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第四話「計略の狙い」

 統一暦一二〇八年八月十四日。

 グライフトゥルム王国南東部リッタートゥルム城。ハルトムート・イスターツ部隊長


 日が大きく傾いた午後五時頃、リッタートゥルム城に到着した。

 城は思ったより小さく、川から見ると幅は五十メートルほどしかない。


 参謀長のルーフェン・フォン・キルマイヤー男爵とその部下のフリッツ・ヒラーと共に船着き場から城に入っていく。


 城の中に案内されると、マティが待っていた。彼の後ろには(シャッテン)のカルラとユーダが騎士の姿で立っている。更に後ろには漆黒の装備の黒獣猟兵団の護衛も並んでいた。


「お疲れさまです。夕食後に情報共有を行いたいと思いますが、大丈夫でしょうか?」


「それで構わない。我々は船に乗っていただけだからな」


 参謀長が代表して答える。


「そう言えばグスタフ殿がいませんが、彼もいっしょに来ると思っていたのですが?」


 マティの言う通り、グスタフ様はリッタートゥルムに行きたいと伯爵にお願いしていたが、伯爵から“新学期に士官学校に戻っていないと落第になりかねん”と言われ、渋々諦めたのだ。


 夕食後、会議室に集合する。

 マティの他に四十代半ばの優男がいた。城代であるオイゲン・フォン・グライリッヒ男爵だ。

 簡単なあいさつの後、すぐに本題に入る。


 マティはテーブルの上に大きな地図を広げた。


「帝国軍の国境警備隊は確認できただけですが、三個中隊約三百人です。場所はリッタートゥルム城の対岸、その約二十キロ上流、更に二十キロ上流の三ヶ所。上流の二ヶ所は小さな開拓村で、そこに駐屯しています。三ヶ所は細い道で繋がっており、定期的に情報交換を行っていることも確認できました……」


 彼の説明ではリッタートゥルムから渡河が可能な三ヶ所を見張っているものの、上陸を阻止するほどの兵はおらず、あくまで監視に留めているらしい。


「川岸近くは森や林になっていますが、川から離れるにつれ、徐々に草原に変わっていきます。草原の民の勢力圏ではないですが、帝国も無用なトラブルを防ぐためか、草原には入らないようです……」


 リッタートゥルムから上流では両岸とも切り立った崖になっており、帝国側では川岸から二キロメートルほどは森や林で、五キロメートルほど離れると草原になっている。草原と言っても地図を見る限り丘陵地帯で、ほとんど手つかずの土地らしい。


「当面の目的は帝国の国境警備隊を排除することですが、その前にリッタートゥルムにラウシェンバッハ騎士団が到着したことに気づかせるつもりです」


「ラウシェンバッハ騎士団がここに来るのか?」


 俺が質問すると、マティはいつもの微笑みを浮かべながら頷いた。


「団長直属の一個大隊三百人と黒獣猟兵団の斥候隊五十名だけだよ。この城に一個騎士団を配置すると補給が大変だからね」


「気づかせると言ったが、ラウシェンバッハ騎士団の全数が来ていないことを知られるのはまずいのではないか?」


 キルマイヤー男爵の疑問にマティが丁寧に答えていく。


「この城には一個騎士団を駐屯させることはできませんので、対岸からはいるかいないかしか判断材料がないのです。ですので、団長であるクローゼル男爵をこれ見よがしに見せて、騎士団すべてがいると誤認させます。帝国軍の正規軍団の偵察隊なら事実のみを報告するでしょうが、国境警備隊はエーデルシュタインの中部総督府に属する地方軍であり、そこまで訓練されていません。ですから誤った報告を挙げてくれる可能性は充分にあります」


「なるほど」


 参謀長が頷いたのを見て、マティが説明を再開する。


「それでは説明を続けます。ラウシェンバッハ騎士団と黒獣猟兵団の斥候隊はあと一週間ほど到着する予定です。到着後、渡河準備を行っているように偽装しつつ、黒獣猟兵団の斥候隊が夜間に帝国側に潜入。国境警備隊を殲滅します。その後、残りの二ヶ所の警備隊も殲滅し、帝国の目を潰します」


「度々済まないが、黒獣猟兵団は斥候隊と聞いた。戦闘部隊ではないが、二倍の兵を殲滅できるものなのだろうか?」


 参謀長が質問する。


「問題ありません。斥候を主とすると言っても、戦闘能力は充分に高いですし、夜襲に関してはスピードがあって五感が鋭い彼らの方が得意ですから」


猫人(カッツェ)族や兎人(ハーゼ)族が中心の部隊と聞いているが、その認識で間違いないか?」


 俺がそう聞くと、マティは「その通り」と言って頷く。


「あのスピードで夜襲を掛けられたら、俺でも生き残れる自信はないな」


 俺がそう言ったことで、参謀長も納得する。


「ハルトムートがそこまで言うなら問題はないのだな。話の腰を折って済まなかった」


 その後、ラザファムの連隊の渡河作戦や敵第二軍団が接近してきた場合の対応などが説明された。


「……基本的にはリッタートゥルム守備兵団の水軍と第二騎士団第三連隊で対応します。キルマイヤー参謀長とヒラー参謀には私の補佐を、イスターツ部隊長にはエッフェンベルク連隊長の補佐をお願いしますが、よろしいでしょうか」


