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第二十五話「イリスの授業:後編」

 統一暦一二〇八年九月十二日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク郊外、士官学校内。グスタフ・フォン・ヴェヒターミュンデ候補生


 戦術科の授業は元々苦手だった。

 俺は根っからの戦士で、これまであまり頭を使ってこなかったからだ。

 そのことを父上も案じ、エリート校である王立学院の最難関、兵学部に入るよう命じた。


 何とか入学を果たしたが、成績はパッとせず、士官学校に何とか編入できたものの、こちらでも落第ギリギリという成績で、卒業すら危ぶまれる状況が続いている。

 夏休みにハルトムートに短い期間だったが、教えてもらい、少しは自信が付いた。


 この時、マティアス殿がヴェヒターミュンデを訪れ、こんな話をした。


『グスタフ殿も将来ヴェヒターミュンデ騎士団を率いるのだから、対帝国戦略を考えてみるといいよ。今の状況を説明するから、どんなことをしたらいいのか、明日にでも教えてほしいね』


 それにハルトムートも賛同する。


『それはいい。マティがいるうちに聞いてもらえば、どこがよくてどこが悪いか指摘してくれますからね。俺もそれでずいぶん助かったんですよ』


 “世紀末組(エンデフンタート)”と呼ばれる秀才集団の座学と実技のトップに教えてもらえるということで、俺よりも父上が乗り気になった。


『徹底的に鍛えてやってくれ。こいつは俺に似て考えが浅いからな』


 そんな感じだったが、その内容が今回のレポートの課題とほぼ同じだった。

 その時俺は王国と共和国の連合軍の全軍で皇都に向かい、皇国軍と共同で帝国軍に野戦を挑み、勝利するという策とも言えない案を出した。


 結果は二人からダメ出しの嵐で、酷く落ち込んだ記憶が鮮明に残っている。

 その後、二人がリッタートゥルムに向かったため、話はしていないが、それからずっとどうやったら皇都を陥落させずに帝国軍を追い払えるか考え続けた。


 九月に入り、イリス先生から課題が出され、それをまとめた。

 少しズルをした気分だが、マティアス殿やハルトムートから模範解答を聞いていないのでいいだろうと、全力でレポートを作成した。


 その結果、イリス先生からその内容を発表するように命じられる。

 最初は俺でいいのかと驚いたが、イリス先生の感想が直接聞けるいい機会だと思い、緊張しながら発表を始めた。


「まず戦略目的ですが、先ほどのダイスラー殿と同じく、帝国軍を撃破するのではなく、皇都攻略を諦めさせることです。それを主眼に考えました」


 以前の俺は正面から叩きのめすことしか考えなかった。しかし、マティアス殿とハルトムートから、王国、共和国、皇国の三ヶ国連合軍では、三倍の数があっても帝国軍には勝てないと断言されている。そのことを説明していく。


「仮に王国、共和国、皇国の三ヶ国連合軍を結成したとすれば、帝国軍に二倍程度にはなるでしょう。ですが、一ヶ月間にわたる合同演習を行った共和国軍はともかく、皇国軍との連携は机上演習すらしていません。十二年前のフェアラート会戦の二の舞になることは間違いなく、正面から戦っても勝利は得られないと判断しました……」


 イリス先生は面白そうに聞いているが、学生の大半は不満げだ。指揮官を目指す俺たちにとって正面から堂々と戦って勝利するというのは憧れだからだ。


「そこで敵が八万の大軍であるという点に注目しました。八万人の兵を維持するには大量の食糧が必要です。帝国軍の輜重隊は優秀ですが、兵站に負担が掛かることは火を見るよりも明らかで、そこを突きます」


 そこで一度言葉を切り、唾を飲んだ後に説明を再開する。


「皇都近くに帝国軍が展開する場合、補給路は帝都からザフィーア河とザフィーア湖を使い、中部のエーデルシュタインを経由する形になります。エーデルシュタイン付近に機動力が高いラウシェンバッハ騎士団を送り込み、補給路を脅かします。帝国軍もそれに対応するため、一個師団程度は派遣してくるので、リヒトプレリエ大平原まで撤退しつつ、帝国軍を草原に引きずり込みます。そして、帝国軍と遊牧民が戦うように仕向ければ、皇帝もゴットフリート皇子がいる遊牧民に危機感を抱き、撤退するのではないかと考えました。以上です」


 私の発表を聞き、同級生たちは黙り込んでいる。


「質問してもいいかしら?」


 イリス先生はニコニコとしながら聞いてきた。その表情にどんな質問が来るのだと警戒しながら頷く。


「どうぞ」


「ラウシェンバッハ騎士団を送り込むとして、補給はどうするのかしら? 四千五百人を食べさせていくのは大変よ。特に敵国内という条件を考えれば、帝国軍八万に物資を送るより難しい。その点について教えてほしいわ」


