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第四十四話「爵位継承」

 統一暦一二〇七年八月六日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 準備室が発足し、参謀本部設立に向けて本格的に動き始めた。

 初期の雑務もようやく落ち着き、参謀たちへのとりあえずの仕事の割り振りも終わったので、今日から領地に向かう。


 領地に行く理由だが、私は七月二十九日にラウシェンバッハ家の家督を継いでおり、そのことを父リヒャルトと共に領民に報告するためだ。


 また、弟のヘルマンがクローゼル男爵家の養子に入ることも決まったので、その挨拶も兼ねている。そのため、姉のエリザベート以外の家族全員が領地に向かうことになった。


 ヘルマンが養子に入るクローゼル家だが、ラウシェンバッハ領の南に隣接しており、野菜など食料品の供給で、ラウシェンバッハ領と経済的な繋がりが強い。


 クローゼル家は領地の面積こそ大きいが、人口は男爵家としても少なく、保有する戦力が少ない。そのため、西のヴァイスホルン山脈側では魔獣(ウンティーア)の侵入が絶えず、黒獣猟兵団を派遣して対応していた。


 そんなこともあり、当主であるゲオルグ・フォン・クローゼル男爵はラウシェンバッハ家に強い恩義を感じており、息子がいなかったことから、ヘルマンを長女であるレオノーレの婿にと提案してきた。


 ヘルマンはラウシェンバッハ騎士団長となる予定であるため、クローゼル家をラウシェンバッハ家の傘下に組み込むこととなった。独立した貴族から他の貴族の下に付くということで反発されるかと思ったが、男爵は諸手を上げて同意している。


『願ってもないことですな。日の出の勢いのラウシェンバッハ家の傘下に入れば、我が領内の開発も進むでしょうし、今以上に安全になります。商人組合(ヘンドラーツンフト)の商人たちも我が領地に興味を持つかもしれませんからな』


 彼の言う通り、ラウシェンバッハ家は経済的に急速に発展しており、領内で使える予算も潤沢で、領地の開発に金を回すことは十分可能だ。


 また、騎士団を設立するため、安全保障上も有利になり、弱小男爵家として独立しているより、ラウシェンバッハ家の庇護の下に入った方が領地を発展させられる。


 ヘルマンには他にも養子の話は来ていたが、男爵家ということと、領地が隣接しており相手の人となりが分かっているということで、クローゼル家に決まったのだ。



 出発の準備が整い、母ヘーデが寂しげな瞳で屋敷を見ている。


「この屋敷とも当分の間、お別れね」


 母の言葉に父が頷く。


「そうだな。宰相府に入ってからは、一年の大半をほとんどここで過ごしてきたのだ。私も領都の屋敷よりここの方が我が家という思いが強いよ」


 父は家督相続を理由に、三十年間務めた宰相府を辞めた。


 宰相であるメンゲヴァイン侯爵と財務次官であるグリースバッハ伯爵はどちらも無能であるにもかかわらず、顔を合わせる度に言い争い、業務が滞っていた。


 最初の頃は財務官僚としての責任感から二人の間に入り、何とかしようと努力したが、温厚な父ですら二人の無責任さに怒りを覚えるほどで、家督を譲ったこともあり辞表を出したのだ。


 父ほど優秀な官僚であれば、家督相続後も慰留されるはずだが、宰相は下級貴族である子爵に興味はなく、財務次官は主君であるマルクトホーフェン侯爵の敵の父ということで、どちらも慰留の言葉を掛けなかったらしい。


「私は久しぶりに領地に戻るから楽しみですよ」


 ヘルマンは王国第二騎士団の中隊長であり、領地に戻るほどの休暇がなかなか取れず、三年ぶりの帰郷になる。

 そのため、婚約者となるレオノーレとも久しぶりに会う。


「レオノーレさんに会うのが楽しみね」


 イリスがそう言ってヘルマンをからかう。

 その言葉にヘルマンも僅かに頬を赤くした。


「ええ。でも彼女が妻になるとは思っていませんでしたよ。どちらかというと妹という感じでしたから」


 クローゼル男爵家は典型的な田舎の貴族であり、王都に屋敷を持たない。そのため、年末年始の王家主催の行事に参加する際は我が家の屋敷に滞在しており、レオノーレとも面識はある。


 但し、クローゼル家では家族総出で王都に来るのは数年に一度であり、彼女と会ったのは一年半以上前の昨年の年始が最後だ。当時レオノーレは十五歳で、あどけなさが残る少女という印象が強く、弟も同じことを思っていたらしい。