「それで構わない。まあ、俺がラウシェンバッハ殿の補佐をできるのかという問題はあるがな」


 参謀長は自嘲気味に答えた。


「俺もそれで構わないが、俺の公式の立場はどうなっているんだ?」


「三人には参謀本部付き参謀という立場です。更にイスターツ部隊長は私の権限で、第二騎士団に一時的に籍を置くことになります」


「了解した。ラズの指揮下に入るのも一興だな」


 それで説明が終わった。

 解散した後、マティの部屋に向かう。


「実際のところ、帝国軍が皇都攻略作戦を中止する可能性はどのくらいあると思っているんだ?」


 あの場で聞けなかったことを単刀直入に聞いた。


「二割、いや一割あるかないかくらいじゃないかな。皇帝もペテルセン総参謀長も冷静で合理的な人だし、歴戦のマウラー元帥がいる可能性も高いからね」


 成功率の低さに驚きを隠せなかった。


「そんなに成功率が低くて大丈夫なのか? 皇都が攻略されたら帝国は今以上に強大化するが」


 皇都リヒトロットは人口十万人の大都市だ。それだけではなく、グリューン河の水運のカギを握る造船所があり、水軍を手に入れれば一気に皇国を攻め滅ぼせる。


「そうだね。でも、手の打ちようがないんだ。第二軍団をこちらに回された以上、援軍を送り込むことは現実的じゃないし、私が皇都に行くことも許可されない。まあ、私が行ったところで勝率が上がるかは微妙だけどね」


 そんなことはないと思った。

 こいつなら皇帝マクシミリアンだろうと、ペテルセンだろうと打ち負かせる策を考えつくはずだ。


 しかし、すぐに何を気にしているのか理解できた。


「皇国にはマティを使いこなせる指揮官がいなかったな。だとしたら行っても無駄だろう」


 リヒトロット皇国はグライフトゥルム王国と同じく千年の歴史を誇る古い国だが、年功序列や爵位優先が王国より酷い。そのため、マティが皇都に行ったとしても、若輩者としてまともに相手にされない可能性が高い。


「まあ、皇都が陥落することは私の中では既定路線だからいいのだけど。その代わり、帝国に対して嫌がらせはやっておくけどね」


 彼の目が怪しく光った。


「どんなことをやるつもりなんだ?」


 興味があったので聞いてみたが、マティは首を横に振る。


「今は内緒だよ。失敗したら恥ずかしいからね」


 こいつが失敗するとは思えないし、恥ずかしいから言わないというのもあり得ないが、言いたくない理由があるようだ。


「そう言うことなら聞かないでおこう。話は変わるが、ラズの連隊をどう使うつもりなんだ? そっちは言えるんだろ?」


「そうだね。こっちはすぐに分かる話だし」


 そう言って笑った後、説明を始めた。


「敵の目を潰した後、帝国側に上陸させて、物資を運び込んでいるように見せる。それに街道を歩いてもらって、ラウシェンバッハ騎士団が行軍している偽装を行う。その上で水軍と共にシュヴァーン河を遡上してエーデルシュタインから二百キロくらい西まで行く」


「第二軍団をこっちに呼び込むためにか?」


「いや、帝国軍はあと数日でエーデルシュタインに到着するはずだから間に合わない。それにエルレバッハ元帥なら北公路(ノルトシュトラーセ)沿いを進まず、リヒトプレリエ大平原の南側、つまりシュヴァーン河沿いに進むはずだ。彼らが一番恐れているのは後方を撹乱されることだから、草原の民を牽制する意味も含めて、全軍で移動するだろう」


「なら、行軍してくる第二軍団に存在を見せつけても、意味がない気がするが」


「その頃にはラウシェンバッハ騎士団がリッタートゥルムに到着したという情報が届いている。そこに王国水軍の大船団を見つければ、我が国が何か企んでいると思うだろう。更に国境警備隊が全滅したという情報が入れば、エルレバッハ元帥も悩むだろうね」


 そう言って微笑む。

 確かにその可能性は高いが、懸念があった。


「だが、第二軍団を足止めしても意味がないんじゃないか? 後方を撹乱されるという危機感を煽るなら、第二軍団はさっさとリッタートゥルム辺りまで進めさせ、その後に水軍を上流に動かした方が危機感を煽れると思うんだが」


「それだと当たり前すぎて、エルレバッハ元帥ほどの知将を悩ませることができないよ。一番嫌なのは予想が付かないことだ。このタイミングでなぜここにいるのか、本当の目的は何なのかと悩ませれば、思わぬ判断ミスをするかもしれない。それに期待しているんだよ」


 相変わらず人の心を攻めるのが上手いと感心する。


「だとすると、俺たちの役目も同じだな。真っ当な軍事作戦というより、敵を迷わせる突拍子もないことをやる方がいいということか」


「そうだね。ラウシェンバッハが訳の分からないことをやっていると思ってもらうような、突拍子もないことをやってほしいね」


「なら、ラズも交えて相談するか」


 そんな話をしながら、昔のように酒を酌み交わした。

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