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第六十九話「ハルトムートの悩み」

 統一暦一二〇八年八月一日。

 グライフトゥルム王国東部、ヴェヒターミュンデ城。歩兵部隊長ハルトムート・イスターツ


 騎士爵となり王国第二騎士団からヴェヒターミュンデ騎士団に移って半年、この環境にもようやく慣れてきた。


 騎士団には騎士爵がゴロゴロいるから、騎士爵になったことで特に変わったことはない。唯一実感したのは、実家に戻った時に村を挙げて祝福された時くらいだ。


 千人の部下を与えられたことも、俺にとってはそれほど大変なことだとは思っていない。それまでも大隊長として三百人の部下を持っていたし、王国騎士団の方が貴族出身者は多く面倒だったと思っているくらいだ。


 一番面食らったのはヴェヒターミュンデ伯爵家との関わりだ。

 ルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ伯爵閣下は俺のことを気に入ってくれたようで、よく屋敷に招かれる。


 その際、閣下だけでなく、長女のウルスラ様とも話す機会が多くて戸惑っていた。


 俺も王立学院の高等部時代から、名門伯爵家であるエッフェンベルク家の嫡男のラザファムや伯爵令嬢であるイリス、子爵家嫡男のマティアスとタメ口で話しているから、貴族には慣れている方だが、彼らとの関係は特別だからどう接していいのか、最初は戸惑った。


 特にウルスラ様はことあるごとに俺にまとわりついてきた。


『ハルト、稽古をつけてくれ』


『ハルト、今日は一緒に昼食を食べよう』


『ハルト、今日の演習はどうだったのだ?』


 兵舎にまで入り込んで、こんな感じで絡んでくるのだ。

 その距離感にほとほと閉口したが、それは男女関係に疎い俺でも、ウルスラ様が俺に好意を持っていることが分かったためだ。


 ウルスラ様は十七歳で、はっきりとした目鼻立ちと燃えるような赤毛が特徴的な美女だ。

 この歳の伯爵令嬢なら、婚約者がいてもおかしくないのだが、婚約の申し出はすべて断っているらしい。


 彼女は私が稽古を付けているが、本格的に四元流を学んできるイリスとは比べ物にならず、一般兵と何とか渡り合える程度でしかない。それでも貴族令嬢の遊びではなく、真剣に取り組んでいるので、俺も付き合っている。


 その結果、ウルスラ様と一緒にいる時間が思いのほか長くなった。

 それを見ている兵の間では、俺とウルスラ様が結婚するのではないかという噂が流れているほどだ。


 俺自身、真っ直ぐな好意を示してくれる彼女に、少しずつ魅かれており、それが困惑の一番の原因だった。


 しかし、懸念があった。

 騎士爵に叙されたとはいえ、俺は田舎の平民だった男だ。


 同じ騎士爵であってもマティの弟ヘルマンのように貴族家の出身であれば、彼女と同じ価値観を持てただろう。しかし、俺と彼女ではあまりに違い過ぎる。恋愛感情だけで結婚しても失敗するのではないかと思っていた。


 先日、そのことを閣下と士官学校の夏休みで帰郷されているグスタフ様、そしてウルスラ様ご本人にも正直に話した。


『俺とウルスラ様が一緒にいるとよくない噂が流れてしまいます。俺としてはウルスラ様に幸せになってもらいたいと思っているので、今後は控えた方がいいと思いました』


 それに対し、閣下は豪快に笑い飛ばした。


『ハハハハハ! ハルトムートは意外に細かなことを気にするのだな。俺自身、そのようなことは考えたことはないぞ』


 更にグスタフ様も笑いを堪えて話した。


『妹の幸せを考えるなら、ハルトがもらってくれた方がいい。このじゃじゃ馬を貴族の家に縛り付けたらどうなるか分からんのだからな』


 十九歳になるグスタフ様も閣下と同様に豪放な方だ。まだ三週間ほどしか一緒にいないが、士官学校での授業に関する相談を受けるなど、懇意にしてもらっている。


『そうおっしゃられても……』


 俺が困惑していると、ウルスラ様が立ち上がった。


『ハルトは私のことが嫌いか?』


 その美しい顔が僅かに歪み、感情を抑え込んでいることが分かった。


『そういう問題じゃないと思うんですよ。俺はこれまで平民ということで、学院でも騎士団でもいろんな嫌がらせを受けてきました。まあ、優秀な友人たちがいたので苦労したとは言えませんが、ウルスラ様が嫌な思いをされることは間違いありません』


