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第七十話「グレゴリウス始動」

 統一暦一二一一年八月十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第二王子グレゴリウス


 王宮に来てから二ヶ月半ほど経った。

 王宮内の奥にある王族の私的なスペースに住んでいるが、マルクトホーフェンにいた時と比べ、非常に居心地が悪い。


 基本的に部外者が入ってこないことはマルクトホーフェンにいた時と同じだが、俺の教師ですら入ることができず、母アラベラが選んだ者に代えられた。


 その者たちが有能ならよいのだが、祖父ルドルフが選んでくれた者に比べ、質は比べ物にならないくらい劣り、すべて一回目が終わった段階で解任している。

 新たに選ばれた者も碌な者がおらず、未だに師が決まっていない。


 これは母が自分の息が掛かった者だけを候補にしたためで、あの母と関係があることから分かる通り、知識も能力もなく、おべっかだけが得意な者しかいないためだ。


 先日、叔父であるミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵に師を探すよう命じたから、そろそろまともな者がやってくるはずだ。


 居心地の悪さは使用人たちが母を恐れている事が大きい。

 母は感情の起伏が激しく、気に入らなければ侍女だろうが料理人だろうが、激しく折檻する。


 ここにいる侍女は貴族の娘なのだ。貴族の支持を取り付けることを考えれば、そのようなことができるはずはないのだが、考えの足りない母は治癒魔導が必要なほど鞭で打つのだ。


 マルクトホーフェンにいた頃はお爺様が母を叱責したため、ここまで酷くはなかったが、お爺様という箍が外れたことで、日に日にエスカレートしている。


 その影響が俺にも出ている。あの女の息子ということで、俺も同じような行いをすると思われ、腫物を触るような扱いを受けていた。


 更に悪いことに、母はラウシェンバッハの暗殺を命じている。

 人を殺すことを厭わない非情さは時には必要であるため、暗殺自体を否定するつもりはない。


 しかし、そのようなことを隠すことなく行えば、胆力のない侍女たちが恐れてもおかしくはない。


 それ以上に問題なのは、ラウシェンバッハと接触できなかったことだ。

 彼を俺の腹心にしようと思い、何度か使者を送ったが、にべもなく断られている。


 彼にしたら当然のことだろう。

 母が殺そうとしているのだから、息子である俺が王宮に呼びだしても暗殺のためだとしか思わない。


 母にはラウシェンバッハの暗殺をやめるように言ったが、誰に吹き込まれたのか、俺が王になるための最大の障害が彼であると思い込み、聞く耳を持たないのだ。


 暗殺を厭わぬ女の息子というレッテルを貼られ、優秀な人材に接触すらできない。

 この状況に苛立っている。


 あの女は本気で俺を王にしようとしているのかすら、疑わしいと思い始めているところだ。


 俺はあの女と距離を取るため、父である国王と王宮を差配する宮廷書記官長の叔父に直談判を行うため、父の執務室に向かった。

 母もその場に立ち会うと言って、付いてくる。


「陛下に何を頼むつもりなのかしら?」


 廊下を歩きながら、母が聞いてきた。


「母上にご迷惑を掛けるようなことではありません。王位を継ぐに相応しい者になるために必要なことをお願いするだけです」


 そう言ってはぐらかす。

 執務室に入ると、不機嫌そうな表情の父と笑みを浮かべている叔父が待っていた。


「余に頼みがあるとのことだが、どのようなことだ? 王子とはいえ、できることとできぬことがあるぞ」


 愛する女性の仇の息子ということで、父は俺に対して冷たい。

 と言っても、俺にとっても父は幼い頃に別れた後、八年間会っていなかったから、肉親の情はない。


「王子として母の下から独立したく考えています」


「独立! どういうことなの!」


 母が金切り声を上げる。


「母上は少し黙っていてください。今は陛下にお願いしているのです」


 冷たい声で言うと、母は目を丸くしていた。


「王宮内に王子宮を定めていただき、そこに移りたいと考えています。また、陛下の執務を間近で見させていただき、王位継承権を有する者として恥ずかしくない見識と能力を身に着けたいと考えております」


