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第二十四話「売り込み:前編」

 統一暦一二〇六年十一月十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、マルクトホーフェン侯爵邸。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 十月二十二日の御前会議において、私はグレーフェンベルクに敗北した。

 屈辱を噛み締めながら屋敷に戻り、コルネール・フォン・アイスナー男爵とエルンスト・フォン・ヴィージンガーを呼び出し、二人を処分した。


『獣人のならず者を使う策が裏目に出た。関係したお前たちを処分せねばならん』


 私の言葉を聞いてもアイスナーは表情を変えなかったが、エルンストは悔しげな表情を浮かべた。


『アイスナーは家督を嫡男に譲り、領地に戻れ。エルンストは爵位継承権を凍結する。お前も領都に行って謹慎だ』


 本来なら凍結ではなく剥奪となり、エルンストは貴族としての身分を失うところだったが、国王らにはどうとでも取れるように“爵位を継げないようにした上で王都から追放する”と説明した。明確に剥奪とは言っていないし、凍結中は爵位を継げないのだから嘘ではない。


 ラウシェンバッハは私の詭弁に気づいていたが、エルンストでは脅威にならないと考えたのか、グレーフェンベルクに“それでよいのでは”と妥協するように促し、グレーフェンベルクもそれを認めている。


 アイスナーは黙って頭を下げて承諾した。今回の失敗は彼の責任ではないが、これが最善の手だと理解しているからだ。

 しかし、エルンストは愕然とした表情で落ち込んでいた。


『継承権を凍結……爵位を継げないということでしょうか……』


『一時的な措置だ。ほとぼりが冷めたら、凍結は解除する』


『ありがとうございます!』


 私の言葉に喜びを前面に出して頭を下げた。

 自分のことだけを考えていることが不愉快で、厳しい言葉を投げかけた。


『今回お前はしくじった。そのことを忘れるな。アイスナーの下で学び、裏の仕事をできるようにならなければ、爵位の継承は認めぬからな』


『はっ! 分かりました! アイスナー殿、よろしくお願いします!』


 継承が認められるという部分だけに気が向いているらしく、喜色満面のままだ。

 こういった点が物足りぬだが、この程度の者でも使わなければならぬほど、私には駒が少ない。


 ラウシェンバッハとは言わぬが、エッフェンベルクの双子のいずれかでも配下にいれば、もう少し楽になるのだが、嘆いても仕方ない。


 こうして二人は領都マルクトホーフェンに去った。

 王都に側近がいない状態となり、何かと不便だが、アイスナーが使っていた部下は残しているので、その者たちを私が直接使って情報収集に当たっていた。



 そして、今日珍しい客がやってきた。

 名前はバスティアン・フォン・シェレンベルガー。年齢は私より二歳上の二十七歳で、中立派であるシェレンベルガー伯爵家の次男だ。


 シェレンベルガーは第二騎士団の参謀で、グレーフェンベルクに近い人物であり、最初は何をしに来たのか不審に思った。


 しかし、謀略を仕掛けてくるにしても、このタイミングで参謀を送り込む理由が分からず、とりあえず会ってみることにした。


「王国騎士団の参謀が私に何の用かな?」


 シェレンベルガーは長身の細面、鋭い視線がいかにも参謀という雰囲気を持つ男だ。

 彼は表情を変えることなく、私に小さく頭を下げる。


「閣下に私自身と私の持つ情報を買っていただきたい」


「卿と卿の持つ情報を買う? 目的は何だ? 私を嵌めるつもりか?」


 単刀直入な言い方に興味を持ったが、すぐには乗らずに威圧する。


「私の願いはただ一つ。私が伯爵位を継ぐ手助けをお願いしたいということだけです。このままでは無能な兄、フリデリックが爵位を継ぎ、私は騎士爵になるしかありません。閣下のお力添えを是非ともいただきたいと考えております」


 爵位持ちの貴族は実質的な最高位である侯爵であろうが、底辺の男爵であろうが、家を継げる子は一人だけだ。

 それ以外の兄弟は貴族としての地位を失い、騎士爵となる。


 他の貴族家に養子に入ることや、戦場で大きな手柄を上げて叙爵するという方法もないことはないが、養子に入るにしても奪い合いだし、手柄を挙げて叙爵するには王国始まって以来と言われるほどの大きな勝利が必要だ。


