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第七十六話「心の変化」

 統一暦一二一一年九月四日。

 グライフトゥルム王国北部、ネーベルタール城内。第三王子ジークフリート


 昨日、大賢者マグダと話をした。

 話した内容は以前ラザファムと話した、今後何をしたいかということだった。


 大賢者が僕の将来を気にしていることに違和感を覚えている。

 何といっても世界の行く末を見守る“助言者(ベラーター)”なのだ。王子とはいえ、僕のような無力な子供のことを気にする必要などないはず。


 第一、僕はあの人が嫌いだ。

 お母様を守らなかったからだ。


 もちろん僕も頭では大賢者が悪いとは考えていない。

 でも、大賢者くらい力があるなら、お母様を助けられたはずだ。


 この話はラザファムにもしていない。

 こんなことを言えば、彼は呆れるだろうし、僕のことを軽蔑するだろうから。


 僕自身、この考えが好きじゃない。でも、こうでも考えないと感情が高ぶって、爆発しそうになるのだ。


 僕の場合、比喩じゃなく、本当に何かをしそうで怖いと思っている。

 僕は覚えていないけど、お母様が亡くなった時に魔導(マギ)のような力が発動し、侍女を一人殺し、アラベラに大怪我を負わせたらしい。


 大賢者と話す前、ラザファムに何を話したらいいのか聞いている。

 その時、ラザファムは僕が大賢者を恨んでいることに気づいていると知った。


『殿下が大賢者様のことをどうお考えかは聞きませんし、変えてはどうかとも言うつもりもありません。ですが、一つだけ言わせていただきます。人を恨むこと、憎むことは更なる負の感情を生み、その者の性格を歪めてしまいます。マルグリット様のことは妹から聞いた程度ですが、あのお優しい方が殿下の性格が歪むことを望まれるとは思いません』


 ラザファムはそれだけ言うと、それ以上何も言わなかった。


 それからすぐに大賢者と話をした。

 ラザファムの言葉が頭に残っていたから、いつもより冷静に話ができたと思う。


 それに彼から大賢者と話す前にアドバイスをもらっていた。

 それは僕が“千里眼のマティアス”に興味を持っていたから、大賢者に過去の偉人と比べてどう思うかと聞いてみてはどうかということだ。


 確かにおもしろそうだと思った。

 でも、大賢者にそんなことを聞いてもいいのかと思わないでもなかった。


『そんなことを聞いてもいいのかな』


『私が聞きたいのですよ。大賢者様がマティのことをどう見ておられるのかを』


 そう言って微笑んでいた。


『確かに気になるね。特に建国の英雄、軍師アルトヴィーンと比べてどうなのか』


 その話をすると、大賢者は一瞬意外そうな表情を浮かべた後、和やかな笑顔で教えてくれた。


 大賢者から王国の成立が五十年は早まっただろうと聞いて、僕だけでなく、ラザファムも驚いていた。


 話が終わった後、一人になって妄想に耽った。

 千里眼のマティアスとラザファムが、僕の“双翼”になってくれたらどうなるのだろうと。


 そして今日、その話をラザファムにしている。


「マティはともかく、私では大将軍バルドゥルに全然及びませんよ。バルドゥルは初代国王フォルクマーク陛下の下で数万の軍を率いていますが、私は千人の連隊しか実戦では率いたことがないのですから」