 俺の言葉に叔父が声を上げる。


「素晴らしいですな! 十四歳でそこまでお考えとは! 小職は感服しましたぞ!」


 叔父には事前に話を通しており、大袈裟に賛同してくれた。

 彼としても母の暴走が目に余り、このままでは俺の王位継承が危ぶまれると考えていたようで、すぐに乗ってきた。


 父はチラリと母を見た。呆然としている様子を見て満足そうな表情を浮かべ、俺に向き直る。


「よいだろう。そなたが王位を継ぐとは限らぬが、真面目に学ぼうとすることはよいことだ。母親の庇護が必要な歳でもない。自立することも認めよう」


「お待ちください! 陛下は私からグレゴリウスを奪うとおっしゃるのですか!」


 母が慌てて反対する。

 俺はできる限り優しく聞こえる声で母に話しかけた。


「母上、同じ王宮内にいるのです。毎日会うことはできますから、何も変わりませんよ」


「しかし……」


「このまま私が母の庇護がいる子供だと思われてもよいのですか? 父上の下で王としての心構えを学び、俊英と名高い叔父上から国政を学ぶ。それとも母上は私がよき王になろうとすることに反対なのでしょうか?」


 その言葉で単純な母は納得した。


「よき王になろうと……分かりました。あなたがそこまで考えているのであれば反対はいたしません」


 これでこの女がどのような愚かなことをしても、俺が無関係だと言えるようになった。


「ありがとうございます。それでは陛下、お忙しい中、お時間をいただき、ありがとうございました。これにて失礼いたします」


 そう言って一礼し、執務室から出た。


「こういうことは事前に相談してほしかったわ」


 執務室を出た直後に母が抗議してきた。しかし、表情は険しくなく、少し拗ねているだけのようだ。


「母上、私も男なのです。いつまでも母の腕の中で守られているわけにはいきません。父上に認められ、次期国王となるために必要なことなのです」


「そうですね。でも寂しいわ」


「王になれば、また一緒に暮らすこともできるでしょう。これが一番良い方法なのですよ」


 そう言って宥める。

 母はその言葉で納得し、自分の部屋に戻っていった。

 彼女と別れた後、叔父の執務室に向かう。


「お見事でしたな。これで姉が暴走しても殿下に迷惑を掛ける恐れがかなり減りましたね」


「そうだが、油断はできん。母上ほど物事を深く考えない方は珍しいのだ。父上を暗殺することすらやりかねんが、そうなれば俺も叔父上もそこで終わるのだからな」


 あの女なら俺を王位に就けるために必要だと言われれば、平気で国王暗殺に手を染めるだろう。


「そうですな。陛下には姉上に金を自由に使わせぬようお願いしましたが、恐らく効果はないでしょう」


「母の監視を強化してくれ。誰かが唆していることは明らかだ。帝国が最も怪しいが、どこでどう繋がっているのかが全く分からぬからな」


 警戒すべきはゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンだ。


「殿下も帝国が怪しいと思っていらっしゃるのですか?」


 叔父も帝国が怪しいと思っているらしい。


「リヒトロット皇国がいつまで耐えられるかは分からんが、俺が王になる頃には滅びているはずだ。そうなると、帝国が我が国に手を伸ばしてくることは確実だ。今からその準備をやっているといっても、俺は驚かんぞ」


 ラウシェンバッハを排除し、王国内を掻き回しておけば、帝国は労せずしてこの国を手に入れられる。


「分かりました。では、私の方で姉上と帝国の関係を調べてみましょう」


 そう言って叔父は頭を下げるが、俺自身はあまり期待していない。

 叔父は無能ではないが、ラウシェンバッハに後れを取り続けてきているからだ。


 叔父の執務室を出た後、俺は今後のことを考えていた。


(建国王フォルクマークの双翼、大将軍バルドゥルと軍師アルトヴィーンのような優秀な仲間を集めるべきだろう。少しずつ臣下に声を掛けるべきだな……)


 建国王の英雄譚を読んだ時のことを思い出した。

 建国王フォルクマークは父と同じ名だが、理想郷フリーデンを滅ぼした悪の魔導師集団“オルクス”に虐げられていた民を救い、グライフトゥルム王国を作り上げた。


 建国王には“双翼”と呼ばれる二人の優秀な部下がいた。一人は戦場を駆ける大将軍であるバルドゥル・ハーケンベルク。そしてもう一人は王に知恵を授ける軍師、アルトヴィーン・ザックスだ。


 俺は幼い頃に与えられた三人が活躍する本に何度も胸を熱くしていたのだ。


(俺には双翼どころか信頼できる家臣すらいない。まずはそこからだな……)


 そんなことを考えながら、王宮の中を歩いていた。


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