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【ネット小説大賞入賞作品】グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~  作者: 愛山 雄町
第二章:「王立学院初等部編」

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第十八話「マティアスの誤算」

 統一暦一一九九年二月七日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク。ラウシェンバッハ子爵邸、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 年が明け、王立学院初等部の三年に進級した。

 王都シュヴェーレンブルクは平和そのもので、ゾルダート帝国が国境に迫りつつあるという危機感は全くない。


 シュヴェーレンブルク騎士団の改革が行われ、名称が正式に“王国騎士団”と変わり、第一から第四までの四個騎士団の設立が大々的に宣言された。


 そのうち第二騎士団は王国軍改革案を採用している。

 具体的には一個分隊十名を基本とし、三個分隊で一個小隊約三十名、三個小隊で一個中隊約百名弱、三個中隊で一個大隊約三百二十名、三個大隊で一個連隊約千名、四個連隊と連隊司令部、支援部隊で一個騎士団約五千名という編成となる。


 中隊までは騎兵や弓兵といった単一の兵種で、大隊は基本的には騎兵、歩兵、弓兵の各中隊で構成される。但し、騎兵の数が他の兵種より少ないため、すべての大隊に騎兵中隊が存在するわけではない。


 中隊長には隊長付きの下士官一名と伝令数名が付き、第一小隊と共に行動する。

 大隊長には大隊長直属小隊として、副官一名、大隊付き下士官一名、偵察分隊二個二十名、主計兵八名の計三十名が付く。


 連隊長には連隊司令部として副官一名、参謀三名、連隊付き下士官一名、偵察小隊一個三十名、主計兵十名の四十五名が定員で、これに教育中の士官候補生や軍監など員数外の者十名程度が司令部付となる。


 主計兵は物資の管理と調理などを担当する。偵察分隊は偵察任務の他に大隊長の護衛部隊にもなるため、優秀な兵が集められている。


 騎士団長には騎士団司令部七十名、戦闘工兵大隊約四百名、輸送大隊約四百名、支援中隊約百三十名の計約千名が直属部隊となる。


 司令部は副官三名、参謀十名、騎士団付き下士官二名、伝令十五名、護衛小隊一個三十名に加え、士官候補生や軍監など員数外の者十名程度が司令部付となる。参謀は作戦だけでなく人事や主計なども管轄する。


 戦闘工兵は防御陣地の構築だけでなく、騎士団直属の歩兵として戦闘にも参加する。

 輸送大隊は四つの中隊に分かれ、各連隊への物資の補給を担当する。輸送部隊ではあるが、独立で行動できるように戦闘力も有しており、城塞などでは歩兵としても期待している。


 支援中隊は魔導師である治癒師、一般の衛生兵、主計兵などで構成されており、戦闘に直接参加することはない。


 この編成では大隊が最小の独立戦闘単位となる。

 本来なら連隊を最小の独立戦闘単位としたかったが、王国騎士団の任務に国内の魔獣(ウンティーア)討伐があるため、三百名ほどの大隊の方が、都合がよかったのだ。


 新たに作られた兵種、特に参謀は未だ教育の真っ最中ではあり、能力は未知数だが、騎士団長や連隊長のサポート体制は一応整った。しかし、基本的には素人である私が考えたものなので、この世界でどれだけ通用するのか疑問を感じている。


 クリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵は第二騎士団長に就任すると、隊長や参謀の人選や兵たちの装備の手配などの準備は予め済ませていたようで、僅か一ヶ月で本格的な訓練を開始した。


 そんな忙しい子爵だが、私は今日、彼に会いにいく。

 理由は帝国軍に関する情報が届いたためだ。


 私の当初の予想では今年の後半、秋から冬に掛けて進攻してくると考えていた。実際、物資の動きを見る限り、帝国軍も四月から十月までの増水期が終わった後を見込んでいたはずだ。

 それが半年以上早まった。


 早まった理由は私の仕掛けた謀略、帝国軍の悪評を流すという作戦が思った以上に効果を上げたためで、そのことに皇帝が危機感を持ったためらしい。

 そのため、当初考えていた作戦を変える必要があり、子爵に面会を申し込んだのだ。


 子爵家の嫡男とはいえ、初等部の学生に過ぎない私が騎士団長に面会するのは難しい。そのため、マルティン・ネッツァー氏に同行してもらった。


 ネッツァー氏は王国軍改革の立案者の一人として認識されており、面会は簡単に許可される。


 子爵は騎士団本部の一室で書類と戦っていたが、笑顔で出迎えてくれると、私たちを応接用のソファに案内する。しかし、その顔には疲労の色が強く見えた。


「お忙しい中、お時間をいただき、ありがとうございます」


 そう言ってネッツァー氏が話を切り出し、私の方に視線を向けた。私はそれに頷くとすぐに本題に入る。


「帝国軍の第二軍団に動きがありました」


 その言葉に子爵が腰を浮かす。


「この時期に動いたのか!」


 子爵にも私の予想は伝えてあり、予想を覆す素早い行動に驚いたようだ。


「そのようです。情報分析室が得た情報では二月一日にエーデルシュタインを出発、フェアラート到着は二月の二十五日前後、作戦開始は三月の上旬とのことです」


 闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)の諜報員が情報を得たのは十日ほど前。千キロメートル近い距離を一日平均百キロという速度で情報をもたらした。