『私がそのようなことを気にすると思うのか?』


 決然と言われて答えに窮する。


『その通りだ。第一、俺がそのようなことを許すことはない。我がヴェヒターミュンデ家に連なる者を貶めるなら、それ相応の対応はする』


 閣下の言葉にグスタフ様も大きく頷いている。


『俺も父上と同じだ。それにお前にはあの“千里眼のマティアス”や“氷雪烈火のラザファム”、“月光の剣姫のイリス”が付いている。イリス先生が友人を貶められて黙っているとは思えん。あの方を怒らせたら大変なことになるのは、お前が一番分かっているんじゃないか?』


 士官学校で戦術を学んでいるため、イリスのことはよく分かっているようだ。


『お前がウルスラを気に入らぬというのであれば別だがな』


 閣下の言葉に慌てて否定する。


『そのようなことは!』


 俺の言葉にウルスラ様が嬉しそうな表情を浮かべた。


『ならば何も問題はない! ハルト、これからもよろしく頼む』


 こうなると腹を括るしかないと割り切ることにしたのだ。


 それからウルスラ様との時間を楽しむことにした。

 彼女に剣術を教えるだけでなく、指揮官としても鍛えることにし、指揮や戦術と言ったことも教え始めた。


 男女の会話としては殺伐としたものだが、俺にマティのような気の利いた話はできないし、ラズのようにスマートに女性に接することもできないから仕方がない。


 このやり方がよかったのか、グスタフ様も指揮や戦術の話を聞きたいと一緒になることが多くなる。


「俺は戦術や指揮が苦手なんだ。いつもイリス先生には追加のレポートを出すように言われるくらいだからな。その点、ハルトはあの天才たちを抑えて、実技でトップだったのだ。是非とも俺にも指南してくれ」


 グスタフ様の言う通り、実技ではトップだったが、俺の実力が彼らを上回っていたわけじゃなく、単に運が良かっただけだ。

 そのことを言うと、グスタフ様が呆れた顔で反論してきた。


「イリス先生に聞いたが、“ハルトは私たちの中で一番指揮が上手い”とおっしゃっていたぞ。それに“戦略はともかく、戦術はマティに負けないくらい優秀だし、現場での判断は既に一流”ともおっしゃっていた。あのマティアス殿に匹敵する戦術家にこの夏休みを利用して学んでおきたいのだ」


 グスタフ様の成績は中の下と言ったところで、期末試験の結果次第では落第の恐れもあるらしい。


「兄上! ハルトを独り占めにするつもりではないだろうな!」


 ウルスラ様がそう言って憤る。


「今から三週間ほどだ。頼む!」


 グスタフ様はそう言ってウルスラ様を拝んでいる。


「むう……私が一緒でもいいなら認めてあげてもいいけど……」


「ハルトムートはモテモテだな。まあ、俺もお前に戦術は習いたいと思っているがな」


「ご冗談を……」


 閣下まで悪乗りしてきた。

 こういったやり取りのお陰で俺もヴェヒターミュンデ家に馴染んできたなと思う。


 救いなのはヴェヒターミュンデ家の家臣に俺のことを嫌う者がいないことだ。

 伯爵家ということで譜代の家臣に男爵が数人、騎士爵が二十人ほどいる。それも代々仕えてきた者たちであり、俺のような新参者は嫌われてもおかしくない。


 しかし、ヴェヒターミュンデ家は尚武の気風のある家であり、伯爵同様に豪放な性格の者が多い。伯爵を含め、傭兵団といっても違和感がないほどだ。


 それに帝国との戦いで、俺の大隊が殿を務めて敵を引き込んだことを直接見ており、あの危険な任務を確実にこなしたことを素直に評価してくれた。


「しかし残念だな。帝国への策略にお前が使われないのは」


 閣下がそう言って残念がる。

 既にラザファムの連隊がリッタートゥルム城に向かうという情報が入っていた。詳細は聞いていないが、帝国の後方を撹乱する作戦に従事するらしい。


 しかし、ヴェヒターミュンデ騎士団が派遣されるという話はなく、俺の出番も恐らくないはずだ。


「マティアス殿がここに来ると聞いている。彼ならハルトを使うんじゃないか?」


 グスタフ様がおっしゃる通り、長距離通信の魔導具でマティアスがここに来るという連絡も入っている。何でもリッタートゥルム城に移動し、そこで後方撹乱作戦の指揮を執るためらしい。


「どうでしょうかね。帝国がこちらに第二軍団を送るという話ですから、ヴェヒターミュンデ騎士団は動かせないのではないかと思いますが」


 合理的なマティなら、知将エルレバッハ元帥が率いる第二軍団に牽制以上のことをするとは思えない。


「いずれにせよ、千里眼のマティアス殿がここに来るのだ。彼に我々の活躍の場を作ってもらうよう頼むつもりだ」


 閣下がそう言うと、俺も大きく頷いた。


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