 これは想定していた質問だ。


「シュヴァーン河を使って補給を行います。獣人族の能力なら数日分の食糧を自ら運ぶことは難しくありません。また、彼らの機動力は高く、一日で五十キロメートルは移動できますから、シュヴァーン河から百五十キロくらいの範囲なら行動可能だと考えています」


「そうね。でも、帝国軍も馬鹿じゃないわ。シュヴァーン河に部隊を派遣されたら、ラウシェンバッハ騎士団は飢えてしまう。これについてはどうするのかしら?」


「遊牧民から買えばよいのではないでしょうか。彼らは帝国に臣従しているものの、強い自治権を持っています。多少色を付ければ、食糧を手に入れられるのではないかと思います」


「そうね。同盟関係にない組織から軍への補給が可能かという点はとりあえず置いておくとして、補給についてもよく考えられています。では、もう一つ質問させてもらうわ。遊牧民を使うという策はとても大胆で有効な策だけど、彼らを動かす具体的な方策は考えてあるのかしら?」


 その質問も想定していたが、俺には思いつかなかったので、正直に答える。


「考えてみましたが、具体的な策まで思いつきませんでした。ただ、縄張り意識が強いので、帝国軍を引き込んで、ぶつければ何とかなるのではないかと考えています」


 俺の答えにイリス先生はニコリを微笑んだ。


「それは少し希望的すぎるわね。でも、着眼点はとてもよいと思います。特に皇帝マクシミリアンが最も危険視しているゴットフリート皇子を使うというのは、危機感を煽るという点でよく考えられていますね」


 何とか及第点をもらえたようだ。


「私から質問してもいいでしょうか?」


 俺の前に発表したグレゴール。フォン・ダイスラーが手を上げた。


「これはヴェヒターミュンデ殿にではなく、イリス先生に対する質問なのですが、遊牧民を動かすために、先生ならどうされますか?」


 これは俺も聞きたいことだ。


「そうね。結論から言うと、遊牧民を動かすことは難しいと思います」


「その理由は何でしょうか?」


「遊牧民を動かすには彼ら自身が帝国領に興味を持つか、ゴットフリート皇子が復権を狙って命じるしかありません。ですが、遊牧民たちは草原にしか興味を持っていません。そして、ゴットフリート皇子が帝国に弓を引くことはないでしょう。このタイミングで皇帝の座を狙うのであれば、もっと前から行動しているでしょうから。ですので、ゴットフリート皇子に心境の変化が必要です」


「心境の変化ですか? 何となく分かりますが、具体的にはどういったものでしょうか?」


 そこでイリス先生はニコリを微笑む。しかし、その微笑みは昏いものだった。

 俺は美人が悪人そうな表情をしても絵になるのだと、別の感想を持ったが、すぐに彼女の発言に集中する。


「愛する家族を失うことです。もし、ゴットフリート皇子の家族が皇帝によって殺されたら、復讐するために動くでしょう。つまり、皇帝の手の者が暗殺したように見せかけつつ、皇子の家族を殺せば、遊牧民たちは草原の外に出て帝国軍と戦うということです」


 罪のないゴットフリート皇子の家族に対し、暗殺という手段を使うと聞き、戦慄する。

 俺と同じように同級生たちも固まっていた。

 先生の話にはまだ続きがあった。


「但し、現時点ではこの策は現実的なものではありません。皇帝にとって危険なのはゴットフリート皇子だけ。つまり、直接的な脅威とならない皇子の家族を殺す必然がないのです。ゴットフリート皇子は愚かではありませんから、我が国が暗殺者を送り込んだと考え、逆に皇帝と手を握るでしょうね」


 そこで気になる言葉があったことに気づき、質問する。


「現時点ではとおっしゃいましたが、将来なら有効ということでしょうか? その条件は何ですか?」


 先生は軽く肩を竦めて微笑む。


「残念だけど、それについては答えられないわ。万が一、この話が漏れたらとても危険だから」


 言わんとすることは理解できたが、もの凄く気になる。

 更に質問しようと思ったところで、イリス先生がパンと手を叩いた。


「それでは総評です」


 先生はこれ以上説明する気がないのか、話を打ち切った。


「今回の課題に対して、正面から戦うべきという意見が多く出されました。それ自体を否定する気はありませんが、将来王国軍を率いていくつもりがあるなら、戦力の分析を怠ってはいけません。敵味方の双方を客観的に分析し、その上で方策を考えなければ、戦術を考えても机上の空論にしかならないからです。そして目的を見失ってもいけません。そのことをよく考えてほしいと思います。以上です」


 イリス先生の言葉はマティアス殿とハルトムートからも聞いていた。世紀末組(エンデフンタート)と呼ばれる先輩たちがなぜ凄いのか、俺にも実感できた。


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