 今回の帰郷で家族の他に同行するのは、いつものメンバーだ。

 護衛はカルラやユーダら(シャッテン)(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)だ。


 この他にフレディとダニエルのモーリス兄弟も同行する。

 彼らは王立学院の初等部に入っており、今は夏休みなのだが、二人とも実家に戻らず、屋敷に残っていた。


 理由は仕事を覚えたいということと私やイリスから学びたいということが理由だったが、私たちがグレーフェンベルク伯爵の死で落ち込んでいるのを知って、慰めるために残ってくれたらしい。


 準備を終え、出発する。

 馬車は二輌あるが、イリスとヘルマン、そしてモーリス兄弟が馬に乗っている。


 ヘルマンは愛馬と共に帰郷したいという理由だ。モーリス兄弟は彼らの父ライナルトと同じように大陸中を駆け回る可能性があり、今のうちから騎乗での移動に慣れておくためだ。


 イリスが馬に乗る理由は、狭い馬車の中では気が滅入るからと言っているが、本音はドレスを着たくないからだ。


『真夏の暑い馬車の中でドレスなんて着ていたら、汗だくになって倒れてしまうわ』


 母も最近では諦めて何も言わないため、銀色の鎧と剣を身に着けた騎士スタイルだ。


『鎧を着て炎天下にいる方が暑いんじゃないか? 乗馬服でもいいと思うんだが? それに帽子をかぶらないと日焼けをすると、母上に叱られるんじゃないか?』


『私は黒獣猟兵団の団長よ。つまり、あなたたちの護衛なの。戦えない護衛なんて意味がないわ』


 安全な大陸公路(ラントシュトラーセ)で彼女が護衛をする意味はあまりないと思ったが、そのことを聞くと、意外な答えが返ってきた。


『私がエレンたちの指揮を執れば、大陸公路で噂になるわ。そうなったら何のためにあなたが領地に戻るのかという話になる。当然、家督を継いだということも伝わるから、領民に語り掛けるあなたの姿を見ようと、ラウシェンバッハに多くの人が集まると思うの』


 全員が漆黒のマントを纏う屈強な黒獣猟兵団を、白銀の鎧の美女が指揮すれば、目立つことは間違いない。


『そうなるだろうね』


商都(ヴィントムント)やグランツフート共和国の商人、それに帝国の諜報局の人間も集まってくるわ。それを利用すれば、情報操作を効率よく行えると思うの。そこでクリストフおじ様を哀悼し、今後の王国の将来のために力を貸してほしいと言ったら、あなたの評判は確実によくなるわ』


 せっかく注目を集めるなら、情報操作に使えということだった。


 王都を出発し、大陸公路を進んでいくが、いつもと違うのは爵位を継いだことで、私が主役になったことだ。


 爵位持ちの貴族が他の貴族領を通る場合、同格以上の家に挨拶に行くことがマナーだ。

 その挨拶は今まで父が行っていたが、爵位を継いだことで私がする必要がある。


 王都を出発して三日目、私の上司に当たるオーレンドルフ伯爵の領地、オーレンドルフに入った。


 伯爵は王都にいるし、つい四日前まで会っていた。伯爵がいないため代官と家宰がいるだけだが、それでも儀礼上は領主館に赴き、挨拶を行う必要がある。


 門の前で執事姿のユーダが訪問を告げると、門番が大きな声で私の到来を告げた。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵閣下及び奥方様、ご到着! 開門せよ!」


 今まで“閣下”という敬称を付けられたことがないので気恥ずかしい思いがある。


「いい響きね」


 隣に座るイリスが満足げに微笑んでいる。

 ちなみに表敬訪問ということで、きちんとしたドレス姿だ。


 既に伯爵の部下になっていることが知れ渡っているため、思った以上に歓迎された。

 挨拶を終えて、宿に戻るが、やはり気疲れがある。

 そのことを言うと、妻に笑われた。


「あなたは国王陛下の前でも気疲れなんてしない人なのに。フフフ……」


「爵位が一番上という状況は初めてだからね。(へりくだ)るのもおかしいし、尊大に見えるのも避けたい。どのくらいが適切なのか、距離感が掴めないんだ。まあ、そのうち慣れるとは思っているんだけどね」


 今までは子爵の嫡男に過ぎず、年齢的にも最年少という状況が多かったので、下手に出ておけばあまり問題にならなかった。


「あなたなら大丈夫よ。それよりも旅を楽しみましょ。これから当分忙しくなるのだし、来年は参謀本部が立ち上がるから、領地に戻っている時間が取れるか分からないのだから」


 そんな話をしながら、オーレンドルフの町に繰り出した。


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