 実際、西の要衝ヴェストエッケの守護神と呼ばれていたハインツ・ハラルド・ジーゲルですら、騎士団長と同格の将軍になったが、叙爵はされなかったのだ。


 厳しい措置とも言えるが、長い歴史を持つグライフトゥルム王国で無暗に貴族を増やせば、爵位持ちだらけになり、国力の低下は免れ得ないため、厳格な決まりとなっている。


 私自身は弟が妾腹の生まれであったため、危機感はなかったが、多くの貴族の子息は誰が爵位を継ぐのか、厳しい戦いを行っていると聞く。だから、エルンストも爵位継承権を失うと聞いて、あれほど落ち込んだのだ。


 第二騎士団の参謀であっても、今後対外戦争が遠のくと予想されることから、出世の機会は減る。また、騎士団長にでもなれば別だが、作戦を立てる参謀に叙爵するほどの功績を上げることはラウシェンバッハほどの能力がなければ難しいだろう。


 また、叙爵したとしても男爵にしかなれない。男爵と上級貴族である伯爵とは天と地ほど違う。長男を排除して爵位を継ぐために、敵対関係にある私のところに来たとしてもおかしくはない。


 シェレンベルガー家だが、伯爵家としては領地が少なく、兵力的にはあまり期待できない。また、宮廷内での力も弱く、グレーフェンベルク派に対して、有効な駒とは言い難い。

 そのことを告げると、シェレンベルガーはふっと笑った。


「確かにご認識の通りですが、閣下には現在腹心となる者がおられません。我が家の力というより、私自身の力を閣下のお役に立てたいと考えております」


 自信過剰気味な言い方が鼻につくが、グレーフェンベルクの下で参謀をやっているということは兵学部での成績もよかったはずで、能力的にもアイスナーの代わりが務まるはずだ。


「動機は理解したし、卿に能力がないとも言わん。だが、卿の持つ情報の価値が分からねば、私が伯爵家の相続に介入するメリットがない」


「ごもっともなお言葉かと。ですが、グレーフェンベルク伯爵を王国騎士団長から追い落とすことができる情報であれば、十分なメリットとは言えないでしょうか?」


 グレーフェンベルクを追い落とす情報と聞き、思わず前のめりになりそうになるが、グッと堪える。


「興味深いが、本当に使える情報か分からねば、約束することはできんな。それに卿がグレーフェンベルクなり、ラウシェンバッハなりの策を受けて動いておらぬとも限らん。いや、ラウシェンバッハであれば、思いもつかぬ手を打つから充分にあり得る。その点が解消できねば、卿の提案を受けることはできん」


 正直なところ、本当にシェレンベルガーが配下に加わってくれるなら、手を貸してもよいと思っている。力がないとはいえ、中立派の伯爵家を傘下に加えられるなら、その政治的な効果は決して小さなものではないからだ。


 それに最も優秀な参謀である第二騎士団の参謀を捨て駒に使う可能性は低い。

 仮に策であったとして、私がそれに乗った振りをして、使い潰すこともできるのだ。ただでさえ参謀が少ないと嘆いているのに、危険な賭けに出る必要はないだろう。


 しかし、これまで何度もラウシェンバッハには煮え湯を飲まされてきた。

 そう考えると、安易に受け入れるわけにはいかないのだ。


「私もすぐに閣下の信頼を得られるとは考えておりません。ですが、私も後戻りはできません。ここに来たことはグレーフェンベルク伯爵やラウシェンバッハ殿に知られることは間違いないですから、今更元の鞘に戻ることは不可能ですので」


「卿が計略でなければそうだな。それでどうやって私の信頼を得るつもりだ?」


「まずは閣下に先ほどの情報をお教えします」


「ただでくれるというなら聞いてやる」


 シェレンベルガーは表情を変えずに小さく頷くと、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「グレーフェンベルク伯爵は死病に冒されている可能性が高いです。どの程度の寿命が残っているかは分かりませんが、ホイジンガー伯爵に引き継ぐ準備を密かに行っていることから、それほど時間は残っていないでしょう」


 その情報に私はそれまでの余裕を失った。


「グレーフェンベルクが死病に……それは真か!」


「軍務省が設立され、参謀本部も近々作られる予定です。このタイミングで王国騎士団長を引き継ぐ必要性はありません。それにグレーフェンベルク伯爵は最近執務中に休むことが多くなっています。これまでにはなかったことですし、“叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)”の治癒魔導師の治療も受けております」


 そのような情報があるとは全く気付かなかった。


「しかし、近々死ぬのであれば、その情報の価値はそれほど高くないのではないか?」


「そのようなことはございません。これを上手く使えば、いろいろとできます」


「詳しく聞こうか」


 こうして私はシェレンベルガーの提案を本格的に聞くことにした。


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