賢者マグダに警告させるという策に出るとは想像もできなかった。


 ラウシェンバッハは叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の塔で治療を受けられるほど、塔とは親密な間柄だが、伝説の人物を動かしたと聞いた時には、思わず聞き返したほど驚いた。


「そうだな。それより今後のことだ。皇国の滅亡は時間の問題だ。だが、一個師団とはいえ、この状況で軍を動かした影響は計り知れん」


 赤死病による影響は終息宣言から一年以上経った今でも続いている。

 最も大きな影響を受けているのは経済だ。特に流通業者は赤死病で多くが倒れ、以前の輸送能力まで回復していない。


 大手の業者が資本を投入し、水夫などの養成を進めているが、人材の確保が難しく、物流コストが高騰している。その結果、あらゆる物の値段が上がり、民たちから怨嗟の声が上がっていた。


 本来なら減税なり補助金なりで民を慰撫する必要があるが、帝国全土に広がっていることからそのような施策をする余裕がないのだ。


 そんな中、軍を動かした。

 今は勝利の報告を大々的に行っているし、年内には宿願であった皇国の打倒がなることから、民たちの不満が余や帝国政府に向くことはないが、勝利の興奮が冷める前にこの状況を打破しなければ、民の不満が爆発することは火を見るよりも明らかだ。


「内務府の機能が落ちているのが問題ですな。シュテヒェルト殿とは言いませんが、その前のフェーゲライン程度の能力を持つ者が出てこなければ、この危機的状況を回避することはできないでしょう」


「卿の言う通りだが、人材がおらぬ。モーリス本人とは言わぬが、ネーアーが我が幕下に入るなら、すぐにでも内務尚書にするのだがな」


 モーリス商会の帝都支店長ヨルグ・ネーアーは頭が切れるだけでなく、決断力に優れている。数億マルク(日本円で数百億円)の投資を商会長に判断を仰ぐことなく実行できるほどだ。


 仮に権限があったとしても、それだけの大型案件を自らの責任で実行に移すことは、なかなかできるものではない。


 また、帝都周辺への投資についても積極的に行い、そのすべてを成功させている。

 その情報収集能力と分析力を帝国のために使えれば、この状況を打破できるのではないかと考えている。


 現実的ではないが、ネーアーに期待してしまうのは人材不足が顕著だからだ。

 元々我が帝国では軍に人材が集中する傾向にあった。父コルネリウス二世はシュテヒェルトとバルツァーという傑物を見いだせたが、未だにそのような人材に巡り合えていない。


 理由は枢密院との関係がよくないからだと考えている。

 官僚出身の枢密院議員を反逆の罪で投獄し、枢密院自体の権限も大きく削減した。その結果、官僚たちは将来を悲観して士気が下がっているし、私に対する忠誠心はあまり強くない。


 そんなことを考えていると、ペテルセンがモーリス商会に対する懸念を口にする。


「そのモーリス商会ですが、疫病で更に大きくなったと聞きました。確かに現在は有用ですが、依存しすぎることは危険ではありますまいか」


「その点は余も同意する。モーリス個人は信頼に値するが、商人組合(ヘンドラーツンフト)に属している以上、余と帝国に無条件で従うことは考えられぬ。だが、この状況でモーリス商会が我が国から手を引いたら、帝国は崩壊するだろう」


 現在、モーリス商会は我が国の水運、食糧調達、鉱山開発など様々な分野でシェアを拡大している。正確な数字は分からぬが、感覚的には二割程度にはなっているはずだ。


 特にザフィーア河の水運は三割近くのシェアになっているはずで、彼らが動かねば、帝都の物資輸送は破綻しないまでも、物価の高騰は目も当てられないほど酷いものになるだろう。


「モーリス商会への依存度を下げるにしても、現状では十年以上先になる。今はあの商会と良好な関係を維持することに努めた方が建設的だ。幸いなことに商会長も支店長も我が帝国に好意的だ」


「そうですな。代替案を提示できぬことですし、現状を維持しつつ、モーリス商会を注視しておくに留めるしかありません」


 余もペテルセンと同じく危険だと思っているが、今の状況を変えられないことが実情だ。


「いずれにしても皇国打倒の効果を最大限に生かさねばならん。その策を考えるのだ」


「承知いたしました。情報操作はラウシェンバッハに学びましたので上手くいくでしょう」


 ペテルセンはそう言いながらワイングラスを掲げた。

 シュテヒェルトが死んでから諜報局の指揮権をペテルセンに与えている。彼以外に諜報局を使いこなせないし、ラウシェンバッハという敵がいる以上、情報戦で後れを取ることは全体での敗北を意味するからだ。


「シュヴェーレンブルクでの情報収集と操作も更に強化せよ。大賢者の警告はあったが、危機感を煽れば、あの愚かな女は我らの思うように踊ってくれるだろう」


「その通りですな。それにマルクトホーフェンも安穏とはしていられないようにいたしましょう。今はラウシェンバッハが不在で有利になっていますが、回復すればグレゴリウス王子の即位も危ういと思わせれば、アラベラと同様に踊ってくれるでしょうから」


「何としてでもラウシェンバッハを排除せねばならん。奴一人に余の大陸統一の夢を潰されるわけにはいかぬのだから」


「御意」


 ペテルセンは余の言葉にいつになく真剣な表情で頭を下げた。


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