「ヴェヒターミュンデ伯爵にも第一報は入れておりますが、早急に手を打つべきと考えます」


 子爵は頷くものの、表情が暗い。


「我が第二騎士団もまだ戦闘に投入できるほどの練度ではない。ヴェヒターミュンデ騎士団の増強くらいしか手が打てん」


 私はその言葉にニコリと微笑んだ。


「ちょうどいいではありませんか。第二騎士団の訓練のためにドライフェルス平原に移動させると公表すれば、よい隠れ蓑になります。実際、行軍訓練は必要なのですから」


 ドライフェルス平原はシュヴェーレンブルクから南東に広がる平原で、演習場もある。また、ヴィントムント市に補給のために入ることはよくあることであり、疑念が持たれにくい。


「だが、作戦開始が三月上旬だとすると、ヴェヒターミュンデ城への移動だけでもギリギリだ。訓練の時間など取れぬし、敵に悟られることになる」


 シュヴェーレンブルクからヴェヒターミュンデ城までは約五百キロメートルある。一日の行軍距離が二十五から三十キロメートルと考えると、子爵の言っていることは間違いではない。


 事前の打ち合わせ通り、ネッツァー氏が自信ありげな口ぶりで話す。


「予定通りに作戦が始まるとは限りませんし、遅れるように手も打つことは可能です。幸いフェアラートには闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)工作員(シャッテン)が入っておりますので」


 ネッツァー氏の言葉に子爵が驚く。


「そのようなことができるのか!」


「大したことはできません。ですが、嫌がらせ程度なら可能です」


 これは元々考えていたことだ。

 今回のように帝国が作戦を早めたり、作戦規模を拡大したりした場合に時間を稼ぐ方法を調べていた。


 問題は子爵がこれを了承するかという点だ。

 必要なことは理解しているだろうが、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)以外の組織が闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)を動かすには結構な金が掛かる。


 これまでの帝国への謀略は情報収集を兼ねて、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)が独自に行っていたものだ。しかし、帝国軍に対して直接行動を起こす場合、王国政府からの依頼という形にしなければならない。


 これは魔導師が無制限に政治や軍事に介入することを防ぐためで、エンデラント大陸にある三つの魔導師の塔が結ぶ、“三塔盟約”で定められており、無償で行えば、二つの塔から叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)が制裁を受けることになる。


 今回のような危険を伴う依頼の場合、暗殺と同じ程度の金は必要で、少なくとも百万マルク、日本円で一億円以上は必要なはずだ。


 それだけ金が掛かる依頼を一騎士団長に判断できるかという問題がある。また、彼が了承したとしても王国政府が認めるまでに時間が掛かれば意味がない。


「すぐに実行してくれ。請求は騎士団本部に頼む」


 子爵は迷うことなく了承した。


「よろしいのですか? 後で問題になることはございませんか?」


「問題ない。闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)に諜報活動を依頼する予定で予算は取ってあるから、それを流用する」


 情報の重要性をしつこく説いたことが功を奏したらしい。

 ネッツァー氏は指示を出すために立ち上がった。私もこれで用は済んだと思い、一緒に出ようとしたが、子爵から待ったがかかる。


「マティアス君には相談したいことがある。済まないが、もう少しだけ残ってもらえないか」


「構いませんが」


「ネッツァー氏が言っていた嫌がらせというのは君が考えたものなのだろう? どの程度の時間を稼ぐことができるのか、それを聞きたかったのだ」


 察せられるとは思っていたが、ストレートに聞いてくるとは思わなかった。

 計画している作戦を簡単に説明した。


「……この策が成功すれば、一ヶ月程度は稼げます。あとは本当に嫌がらせ程度なので、上手くいけば三週間ほど、少なくとも十日と言ったところでしょうか」


 私の説明に子爵は小さく首を横に振っていた。


「よく考え付くというか、準備をしているものだ。だが、そのお陰で一ヶ月半もの時間を稼げるのだから」


「もっと運がよければ帝国軍は何もせずに撤退します」


「それはどういうことかな?」


 食いつき気味に聞いてきた。


「シュヴァーン河は春になるとベーゼシュトック山地の雪解け水で増水するそうです。ただ増水するだけなら渡河は可能に思えますが、王国側の対岸であるシュティレムーア大湿原に水が流れ込み、渡河できる場所がヴェヒターミュンデ城の目の前とタラレク村しかなくなりますから、作戦を中止する可能性があるのです」


 シュヴァーン河は四月に入ると雪解け水が増え始め、五月に入る頃には王国側の大湿原に水が大量に流れ込む。また、夏になると雨量が増えて一気に増水することがあり、晩秋の頃にならないと水量は安定しないため、浮橋での渡河が難しくなる。


 実際、三年前のフェアラート会戦では、王国軍とグランツフート共和国軍がシュヴァーン河の増水によって十日ほど足止めを食らい、その間に帝国軍にフェアラートを占領されている。


 増水のことは帝国側も分かっており、最も水が少ない三月に渡河作戦を計画した。

 私が秋から冬に作戦を起こすと想定していたのも同じ理由で、十一月頃に作戦を開始すれば、トラブルがあっても作戦中止に至らないと考えたためだ。


 ちなみに海を渡る方法は使えない。理由は大型の魔獣(ウンティーア)がいるためだ。魔獣(ウンティーア)は百人単位の人が乗る船が通ると襲い掛かる習性があるらしい。そのため、小規模の部隊なら海上輸送が可能だが、一万人ともなると現実的ではない。


「君は本当によく調べているね」


 感心されるが、当然のことをしているだけだ。


「シュヴァーン河が戦場になることは想定していますから、当然気候や川の状況も調べられる範囲で調べています」


 三日後、第二騎士団は王都を発った。

 そして、その十日後、ネッツァー氏から時間稼ぎの作戦が成功したと教えられた。


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