「でも、千里眼のマティアスと一緒ならどう? ラザファムなら活躍できると思うのだけど」


 僕がそう言って話を振ると、考えながら答えてくれた。


「そうですね……確かにマティが作戦を立ててくれるなら……でも、私だけでは難しいですね。ハルトとユリウスがいれば何とかなるかもしれません」


 そう言って遠い目をしていた。


「“(ツヴァイ)(シュヴェールト)ハルト”と“魔弾の射手(フライシュッツェ)”に“氷雪(シュネーシュトルム)烈火(フォイエル)”か……凄いね」


 彼からいろいろ聞くようになり、シュテファンやアレクサンダーにもラザファムやマティアスのことを聞くようになった。

 彼らのことは非常に有名で、いろいろと教えてくれた。


「その名で呼ばないでください。それはハルトがふざけて付けたあだ名なんですから」


 ラザファムはそう言って苦笑している。


 ラザファムは自分たちが優秀だと言われるのはすべてマティアスのお陰だと断言している。実際、あの教本を十三歳で作ったのだから天才なのだろう。


 もし僕がラザファムたちの中にいたしても、同じことができるとは到底思えなかった。そのことを正直に言ってみた。


「でも凄いね。みんな学院を卒業した直後から活躍しているんだから。僕には絶対に無理だよ」


「彼と一緒にいれば分かりませんよ。彼は本当に凄いのですから。予想の的確さは予言と言ってもいいほどでした。ヴェストエッケでの戦いでも私たちは彼の言う通りに動いただけなんですから」


 レヒト法国とのヴェストエッケ防衛戦では聖都レヒトシュテットでの情報をいち早く入手し、それを基に法国の侵攻計画を看破して援軍を派遣した。当時は王国騎士団に属しておらず、学院の教師だったそうだが、ラザファムとハルトムートの中隊を使って、敵将を翻弄している。


 更に敵の秘密兵器に対しても完璧な防護策を提示して守り抜き、敵将同士の不和を煽りつつ、城内に引き込んで多くの敵を討ち取った。

 そんなマティアスの活躍に溜息しか出ない。


「焦る必要はないですよ。私が殿下と同じ頃には騎士団長になれるなんて思ってもいなかったのですから。これからじっくり学んでいけばいいのです。そのお手伝いは私がしますので」


「うれしいね。でも、学んだことを活かせる機会が来るとは思えないのだけど……」


 今の状況がどのくらい危険なのか、正直なところ僕には分かっていない。

 ただ、第三王子とはいえ、王子がこんな辺境の城に隠れていなくてはいけないのだから、相当危険なのだと思う。


 そう考えると、王都に戻っても僕に国のために働く機会はやってこない。いや、王都に戻れるかどうかも怪しい。

 最近よく考えるのはこの辺境の城で朽ち果てるのではないかということ。


 シュテファンは必ず戻れると励ましてくれるが、半年ほど前まで王都にいたラザファムは、気休めを言うことがない。アラベラとマルクトホーフェン侯爵の力が以前より相当強くなっているのだろう。


 ラザファムが優しい口調で話し掛けてきた。


「いずれにしても学ぶことが無駄になることはありません。いずれ活かす機会がやってくると信じて、今は励むしかないでしょう」


「そうだね。それに今の生活は楽しいからね」


 そう言って微笑むと、ラザファムも微笑み返してくれた。


 その日の午後、大賢者が出発した。

 来た時と同じように船を使うが、どこに向かうのかは分からない。


「あの方はどのような思いで生きていらっしゃるんでしょうね。私には想像もできません」


 ラザファムが大賢者の船を見ながら呟いている。

 僕はそんなことを考えたこともなかった。


「どういうこと? 世界のために頑張っておられるのではないのかな?」


「それはそうだと思うのですが、数千年も生きておられるのです……」


 そこで寂しげな表情を浮かべた。


「私は愛する妻を失い、生きる希望を失いました。あの方はどれだけそのような思いをされたのかなと思ったのです。私なら心が擦り切れてしまうでしょう。ですが、あの方は私に対しても気遣ってくださいました……」


 僕はどう言っていいのか分からず黙るしかなかった。

 そんなことを一度も考えたことがなかったから。


 八年経ってもお母様を亡くした悲しみは消えていない。そう考えると、あの人はどれだけの悲しみを背負っているのかというラザファムの思いは何となく分かる。


「いずれにしても、私たちは前を向いて生きていくしかありません。では、夕方の訓練に向かいましょう。未来を切り開くために」


 ラザファムは優しい笑顔で私にそう言った。


「そうだね。今できることをやる。これしかないよ」


 そう言って僕も笑った。

 今日僕は少しだけ大人になったような気がした。


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[良い点] なんかええ話やなあ。なんかうるっときた。
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